イルミネーション
それから数日後、かすかに雪が舞う日の昼休み終わりに、瑠璃が私の席まで来て言った。
「麗! 今日のバイトって確か8時までだったよね。そのあと、何か予定ある?」
「そんな遅い時間からは、何も予定なくて空いてるけど、どうしたの?」
「じゃあ、一緒に駅前のイルミネーションを見にいこう! 巨大ツリーもあるよ」
そういえば、今月に入ってから、私たちの学校から程近い駅の前では、イルミネーションをやっているらしい。
なんでも、クリスマス当日の25日までやっているとか。
確かに、見てみたいかも。
私は、元気良く答えた。
「オッケ~!」
「良いお返事、大変よろしい! ちなみに、鉄平君と奏君も来ます」
「えええっ?!」
「何をそんなに驚いているのかえ?」
笑顔で聞く瑠璃。
「ううん、何でも。それじゃ、何時集合?」
「バイト先に迎えにいくよ」
「ええ~、いいの?」
「あまり遅くなってもみんな疲れるじゃん。だから、そのほうが私たちもいいのだ」
私も大賛成だった。
そっか、奏も来るんだ……。
奏と私は、一緒に登校もしてるし、すっごく仲良しではあるんだけど、そういうロマンチックな場所へ一緒に行ったことはほとんどない。
なので、この機会は心底ありがたく、瑠璃に対して心の中で感謝した。
「じゃあ、8時ごろ、麗のバイト先のカラオケボックス前で待ってるね」
「うん、ありがとう!」
これは楽しみ!
バイトが終わり、窓から外を覗くと、奏と瑠璃がお店の前で待ってくれているのが見えた。
うわ、もう来てくれてるんだ。
まだ雪が降っているのに、外で……。
鹿里君は、まだ来ていないみたいだ。
待ってくれている二人に対して申し訳なく思った私は、急いで帰り支度を済ませると、同僚に「じゃあ、またね」と挨拶をしてからドアへと向かった。
この時期、従業員はバイトも含めて、全員サンタ服で接客している。
そして、私はいつもバイト時に、私服も、学校の制服も持ってきていなかった。
なぜなら、お店には更衣室がなくて、いつも事務室で着替えることになるから。
なので、ひょっとすると男性が入ってくるかもしれず、着替えにくいからだ。
そういう訳で、いつも家で着替えて来て、そのまま帰っている。
だけど……今日はまっすぐ帰らずに、駅前まで行くことになっていることを、すっかり忘れていた。
さすがに、この格好でうろうろするのは、恥ずかしいんだけど……。
でも、「いったん帰って、着替えてくる」なんてことを、外で待ってくれている奏と瑠璃に言えるはずがない。
そういうわけで、やむなく、この格好のまま行くことにした。
「お待たせ。寒い中、ごめんね」
私が外へ出て、そう言うと、二人とも「気にするな」と言ってくれた。
「おお! 可愛いじゃん! いいなぁ~、私もそういうの着てみたい」
私のサンタ服を見て、瑠璃が言う。
「ありがとう。でも、この格好でうろうろするのは恥ずかしいんだけど」
私がそう言うと、瑠璃は「細かいことは気にするな」と言った。
「それじゃ、みんな揃ったし、行くか!」
元気良く言う瑠璃。
「あれ? 鹿里君は?」
私が気になったことを聞いてみる。
「なんか、用事なんだってさ」
奏が、瑠璃に代わって答えてくれた。
「仕方ないよ~。私が今日いきなり持ちかけた急な話だったし。さぁ、気にせず、出発だ!」
瑠璃はまた明るく言うと、先頭に立って歩き始める。
奏と私も、後ろをついていった。
駅前に到着した私たちの目に飛び込んできたのは、電飾で飾られた美しいクリスマスツリーだった。
きらめく光が幻想的で、まるで夢の中にいるかのような気持ちにさせる。
「綺麗だね~」
瑠璃が明るい声で言う。
静かに「うん、ほんとだね」とつぶやく奏の横顔に、私は釘付けになってしまった。
もちろん、ツリーは綺麗だし、ずっとずっと見ていたいんだけど、それより何より、奏が気になって……。
見ていることがバレると、気まずくなりそうで大変だというのは重々分かっているはずなのに、奏の横顔から視線をそらすことが、なかなかできなかった。
また、ツリー以外にも輝くオブジェが幾つも置かれていて、駅前広場全体に幻想的な光景が広がっていた。
瑠璃はすごく嬉しそうな顔で、なぜか手をバタバタさせながら見ている。
奏は黙って、静かに見入っているようだった。
