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第三話 暗と未来

卒業式。俺にとって、というより大抵の奴らにとって二度目の卒業式だ。一度目は言うまでもなく小学校。

 あの時は小学校という居場所をなくしても皆が通れるようにと、目の前に太い道があった。そして皆が通った。2、3人は受験をして離れてしまったが、殆どが目の前の公立中学に通うこととなった。

 だが、今は違う。殆ど皆、確実な道を持っていない。一応どこかへ続く道はあるが、その道を望んでいない人ばかり。来週まで世界はブルーグレーだ。


 ガラガラという音を引き連れて教壇側の扉が開いた。同時に歓声が上がる。入ってきたのは担任の岩代だった。何故それで歓声が上がるのかというと、彼女が袴を履いていたからだ。

 型とかはわからないが、卵色とでも言うのだろうか薄い黄色の上着に、ピンクの強い紫の袴。紫はクラスカラーに合わせたのだろう。偶然にもこのブローチと似た色味だ。

 岩代は特に若くも美人でもないのだが、170を越す長身の為それなりに着飾ればそれなりに見える。普段「おばさん」だの「アラフォー」だの言っている生徒も似合っていると言わざるを得なかった。

 岩代の方は気恥ずかしいのか、手を弾くような仕草をした。ジロジロ見るなという意味なのだろうか。

 だが、いつもスウェットに近い服装をしている人がこうも変わると、注目したくなるのは至極当然だと思う。それが嫌なら普通のスーツにすればよかったのに、と少し疑問に思った。


 わざとらしい溜め息の後、

「おはようございます」

 と、持ってきたプリントを揃えながら岩代が言った。パラパラと気のない挨拶が返される。さっきまでの元気は何だったのか。しっかり挨拶をしよう、と生活委員会だったかが呼び掛け続けていたが、無駄な努力に終わったようだ。

「時間ないから"旅立ちの日に"を一回だけ練習して、その後廊下に並びます」

 えー、歌うのかよ、という皆のブーイングは行き場なく空中をさ迷って消えた。


     * * *



 仰々しい式が始まろうとしていた。否、もう始まっている。D組まではもう入場済みだ。

 壮大なヴィヴァルディの春に引き付けられて、一人、また一人と会場に入っていく。残っている人間は少ない。目算で15人いないくらいだろうか。

 入場の手伝いをする役らしい先生にまたおめでとうと言われながら、俺も残っている人間から脱出した。

 入ると、とにもかくにも人がいた。形式的な拍手の合唱をくぐり抜け、自分の席につく。先生達の座っている所を見ると、3年の担任を持っている人は性別を問わず皆、和服で正装していた。ああ、だから岩代も袴だったのか、と合点がいった。

 俺の斜め前には薫がいる。リハーサルの時はふざけて目配せしあっていたりもしたが、今そんなことをしたら重々しい空気に押し潰されてしまうだろう。


 不意に音楽が止まった。少し遅れて拍手も止む。

「開式の辞」

 一言、やけに透明な女性の声がして、時計が進み始めた。


 誰と知らぬ人の滔々とした挨拶や長過ぎる卒業証書授与は過ぎた。残りは歌や送辞答辞だ。やっと式に終わりが見え、ほっとする。

 隣の樋野が小さく欠伸をした。卒業生の誰もが早く終われと願っているこの式の意義が解らない。

 "この式は卒業生の為の式で、主役は君たち卒業生だ。"何度も言われた言葉。だが、俺は違うと思う。

 これは大人の為の形式であり、主役は学校であると。式はお遊戯の発表会に過ぎないと。自分たちは学校という眼鏡を通して見られた存在で、発表会があるということのみに意味があると。その過程で主役となっているのかもしれないが、それは何か違う気がする。

 だが、こんな式でも早く終わってほしいということは即ち早く皆と別れたいということだ。そう思うのは嫌だった。そう大した思い出もないが、思い入れはある。それにクラスメートは好きだ。そう思っている間に答辞が終わった。

「式歌、合唱。卒業生、在校生、職員、起立」

 やや椅子のがたつく音がして、皆が気をつけする。言わずと知れた"旅立ちの日に"の伴奏が始まった。小学校でも歌ったこの曲。多分これに代わる曲は出てこないのではないだろうか。何だか卒業という感じがする。

 白い光の中に。偶然だろうが、この後卒業生だけで歌う"あなたへ"にも、歌い出しには白という文字があった。翼を連想させるからだろう。もしくは希望に満ちた未来。だが、人が翼を持ち羽ばたいていくのは倫理に反すると思う。喩えの歌詞に一々突っ込むなという声が聞こえそうだが、どうにもそう思えてならない。

 この学年は歌だけは上手かった。合唱コンクールの熱さは夏の太陽のそれを越えたのではないだろうかというレベルだ。俺は自分が冷めている方だと思っているが、その俺もつられてしまう程だった。

 今となって考えると若かったと思う。老いたという意味ではない。だが、あの頃から半年と経っていないのに、そう思えて仕方ない。

 あの時は金賞を取る事が全てだった。あの気持ちがずっと続くと、消える筈ないと、信じて疑わなかった。

 だが、今はこんなだ。


 卒業に関して、俺は大して悲しいとか淋しいとか思ってはいない。ただ、今の気持ちを否定する自分がいつか出てくることが、虚しいだけだ。

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