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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

花、開きそうな五秒前。

作者: 春鳥

自己誘発嘔吐の描写があります。

ほんのりホモォです。ほんのりです。ほんのりです。大事なことなので二回云いました。

 鳩尾をぐぅ、と押される感覚。

 後頭部に痛みが走って、脈拍と同じタイミングで血管が拡張。

 胃の中身が逆流したがっている感覚に襲われているのに、吐き出す、という行為をなかなかしてくれない。

 耐えかねて、目の前の便器にすがりついて喉の奥に指を突っ込む。

 しばらくして強制的に巻き上がった吐き気で、胃の中身が出てくる。

 汚い音を立てて便器の中に吐き出されたそれを見て、切ないような、憤りのような、不思議な感覚にとらわれる。

 これは、自分の栄養になって、血肉になって、体を構成してくれる大切なものなのに、なんで吐き出さなくてはいけないんだろう。

 それでも吐き気はおさまらないから、何度も繰り返す。

 多少吐き気がマシになるまで繰り返して、自分になるはずだったものと胃液の混在物を流す。

 胃液臭くなった手を洗ってからキッチンに向かって、グラスに水を入れて一気飲み。

 キッチンに常備してある胃薬もついでに飲んでおく。気休めにしかならないけれど、ないよりは楽な気がした。


「妊娠でもしたの」

「莫迦だろ」


 不意にかけられた声に、反射的に言葉を返す。

 妊娠? するわけがない。

 する器官がない。

 そもそも、妊娠する側として行為を行ったこともない。

 にやにやとゲスな笑みを浮かべる同居人を睨みつける。


「じゃあなんで吐いてんの」

「低気圧でも来てんだろ。頭痛ぇ……」


 天気予報は晴れだったのに。

 関係ないか。晴れであっても気圧は存在する。

 体は丈夫な方ではなかった。

 体と云うより、精神。精神というより、自律神経。

 もとより体力がある方ではない。それにプラスして、急激な気圧の変動や、僅かなストレスにも過敏に反応する自律神経。

 生きづらいことこの上ない。

 頭痛も吐き気も、中学生からのオトモダチだった。

 慣れっこと云いたいところだが、いつまでも慣れることはない。


「天気はいいけどね。雨でも降るのかな」

「知るか。ほっとけ……喋るだけで吐きそうだ」


 酷い言い方だな、と同居人は眉をしかめる。

 お前が嫌いだからじゃなくて、単純に喋ると腹筋が動いて胃を刺激するから吐き気が増すんだと説明してやりたかったが、それを伝えるだけでやっと落ち着いてきたえずきが再来しそうで、口を閉ざした。


「妊娠、すればいいのにな」


 誰の子をだ。

 じろりと睨みつけると、同居人は微妙な笑みを浮かべた。

 同居人とは、幼なじみだった。

 家が近所で、幼稚園から家族ぐるみの付き合い。

 お互いに一人っ子で、人見知りする子供だった同居人は、いつも雛鳥のように俺の後ろにいた。

 高校も同じところに進んで、俺は一足先に就職。大学まで行った同居人は、家が遠くなるからと、就職を期に一人暮らしを始めるつもりだった俺に、同居を希望した。

 まだ家を決める前だったし、二人だったら広い部屋に住めるな、そんな軽い気持ちで同居を快諾。

 良い選択だったと思う。

 仕事のストレスで、帰宅すると動けなくなる俺を、甲斐甲斐しく世話して、家事も大半を請け負ってくれる。休みの日には寝込む俺を莫迦にするでもなく、吐き気に襲われていれば食べやすいようにと薄味のお粥を作り、冷蔵庫にはスポーツ飲料とバナナを常備。

 素晴らしい同居人だった。

 なのに、今日はどうしたのか。

 体調が悪いときに、こんなからかい方をしてくる奴ではないことを俺は知っている。

 吐き気をこらえて口を開いた。


「なんかあったのか」

「……」


 返事はない。水を入れたグラスを持って、キッチンに設置した椅子に腰掛けた。

 同居人が、煮込み料理等をするときにぼーっと座るために置いた簡易な椅子だが、ちょうどよかった。

 同居人は立ち尽くしたまま、暗い顔でフローリングを見つめている。


「なんもないなら俺は寝るぞ。気持ち悪くて駄目だ」

「なんにも、なくは、ないけど」


 云いたくない、いや、云えない、といったところか。

 同居人はあまり内心を口に出したがらない人間だった。

 その方が無意識に人を傷つけることがなくて、良い利点だと俺は思っているが、自身はそうではないらしい。

 一応訊いてみただけで、本当はどうでもいいのだ。

 話したいことがあるなら聞くくらいの体力はあるし、特にないならそれでもいい。

 ただ、いつもと様子が違ったから、なんとなく気になっただけ。


「いっくんさ」

「あ?」


 躊躇いがちに同居人は喋り出した。


「彼女出来たって、本当?」

「……」


 何の話をしているんだろう。

 呆気にとられて、とりあえず水を一口飲む。


「……なんでそういう話になった」

「だって、最近帰り遅いし、ずっと携帯見てるし」


 帰りが遅いのは繁忙期で残業が続いているからで、携帯を見ているのは中途採用の後輩が勤務時間外でも業務上の質問をしつこく送ってくるからで。


「いねぇよ。女と付き合う暇があるなら寝る。それくらい知ってんだろ」

「……うん、そうだね。そうだったね」


 にへら、と安心したように笑う同居人。その顔に何故か安心した。

 こいつは、怒ってるのより、蔑んでるのより、落ち込んでるのより、悲しんでるのより、笑ってる顔が一番かわいい。

 ……待て、かわいいってなんだ。

 お互いに成人男性だ。かわいいってなんだ。


「お粥食べれる? つくるよ」

「あ、おう……たぶん」


 にこにことしたまま鍋を手に取った同居人。

 花は、開かなくて良い。


end

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