1
アヤネは泣いていた
砂浜に座りこんで
近くにいる私に泣きつく事も、大声を上げる事もなく
ただ一人りきりで静かに
泣いていた
私は、アヤネの隣にいることさえ出来ない
ずっと見ていた
一部始終、全部見ていた
だけど私は何もしなかった
マナの死は変えられない事だから
私が、そう決めたから
でも、彼女が
アヤネがこんなに悲しむとは思ってもみなかった
そして…あの場にあの女がいるとは思っていなかった
唇を噛む
「紫のローブ…
誰、だ……?」
不意に誰かの声がした
後ろにある森を振り返る
するとそこには木の影から呆然とこちらを見ている女の人がいた
黒っぽいローブに銀色の髪
あの女…さっきの……
彼女には私がアヤネと一緒にいる所を見られている
記憶を消しておかないと
気配を消しつつ彼女に近づく
真横に立っても彼女は私の存在に気がつかない
呆然とした顔でアヤネの方を見つめている
「大丈夫ですか?
どうかされました?」
私の声に反応して彼女はゆっくりとこちらをむく
「いや……
その、すまない……」
………
謝罪…?
マナに深手を負わせた事の?
マナが死ぬのは決められた運命だったのだから、そんなの関係ないのに
「何も…ない」
どうやら怪訝な表情をしていたらしく、彼女は目を伏せる
「そうですか」
会話が途切れて沈黙が降りる
彼女は何かを迷っているような顔をして俯く
早くこの人の記憶を消してしまわないと…
「あの!」
身体の横から少し手を浮かした瞬間に彼女は顔を上げる
「何か必要な…ものとか、あるか?」
「必要なもの?」
思わず聞き返す
償いをしたい、という事なのか
それとも他に考えがあるのか……
「私にできることがあればと、思っ…」
「私と今日ここで会ったこと、忘れて下さい」
それならば、と彼女に言ってみる
記憶を消去する魔法は他と比べて因子の消費が激しい
下手すれば軍に居場所を突き止められかねない
つまり、使わないに越したことはない
「……え?」
「貴女はこの森で誰にも会っていない」
目を合わせてもう一度
「お前、まさか……
……いや、承知した」
「もちろん話もしていない」
瞳のもっと奥を覗き込むように
「………」
「私の存在そのものも認識してはいない」
「……………」
「貴女は私に関わってはいない」
少しの沈黙のあと、彼女は言葉を絞り出した
「……ひとつ、頼みがあるのだが
…聞いてもらえないだろうか」
何でしょう、と聞くと彼女はアヤネの方に視線を向ける
「あそこで泣いている、あの娘……
せめて名前だけでも教えてはもらえぬか?」
どこか切なげで苦しそうな瞳をしていた
「……アヤネ、です
それ以上の事は私も知りません」
「アヤネ、か……恩にきる」
ほんの少し、彼女の瞳に光が戻った気がした
「お前のことを忘れればよいのだな?」
「私の事と、あの子が私と接点を持っている事」
彼女は頷く
「承知した
だが、私に記憶を消す術など…」
私は彼女と目を合わせる
瞳の底を見るように
「………?」
訝しそうな色が浮かんだけれど私が彼女の頭に手をかざすと悟った様な表情になる
「そうか、使えるのか…」
そう呟くとおとなしく目を閉じた
「もう貴女とは出会わないことを願っています
…さようなら」
彼女の瞳から生気が失せた瞬間、膝から崩れ落ちた
私は砂浜に出てアヤネに近づく
「…何の…音…」
相変わらず塞ぎ込んだままだけど少し力の戻った声
「大丈夫、あそこには何もいなかった」
「そっ…か…」
苦しみ、悲しみ、嘆き、喪失感…
それらの感情が少し枯れたアヤネの声に含まれていた
「マナ……
どう、して……なん…で……」
急に私に縋り付く
マナ、マナ……という言葉と共に涙は白い砂浜へと吸い込まれていく
胸が痛む
見てられない
「ごめんね、アヤネ」
私の腕に龍が表れ、アヤネは光に包まれる
貴女の記憶を操作する私を
…どうか…許して……
「……っ…」
光が消えた瞬間、龍は血を吐き白い砂浜を紅く染めた




