第一部(完)
「ただいま」明は家の玄関のドアを開いた。
「お帰りなさい」遥は顔に湿布を小さくしたのをはった顔に笑顔を浮かべて明を出迎えた。
「母さん、マジごめんね」明は深く頭を下げた。
「良いのよ。昔、あんたが小さい時母さんも同じくあんたを殴った事あるから」遥は苦笑いを浮かべて明の頭をなでた。
遥を追うように英雄が居間のドアを開いて出てきた。
明はしゃがんで英雄の目線になり
「ただいま」と言った。
英雄は
「おかえり」と言うように
「ワン」と言って撫でる明の手を舐めた。
明と遥と英雄で居間で夕食をとり、この日、明は疲れて居間で寝てしまった。
もう昔みたいに抱えてベッドまで誘えなくなった大きい息子の寝顔を見て遥は微笑み、布団をかけてやった。
明の寝顔は昔のままだった。
次の日明は朝5時に起きた。
起きるにはまだ早いと思ったが目をつむっても寝れないのでしばらくぼーっと天井を見てそれからロードワークに出掛けた。
朝の空気が明の頬を冷やし、すがすがしかった。
明が外に出ると玄関のドアを英雄がひっかいた。
明はドアを開けて英雄を外に出してあげた。
英雄と一緒に20キロの道のりを走った。
毎日散歩してるとはいえ、英雄は離されずに明についてくる。
明は玄関でタオルで汗を拭い家に入った。
まだ遥は寝ているようで家には静けさが漂っていた。
遥が起きてないのは解っていたが一応
「ただいま」と呟く。
英雄も明の声に呼応するかのように小さく
「ワン」と鳴いた。
明は雑巾を濡らし、玄関でおとなしく待つ英雄の足を拭いてあげた。
英雄は気持ち良さそうに
「クゥン」鳴いて尻尾を振った。
それから明は遥のために朝食を作った。
ハムエッグに、トーストと紅茶。
7時ちょうどに遥が起きてきて朝食の準備が出来てるのを見て驚きその場で泣き崩れた。
恐怖感にもにた緊張から解き放たれたのだろう。
明は
「ごめんね」と何度も言いながら母親の背中をさすった。
明も摩りながら涙がとめどなく流れて来た。
氷室との決戦の日は嫌味なくらい快晴で明は太陽を睨み付けた。
それでも睨み返してくるかのように太陽は明を照らした。
近いと思ってたリングのある場所が意外に遠くて10分くらい遅刻したが、宮本武蔵も巌流島で遅刻をしたのを思い出し堂々と鉄の扉を開いたが、まだ氷室達は来ていなかった。
暇だったのでボクシングのリングの真ん中で大の字で寝てみることにした。
なにかの倉庫だったのか鉄の鍼がいくえにも交差している。
建物じたいはかなり古いものだろうがまだまだ壊れそうにもなかった。
真っ暗な倉庫に微かに光が差し込んでいる。
明が到着して約20分くらいたっただろうか?
薄暗い闇を照らすかのように倉庫の扉が開いた。
「待たせたな」氷室の声が倉庫を包み込む。
明はあぐらをかいて氷室の方を向き出迎えた。
「お前誰だ?」真っ黒に日焼けした白のタンクトップの濃顔が明に向かってそう言った。
「明だけど」それを聞いた氷室達は唖然とした。
「嘘だろ?替え玉でももう少しまともな奴用意しろよ」氷室は吹き出しながらそう言った。
「本物だし。DNA鑑定でもして確かめる?その変わり決戦の日延びちゃうけど(笑)」明は氷室を真っ直ぐに見つめた。
「まぁ〜良いや。替え玉でもどうでも、お前の方があのデブより強そうだし」氷室はリングの中に入った。
「さぁ〜やるかぁ。最近うずっちゃってさぁ。ボクチンの息子がビンビンでさぁ」真っ黒な濃顔が吹き出す。
「んじゃショータイム」氷室がそういうと閉じていた倉庫の窓のカーテンが一斉に開いた。
それと同時にゴングがなった。
それを合図に明は立ち上がった。
氷室が右足を明の顔面に放って来たからだ。
ギリギリの所でそれをかわし、立ち上がり、明は頭の中で勉に謝り、左拳を氷室の顔面目掛けて突き出す。
氷室はそれをよけたが右拳はよけきれず左頬が少し切れて血が吹き出した。
氷室は頬の血を確認するように左手で頬を触り、手についた血を舐めた。
「さぁ〜パワーアップしようかな?」そういうと氷室は
「ア゛ー」と叫んだ。
そしてまた明に右足を突き出してくる。
今度は当たった。
明は数メートル飛ばされて、その場に気絶した。
バシャッと音を出して明の顔に水がかけられた。
氷室達は明を見下すように笑っている。
「俺の勝ち」氷室は純真無垢な少年のような笑顔を見せた。
「お前がいじめられてたの知ってた。たださ、俺中身のないやつ嫌いなんだよね。だからお前がちゃんと本物になるために試練を与えたわけ。解る?」
明は軽く頷いた。
「だから、お前は試練に打ち勝ったわけ。今まで喧嘩沢山したけど俺に一発あてたやつなんていなかったしね。お前十分強いよ。明日からつーか今日から仲間だ。解った?」そういうと氷室は明に手を差し延べた。
その手をつかみ起き上がった。
その瞬間また扉が開いた。
「また喧嘩してたでしょ?」高いかわいい声が倉庫を包んだ。
怒ってるのは確かだがそれでも可愛いのであまり怒られてる気がしない。
声の主がリングにあがってきた。そして明の顔を見て
「大丈夫」と覗き込んで来た。
明はあまりの可愛さに見とれてしまい何も発する事が出来なかった。
「ひーちゃん、もう喧嘩はしないっていってたわよね?」明の様子を見ながら結城里奈がそういった。
「喧嘩じゃねぇ〜よ。拳で語ってたんだよ。」氷室は助けを求めるかのように回りを見渡した。
「解りました。ではうちと拳で語りますか?」里奈はファイティングポーズをとり、氷室の方を向いた。
「勘弁してくれよ。俺が悪かったよ。」
「解ればよろしい」そういって里奈は腰に手をあてた。
思わずそのばで4人は笑い出した。
次の日、明はジムを辞める手続きをするために夏川ジムに向かった。
ジムに着くと珍しく茂次がシャドーをしていた。
「おはようございます」
「おはよさん」シャドーをやめて明の方を茂次は向く。
「どうじゃ勝ったか?」
やっぱり親父さんには勝てないや…
明は笑顔で
「負けました」と言った。
その日も嫌味なくらい太陽が地上を照らしていた。