1
不意に意識が奈落の底から引っ張り出された
「……、……」
何処かで誰が呼んでいる
そんな気がした
「……ねぇ、ねぇってば」
薄く目を開くと心配そうな顔をした1人の女性と満天の星々
女性はローブを着て、フードを目深に被っていた
そして右腰には白く細い、恐らくレイピアの鞘が
この人は…?
私は起き上がろうと地面に手を着く
でも、頭に激痛が走って手が滑る
「あなた、大丈夫?」
女性は私の背中を支えてくれる
「はい、大丈夫です」
なら良いんだけど、と女性はフードを脱ぐ
ふわり、と綺麗な金髪がフードから零れ落ちる
「私はマナ、アルブ中立軍所属の冒険者
あなたは?」
…中立軍、冒険者………
どこかで聞いたことがある気がするんだけれど、何かは全く思い出せない…
「…私、黒崎紗音っていいます」
とりあえず名乗るとマナさんは整った眉をひそめる
「…クロサキ、アヤネ?
変わった名前ね」
変わった名前ねって…
それにマナさん、黒崎って初めて発音するみたいな言い方だったし…
そんなに変、なのかな……
「出身はどこなの?」
…出身……私は……
あれ……なんで……?
なんで思い出せないの?
私は一体どこから来たの?
というかここは…?
「私の事は紗音って呼んで下さい
あのマナさん…ここは一体?
それにアルブ中立軍って…」
すると今度はマナさんが一瞬驚いた表情をみせて、じっと私の目を覗き込んでくる
綺麗な瞳に私は吸い込まれそうになった
「ここは中立都市アルブからかなり外れた所にある森の中の小屋から少し離れた木の下」
中立都市…アルブ……
「で、アルブ中立軍は中立による平和を求める冒険者が組織している軍の事だけど…」
何で知らないの?と言いたげな視線が私に刺さる
その瞬間、痛みが鈍くなった
…あれ……?
私、なんで当たり前の事を聞いてるんだろう
なんで知ってる事を聞いたんだろう…
「私もうすぐここを出てアルブにある軍本部に行くけど、あなたはどうするの?」
ここに来たのには理由があったんだろうけど、思い出せない
それに今までの記憶が曖昧になっている今、アルブまで戻るなら誰かと一緒の方がいい
「アルブまでマナさんと一緒に行っても良いですか?」
するとマナさんは私の額を指差す
「そのマナさんっていうのやめてくれたら連れて行ってあげる」
「……わかりました、マナ」
マナさん、いや マナはにっこりと笑う
その瞬間、頭痛がすっと消えた
「よろしくね、アヤネ」
私は差し出された右手を取る
「私こそよろしくお願いします」
力強く握り返された右手を私も握り返した
これが私の旅の始まりだった




