Hero is the Satan
――魔王が討伐された。
その吉報が世界に知らされたのは約一週間ほど前のことだ。
魔王を討伐したのは少年少女四人。
何度も死にかけ、仲間を失い、裏切りに遭った。だが、世界に平和を取り戻すという、理想の為にその全てを捧げ、そうして、叶えた。
人々はその四人を英雄と崇め奉った。人々は彼にあらゆるものを与えようとしたが、それは叶わなかった。
魔王討伐後、英雄たちを見たものがいない。
あらゆる褒美を与えようにも、見つけられないのだから、与えることが出来ない。至極当然の道理であり、しかしながら謎の失踪だった。
その理由を、人々は何一つ知らない。
一週間前。
「……ッ、はぁ、はぁ……、や、った、倒した、倒したぞ……ッ!!」
少年は、息も絶え絶え、最後の力を振り絞ってそう叫んだ。
それに答える歓声も、賞賛の声も、魔王の部屋には響かなかった。
そこに、少年以外の生者はいなかった。
数十秒。疲労によって、思考が遅れているのだろう。ようやく、魔王を討伐するのと引き換えに仲間を、全てを失ったことに気付いた。
「……なん、で」
魔王を倒したというのに、そこに得られる達成感は無かった。
「一緒に帰るって約束したじゃねぇか……。魔王を倒して、贅沢しまくるんだって言ってたじゃねぇか。なんで、そんなところで寝てるんだよ」
受け入れられない。そこで倒れている仲間に、既に魂が宿っていないことを少年は受け入れられなかった。
どこからか声がする。
「……ッ!!」
誰かが生きている。一瞬の希望は、しかしすぐさま打ち消される。
その声は、仲間の亡骸も魔王の亡骸もない場所から聞こえていたからだ。
「誰、だ」
警戒。少なくとも、その相手は仲間ではない。そしてここは魔王の根城。考えられるのは、魔王の残党。
「くくっ、警戒しないでくれよ、世界を救った勇者様」
嘲るような口調で声を漏らして現れたのは、少年によく似た、しかし異質な雰囲気を漂わせる少年。
「どうしてお前はここにいる。貴様は、何者なんだッ!!」
「俺はお前だよ、哀れな木偶人形――もとい、勇者さん」
「ふざけるなッ、本当のことを言え!!」
「本当のことさ、俺の名前は××××だ。俺も、魔王を倒し世界を救った勇者さ。ただし、別の世界のな」
「別の、世界……?」
自分自身だと語る少年の口調は、確かに自分に似ている。だが、今の自分とは何かが違う。温度差に似た、ごく僅かな違和感。
「……お前は今までに何度も死にかけたよな。街の住民に化けた魔族に毒を盛られたり、仲間が身代わりになっていたり、裏切られたり、それはもう何度も死にかけて、それでも奇跡的に生き残った。……おかしいと思ったことはないか、どうしてそんな奇跡が自分だけに起こるのか。それこそ、今だって奇跡だよな、仲間は全員死んで、自分だけは生き残っている。どうして、お前は生き残ってしまっているんだ?」
「……それは」
奇跡に理由などない。偶然、何百分の一の可能性を手繰り寄せ続けていただけなのだから。
「偶然。まぁ、普通はそう思うよな、だが事実は違う。お前がこれまでに起こした奇跡は、全て『仕組まれていた』ものだったんだ。偶然ではなく、必然だったんだ。少なくともこの世界では」
「さっきから貴様は何を言っているんだ!」
「まぁ、一見は百聞に如かずだな。これを見ろ」
そう言って、勇者を語る少年は指を鳴らす。部屋そのものに響いたその音によって空間そのものに亀裂が生じ、世界の本質が姿を表す。
土砂崩れのように世界に雪崩れ込むのは――多くの、そして様々な少年の骸。
「……なんだよこれ」
振り向いて少年を探すが、そこには少年の死体しか無い。世界を埋め尽くすように、少年の死体が魔王の部屋に次々と雪崩れ込む。
「なんで、こんなに『俺』が死んでるんだよッ!!」
少年は理解した。
自分は死んでいるのだと。
本来死ぬべき運命は、代替品が死ぬことによって捻じ曲げられる。捻じ曲がった運命は、元に戻ろうと新たな死の運命を生み出す。だが、それすらも代替品の死によって捻じ曲げる。
一体誰がそうしているのかは分からないが、それが自分自身の運命なのだと。
死の運命は永遠にねじ曲げられる。その代わりに、別の自分が死ぬ。何度も、何度も、何度も。
「……なんだよ。なんでだよ」
自分は死ななかったのではない。――死ねなかったのだ。
「……くそっ、そういうことか」
そうして更に理解する。自分の役目はここまでなのだと。自分が死ななかったのは、ここで死ななければならないからなのだと。
自分自身の骸を踏みつけ、骸に埋まった剣を引き抜く。魔王の腹部に刺さっていたせいだろうか、紫色の血で染まっている。
「……すぐに会いに行くからな、みんな」
少年が最期に見せたのは、涙の溢れる絶望の笑顔だった。
――亡骸がまた一つ増える。
世界に平和が齎され英雄と崇められた四人は、その英雄の一人である数億の死体に埋め尽くされ、やがて消えてしまった。それがこの世界の真実。それがこの世界の、本当の勇者伝。
少年の理解は、一つ足りなかった。
――少年は死ぬ運命だった。だが、それは誰かの思惑通りの運命だ。
魔王が討伐されたという吉報が全世界に広まってから一ヶ月後。新たに広まったその情報は、世界を震撼させた。
――英雄の中の二人××××と△△△△が、新たな魔王としてこの世界を征服すると宣言した。
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