そして、そんな奏の横顔に見とれる私。
「綺麗だよなぁ」
急に奏がこっちを見て言う。
ばっちり、私と目が合ってしまった。
ああ! 見ていたことがバレちゃう。
「う、うん、すごく幻想的だね」
何とかごまかそうと、間髪をいれずに答える。
「だよな~。ずっと見てられるぞ、これ」
奏はそう言って、再びオブジェに視線を戻した。
どうやら、こっそり横顔に見とれていたことがバレずに済んだらしく、ホッと胸をなでおろす。
それにしても、ほんとに綺麗で……この光景を、奏と一緒に見られてよかった。
今回は瑠璃のお陰で、こうして奏と一緒に来ることができたけど、私一人では、こんなロマンチックな場所に誘う勇気はなかったと思う。
夏の花火大会だって、なんだかんだでいつも他の友達も一緒に、大勢で行ってるし……。
奏と二人で出かけるときって、行き先はある程度決まってて、ボウリングとカラオケが大半だ。
ああ、こないだ遊園地へは行ったかな。
あ、そういえば……。
ちょうど今、その遊園地「モカショコランド」にて、夜だけ、この時期限定のパレードをやっているんだっけ。
12月限定のパレードで、電飾によって彩られた車たちが、園内を一周するらしい。
それが綺麗だと評判で、クラスの間でも頻繁に話題になっている。
奏を誘ってみようかな。
遊園地になら、誘いやすいから。
そんなことを密かに考えつつ、私は、奏とイルミネーションを交互に見つめていた。
帰りは、奏と瑠璃に家まで送ってもらうことになった。
雪の中、申し訳ないんだけど……。
おしゃべりをしながら歩いてたら、突然、瑠璃が「わわっ」と大きな声を出して、びっくりした。
奏も驚いたみたい。
瑠璃は足を滑らせて、転んだようだった。
「いてて……」
「おい、大丈夫か?!」
奏がすぐに近寄って、瑠璃に手を差し出した。
その手を「ありがとう」と言って掴み、立ち上がる瑠璃。
「ごめんごめん。別に雪が積もってるわけでもないのに、何やってんだ、私は……」
「路面が、凍ったみたいになってるんだろ。気をつけないとな」
奏の言う通り、私たちの歩いている歩道はところどころ、ツルツル滑りやすくなっているようだ。
そして、私はちょっと瑠璃に嫉妬した。
奏の手を握ったっていう、ただそれだけのことで……。
その程度のことで嫉妬するなんて、自己嫌悪に陥りそう。
でも、咄嗟に駆け寄って手を差し出してあげる奏は、やっぱり優しいな。
奏の優しさはいつものことではあるけれど、改めてそう感じた。
「ほんとありがと~。奏君の手、あったかかった!」
瑠璃の言葉に、心なしか少し奏が赤くなった……気がした。
気のせいだといいけど……。
「渋宮の手が、冷たすぎるからだと思うけどな」
「まぁ、それはあるか」
くすくす笑う瑠璃。
そうこうしているうちに、私の家に到着した。
「今日は誘ってくれてありがとう。しかも、送ってもらっちゃって」
私が言うと、駅前へ出発する前と同じように、二人とも「気にするな」と言ってくれた。
「じゃあ、また明日」
元気良く言う瑠璃。
「瑠璃、気をつけて帰ってね」
「俺が送ってくから、心配しなくてもいいって」
えっ。
ここから、奏と瑠璃は二人っきり?
それを言い出すと、駅前に出発する前、私のバイト先のドア前で待ってくれてたときも、そうだったはずなんだけど。
そういうことを思い返す余裕がないほど、気が動転してしまっていた。
さっき、瑠璃が奏の手を握ったところを見てしまったから、意識しすぎているのかな。
「あ、今度は俺の心配か。麗は心配性だなぁ、つくづく」
人の気も知らないで、無邪気に笑う奏。
どうやら、私が気にしていることについては、バレてないみたいだけど。
さっきから瑠璃は、珍しく黙ったままで、しきりに奏と私を交互に見やっている。
「でも、ほんと、気をつけてよ」
「おう。んじゃな、麗。じゃあ、渋宮、帰るぞ」
「え? あ、ああ」
我に返った様子の瑠璃は、すぐに「じゃあね」と私に向かって言う。
瑠璃の顔には、すでにいつもの笑顔が戻っていた。
でも私は気になってしまう。
瑠璃、ちょっと様子がおかしかったような……。
歩き去る二人の後姿が気になっていたものの、あまりに長く見続けていると、二人に気づかれてしまうので、やむなく私は家の中へと入った。