表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

Hero is the Satan

作者: 不皿雨鮮

 ――魔王が討伐された。

 その吉報が世界に知らされたのは約一週間ほど前のことだ。

 魔王を討伐したのは少年少女四人。

 何度も死にかけ、仲間を失い、裏切りに遭った。だが、世界に平和を取り戻すという、理想の為にその全てを捧げ、そうして、叶えた。

 人々はその四人を英雄と崇め奉った。人々は彼にあらゆるものを与えようとしたが、それは叶わなかった。

 魔王討伐後、英雄たちを見たものがいない。

 あらゆる褒美を与えようにも、見つけられないのだから、与えることが出来ない。至極当然の道理であり、しかしながら謎の失踪だった。

 その理由を、人々は何一つ知らない。


 一週間前。

「……ッ、はぁ、はぁ……、や、った、倒した、倒したぞ……ッ!!」

 少年は、息も絶え絶え、最後の力を振り絞ってそう叫んだ。

 それに答える歓声も、賞賛の声も、魔王の部屋には響かなかった。

 そこに、少年以外の生者はいなかった。

 数十秒。疲労によって、思考が遅れているのだろう。ようやく、魔王を討伐するのと引き換えに仲間を、全てを失ったことに気付いた。

「……なん、で」

 魔王を倒したというのに、そこに得られる達成感は無かった。

「一緒に帰るって約束したじゃねぇか……。魔王を倒して、贅沢しまくるんだって言ってたじゃねぇか。なんで、そんなところで寝てるんだよ」

 受け入れられない。そこで倒れている仲間に、既に魂が宿っていないことを少年は受け入れられなかった。

 どこからか声がする。

「……ッ!!」

 誰かが生きている。一瞬の希望は、しかしすぐさま打ち消される。

 その声は、仲間の亡骸も魔王の亡骸もない場所から聞こえていたからだ。

「誰、だ」

 警戒。少なくとも、その相手は仲間ではない。そしてここは魔王の根城。考えられるのは、魔王の残党。

「くくっ、警戒しないでくれよ、世界を救った勇者様」

 嘲るような口調で声を漏らして現れたのは、少年によく似た、しかし異質な雰囲気を漂わせる少年。

「どうしてお前はここにいる。貴様は、何者なんだッ!!」

「俺はお前だよ、哀れな木偶人形――もとい、勇者さん」

「ふざけるなッ、本当のことを言え!!」

「本当のことさ、俺の名前は××××だ。俺も、魔王を倒し世界を救った勇者さ。ただし、別の世界のな」

「別の、世界……?」

 自分自身だと語る少年の口調は、確かに自分に似ている。だが、今の自分とは何かが違う。温度差に似た、ごく僅かな違和感。

「……お前は今までに何度も死にかけたよな。街の住民に化けた魔族に毒を盛られたり、仲間が身代わりになっていたり、裏切られたり、それはもう何度も死にかけて、それでも奇跡的に生き残った。……おかしいと思ったことはないか、どうしてそんな奇跡が自分だけに起こるのか。それこそ、今だって奇跡だよな、仲間は全員死んで、自分だけは生き残っている。どうして、お前は生き残ってしまっているんだ?」

「……それは」

 奇跡に理由などない。偶然、何百分の一の可能性を手繰り寄せ続けていただけなのだから。

「偶然。まぁ、普通はそう思うよな、だが事実は違う。お前がこれまでに起こした奇跡は、全て『仕組まれていた』ものだったんだ。偶然ではなく、必然だったんだ。少なくともこの世界では」

「さっきから貴様は何を言っているんだ!」

「まぁ、一見は百聞に如かずだな。これを見ろ」

 そう言って、勇者を語る少年は指を鳴らす。部屋そのものに響いたその音によって空間そのものに亀裂が生じ、世界の本質が姿を表す。

 土砂崩れのように世界に雪崩れ込むのは――多くの、そして様々な少年の骸。

「……なんだよこれ」

 振り向いて少年を探すが、そこには少年の死体しか無い。世界を埋め尽くすように、少年の死体が魔王の部屋に次々と雪崩れ込む。

「なんで、こんなに『俺』が死んでるんだよッ!!」

 少年は理解した。

 自分は死んでいるのだと。

 本来死ぬべき運命は、代替品が死ぬことによって捻じ曲げられる。捻じ曲がった運命は、元に戻ろうと新たな死の運命を生み出す。だが、それすらも代替品の死によって捻じ曲げる。

 一体誰がそうしているのかは分からないが、それが自分自身の運命なのだと。

 死の運命は永遠にねじ曲げられる。その代わりに、別の自分が死ぬ。何度も、何度も、何度も。

「……なんだよ。なんでだよ」

 自分は死ななかったのではない。――死ねなかったのだ。

「……くそっ、そういうことか」

 そうして更に理解する。自分の役目はここまでなのだと。自分が死ななかったのは、ここで死ななければならないからなのだと。

 自分自身の骸を踏みつけ、骸に埋まった剣を引き抜く。魔王の腹部に刺さっていたせいだろうか、紫色の血で染まっている。

「……すぐに会いに行くからな、みんな」

 少年が最期に見せたのは、涙の溢れる絶望の笑顔だった。

 ――亡骸がまた一つ増える。

 世界に平和が齎され英雄と崇められた四人は、その英雄の一人である数億の死体に埋め尽くされ、やがて消えてしまった。それがこの世界の真実。それがこの世界の、本当の勇者伝。


 少年の理解は、一つ足りなかった。

 ――少年は死ぬ運命だった。だが、それは誰かの思惑通りの運命だ。


 魔王が討伐されたという吉報が全世界に広まってから一ヶ月後。新たに広まったその情報は、世界を震撼させた。

 ――英雄の中の二人××××と△△△△が、新たな魔王としてこの世界を征服すると宣言した。


スパイラル

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