第一部(3)
「あいつなんかムカつかね?」窓側の1番後から2番目の日焼けをした濃い顔の生徒が後の席の生徒に言う。
「あぁ。またここの規律教えてやるか。」1番後の生徒が不敵に笑う。
明が南雲高校の初めての昼休みを過ごしてる時だった。1人の生徒が話しかけて来た。
「お前、この学校ででかい面すんなよ。」明はそいつがからめてきた手を振り払う。
「は?校則にはでかい面したらダメなんて書いてなかったよ(笑)」「お前馬鹿にしてんのか?あんまり調子のんなよ。」
「のってねぇ〜から。」明は精一杯強がり、立ち上がってそいつの顔を睨みつける。
「まぁ〜ここで言い争っても意味ねぇ〜から2ヶ月後にお前と俺でタイマンやるべや。」
「今すぐじゃなくて良いの?」自分の足が震え出しそうなのを必死でこらえ強がる明にそいつは
「お前に合わしてるんだよ。感謝しろよ。」といい笑う。その笑みには悪意が満ちていた。
「その感謝って拳で返して良いの?」明は右の拳を左の掌にたたきつけた。
「好きにしろ。」また不適に笑う。
「おい!!氷室、リング借りれたぞ!!」黒くやけた肌を出した白いタンクトップの濃い顔の男が現れた。
「蘇我、サンキュー。したら2ヶ月後、ここにこいや。」蘇我と呼ばれた男から渡されたノートの切れ端を明に渡し、氷室と蘇我と言うやつは去っていった。
氷室達が見えなくなって、一気に気が抜けたのか、腰が抜けたのか力無く椅子に座り込んだ。
やばい。やばすぎる。どうしよう。
明の顔は今にも泣き出しそうなのを必死で隠し、目は焦点があってなかった。
帰宅した明を最初に出迎えたのは頭の悪そうな犬だった。
豆柴か?
明の事を知らないくせに人懐っこく、何の疑いもなく明の足にすりよる。
「ただいま」誰もいないのは気配で感じてたがいつもの癖で言ってしまう。
居間に行くと置き手紙があった。「今日から飼う事になった柴犬が明を迎えてくれたと思うけど、まぁ〜明勝手に名前つけといて、明の部屋の机の上に1万円置いておいたから勝手にご飯食べて下さい。お釣りはちゃんと返してね。母さん今日遅くなるね。」手紙を読み終わると床に横になりながら柴犬を抱き抱えてみた。
「お前、名前、何が良い?お前、雄かぁ…。どんな名前が良い?」近い現実から逃げるかのように喋るはずのない犬に話し掛けてみる。
「クゥーン」困ったように首をかしげる犬を見てため息をついた。
「名前かぁ…。どうしよう…。」明はそのまま犬を抱えて寝てしまった。
「豚!!」顔のない学生服の生徒が明にむかって言う。
「豚!!何でお前生まれて来たんだ?死ねよ。お前死ねよ。」大きい体の顔のない生徒が明に言う。
「豚!!豚!!豚!!豚!!」生徒全員が言う。
「やめてよ!!やめてよ!!俺何もしてないだろ?やめろ!!やめろ!!」明の叫びに呼応したかのように、生徒の一人が
「うわ!!」と叫び声を出した。
明は思わずその生徒の方向に目がいった。
「ワン!!」大きい柴犬が生徒達を薙ぎ倒して明の所に駆け寄る。
明はその犬にくわえられ、犬は明を助け出した。
「ハァハァ」明は全身に汗をかき、肩で息をしていた。
「クゥーン?」気付くと柴犬が明の顔を舐めている。
「お前、助けてくれてありがとうな。」柴犬はわけが解らないかのように首をかしげて
「クゥーン?」と言う。
また寝そべりながら、犬を抱えてじっくり柴犬の顔を見る。かわいらしく、頼りがいのないように見えた顔だったが目にはしっかり強い光がやどっていた。
「お前の名前決めた。英雄、俺の事助けてくれた英雄だから英雄」柴犬はその名前を気に入ったように尻尾を振って明に答える。さて、名前も決まったし、現実から逃げれないな。頑張らないと。
明はパソコンを立ち上げて何やら調べはじめた。
次の日、明が訪れたのは近所にある古びた小さな建物だった。
夏川ジム。ここだぁ。ここ。
明は今にもはずれそうな扉を開いて
「初めましてよろしくお願いします。五十嵐明ともうします。」明は頭を下げながらそう言った。
「お前か?拳闘をやりたいと言うやつわ」奥から60歳過ぎくらいのハゲ散らかした親父が出てきた。
「はい!!そ、そうです。」
「そうか、まずはわしについてこい!!」そういうと親父は出ていった。
自転車にまたがって走り出す親父に明は疑問を覚えながらついていく。
5分も走らないうちにもう辛くなってしまった明は道端にへたりこんでしまった。
「そんなんで拳闘が出来ると思うか?立て!!立つんじゃ!!」親父は明をまくし立てる。
明の脳裏に前の学校のやつらの顔が浮かぶ。
明は震える足に必死にいう事を聞かせる。
俺の足だろ?勝手にへばってんじゃねぇ〜よ!!
