初恋
幼稚園時代の奏は、今よりずっと寡黙な男の子だった。
当時は幼稚園で、私以外の相手とほとんど会話をしていなかったように記憶している。
そしてある日、事件が起こった。
同じクラスの女の子、白井さんの「おはじき」が突然なくなったのだ。
みんなで一斉に探したところ、白井さんのおはじきは、私の給食袋の中から見つかった。
あのときのみんなの視線が、今でも忘れられない。
私のことを「こいつが盗ったのか」という風に、犯罪者を見る目でみんなが見てきて……。
もちろん、私も幼いなりに、自分の無実を主張して反論した。
だって、私は盗んでないから。
でも、みんなは信じる様子もなく、それは先生も同じだった。
先生が「ほら、もう怒らないから。今すぐ謝って」と言ってきたのを、今でもはっきりと覚えている。
私は泣くばかりだったけど、そんな私と先生の間に割り込んできてくれたのが、奏だった。
「麗は、そんなことしない」
奏は先生に向かって、そう言ってくれた。
言い遅れたけど、上園麗というのが私の名前だ。
その後、泣き続ける私の前で、先生と奏が話し合うような格好になった。
奏は「証拠はある? ないなら麗をいじめるな」というようなことを言い続けてくれたことを覚えている。
もちろん、「証拠」なんて単語を幼稚園児が使うようには思えないし、別の言葉だっただろうけど、奏はそういうことを言ってくれていた。
私の前に、まるで守ってくれるかのような様子で立ち、先生に反論してくれた奏。
結局、奏のおかげで私は助かった。
多分、本心から無実を信じてもらえたわけではないだろうけど。
少なくとも白井さんに謝らなければならないようなこともなく、済んだ。
私が「ありがとう」と言うと、「気にするな」というようなことを言ってくれた奏。
私は嬉しくて嬉しくて、また泣いた。
そんな私を見て、「傷ついて泣いている」と勘違いしたのか、優しく肩を撫でてくれた奏……。
普段、無口なのに、私のために先生に反論してくれた奏……。
思えばそのときから、私は彼に惹かれていたんだけど、その気持ちを自覚したのは、それからずっと後のことだった。
小学3年生のとき、奏が私を野良犬から守ってくれたとき……私は自分の気持ちにやっと気づいた。
奏のことが好きなんだって……。
でも、私は今まで、気持ちを伝えられていない。
多分これからもずっと、伝えられないだろう。
もし言ってしまうと、この関係が崩れてしまうのが、目に見えているから。
恐らく、奏は私のことを、単なる幼馴染としてしか見ていないと思う。
なので、もし気持ちを伝えたら、断られた挙句、ものすごく気まずくなって、普通に話すことすらできなくなってしまうかもしれないし……。
そんなこと、私には耐えられない。
「奏君も、かっこいいね~」
また瑠璃が言う。
「え、そうかな」
内心すごく嬉しいんだけど、何気ない調子で答える私。
「かっこいいよ~。まぁ、麗は奏君と仲良しすぎて、彼の魅力が分かってないのかもね」
私だって分かってるよ、と言いたいところを我慢した。
「で……瑠璃、どうしたの急に? なんで鹿里君や奏のことを?」
「分かってないのかぁ」
呆れた、という様子で首を振る瑠璃。
「もうすぐクリスマスじゃん。イケメン彼氏とラブラブしないと!」
「はぁ」
今度は、私が呆れる番だ。
確かに奏もイケメンだけど、密かな優しさもまた大きな魅力だと思うのに、瑠璃には分かってなさそうだから。
「気のない様子だにゃ。私がイケメンとイブを過ごすことになっても、吠え面かかないでね」
「はいはい」
瑠璃は、一人で拳を握り締めている。
普通にしてれば可愛いのに。
こういう、妙に暑苦しい部分で人気を落としてるように思うなぁ。
「善は急げ。私は動くよ。動きまくるよ! アタックだ!」
暑苦しいオーラが、そう言う瑠璃の周りに見える気がする。
瑠璃のトレードマークであるポニーテールも、かすかに揺れた。
「で、誰にアタックするって?」
「乞うご期待!」
瑠璃は、鹿里君のほうを見て言った。
その鹿里君は、クラスの女子と談笑中だ。
でも今、鹿里君が誰とも付き合っておらず、フリーだということが不思議な気がする。
いつも人気者だし。
噂によると、たしか先月までは、隣のクラスの子と付き合ってたみたいだけど。
瑠璃は次に、奏のほうを向いた。
奏にアタックするのは、やめてほしいな……。
そんなこと言う権利はないけど、そう強く思う私。
しかし、それから数日後、私は意外な場面を目撃することとなった。