明は立ち上がり遅いながらも必死で走った。
頭が真っ白になるまで、倒れるまで走った。
「バシャッ!!」ハゲた親父がバケツの水を明にぶちまける。
「うっ…うっ…」
「ようやく目を覚ましたようじゃな?」
「俺はどうしてたんですか?」「見て解らんのか?倒れてたんじゃよ。」
「そっかぁ…。」うつむく明にハゲた親父は
「こんなにもつとわな、上出来じゃよ」そういうと明を立たせて
「今日はこの辺にしとくか、体を鍛えるのと無理をするちゅうのは違うからな。今日はゆっくり休んでまた明日、来い。」
「はい…。」力無く答える明に
「疲れてても声は出るじゃろ?」と親父は言った。
「はい!!」明は力いっぱい声を出して返事をした。そして明はジムをあとにした。
家に帰った明を出迎えたのは英雄を抱いた遥だった。
疲れて重たい体を引きずりながら帰宅した明を見て心配そうにしていたが
「ただいま」と言った明の顔を見て安心した。
「あんた、何はじめたか解らないけどさ最後まで続けなさいよ。」
「うん。」そう言って明は自分の部屋に引きこもった。
体が鉛みたいに重たく、すぐにでもベッドで横になりたかったのだ。空腹で目覚めた明は時計を確認した。
ベッドのわきの時計を掴む。
「2時かぁ…」明はベッドから立ち上がり、居間に向かった。
居間のテーブルにはラップをした焼きそばがあった。
「きっとお腹減って起きると思うから焼きそば作っといたからチンして食べなさい。ちゃんと食べた後歯を磨くんだよ。」昔、習字をやっていただけあって遥の字は癖がなく整っている。
あんがと、母さん。
明は焼きそばを温めて食べた。手づくりの遥の焼きそばは不揃いな味だったが1番好きな味だった。
寝る前よりはるかに重くなった体を無理矢理動かし自分で考えたトレーニングメニューをやった。
お風呂場でシャワーのお湯をあてながら全身を揉みほぐした。
明日のジムに向けて出来るだけの準備をして明はまた深い眠りについた。
目覚ましに起こされた明は解ってはいるが時間を確認した。
7時かぁ…。
明は起きて居間に向かう。
「おはよう」遥が笑顔で出迎えた。
「うん。おはよう」あくびをしながら挨拶をしたのでマヌケな声になってしまった。
「あんた、ワンちゃんに名前つけた?」野菜をきざみながら明に問う。
「英雄にした。」明が自分の名前を呼んだことに反応し、明のところに擦り寄る英雄はまだ夢うつつの明の足をペロペロなめて
「クゥーン?」とないて首をかしげる。
「何でひでおなの?」きざんだ食材を炒める音が聞こえる。明は英雄を抱き抱えて座ってテレビをつけた。
「英雄は俺のヒーローだからだよ」
「何よそれ。まぁ〜いいわ。今日は野菜炒めね。」
明は大きくのびをした。