表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/4

第二話 顕と現在

「これで終わりだな」

 薫の現実の声に顔を上げると、見知った校門が構えていた。その奥にはやはり見知った校舎。早く帰りたい、休みになればいいのにと散々思ってきたのに、校門の横に見知らぬボードが立てかけてあるだけで、明日もあればいいのにと思ってしまう。それは俺に限った話じゃないだろう。

 そう思って友人の横顔を見て、ようやく今日という日までだんまりをきめこんでしまったことに気付く。最後くらい、せめて普通の中学生らしく会話に花を咲かせようと決意をしてきたのに。普段の行いは肝心な日にも出るという誰だったかの言葉を思い出した。


 遅すぎると自覚しながらも、謝罪する。薫にとってはいつものことだから、咎めやしないだろう。しかし、謝らずにはいられなかった。

「悪い、またぼーっとしてた」

「いつもの事だろ」

 予想通りの反応をし、こちらを見て笑う薫。何を今になって、という表情だ。笑顔に屈託はない。

 だが、目は校門の方を向いていた。何もないとわかっているが、つられて俺も同じ場所を見てしまう。後ろ髪を引かれながら、古ぼけた門を通った。


「いい加減、直さないといけないよな。俺のこういう態度っていうか性格」

 思ったことをそのまま声に出した。よくこいつはいつも一緒に登校してくれたな、と本当に思う。わざわざ忙しい朝に待ってくれて、大して話さない奴と登校するのの、どこが楽しかったんだか。


 俺はこういう性格だから、すぐに自分の世界に入ってしまい、コミュニケーションを忘れてしまう。自分の世界っていうのは何かのオタクだとかじゃなく、こういう哲学じみた”めいそう”のことだ。ちなみに思いを巡らしているのか、迷い走っているのかは判然としない。

 会話なんかにしたって、つまらないと感じたら即座に打ち切ってしまう。逆も然りだ。

 だからそこそこの友人はいても、そこそこ止まりになってしまう。問題なのは、俺がその関係で満足してしまうことだ。問題だとわかっていて改善しない点に問題がある。自覚している。威張ることではないのだが。

 薫と俺の関係も普通に見ればそこそこレベルだろう。でも、殆ど一緒に登下校するという時点で、俺にとっては結構な友人だった。

「悪いと思ってないんだから直る訳ないわな」

 だろ?と薫は悪戯っぽく言った。咄嗟に返す言葉が見つからず、視線を逸らす。俺のその仕草を見て薫はにんまりとした。

「まあ、俺にはもう関係ない……で、あろう、話だし。関係あってほしくないな。一番悪いパターンだと関係ないけどさ。でも、今更改善してくれてもな。もっと早くに志せよ」

「これからも改善することはないと思うから、大丈夫だ」

 何が大丈夫なんだか、とぼやきながら、薫は受付待ちの列に並んだ。俺もそれに続いた。


 受付でPTA役員と思しき人に名前を言った後、おめでとうございますとありがとうございますの応酬の末、造花のブローチをもらった。ブローチというにはいささかチープな気もするが。薄い黄色と紫の、全体的に淡く可愛らしい造花だった。

 安全ピンを外しながら、教室へ歩いていく。薫も一緒だ。何を図った訳でもないが、また無言だ。ああ、やっぱり俺は変わらないと実感する。

 向こうから話してくれないと、何を話せばいいのか分からない。そういう理由にして、いつもと同じ心地よい沈黙に耳を傾けた。


 3階に近づくと、この季節らしからぬ熱気が感じられた。皆の体温の副産物だと断言できる。何をそんなに感極まっているんだか、と俺は思うのだが。特に女子。

 スマートフォンという素晴らしい通信機器があるにも拘らず抱き合いギャーギャー言いながら手紙を交換している。どの教室でもすでに泣いている人がいる始末。青春といえば青春だ。気持ちも分からなくない。だが、もう少し回りを見て騒いでほしいとは思う。

「お、やっと来たぞー!!いっつも遅いな」

 突然廊下に声が響いた。俺たちに向けたものだ。男子にしては高い特徴的な声。誰だと考える間もなくクラスのムードとトラブルメーカーの難波だと分かる。相変わらず朝からテンションが高い。

 一番奥の3Eの教室前から声を挙げたせいだろう。やけに反響音が耳に残った。

「朝から元気だよな」

「まあ、日が日だし……難波だからな」

 薫のその言葉に、俺は妙に納得してしまった。

「おい、お前ら、もうクラス全員来て待ってんだぞ。ちょっとは急げや」

 これまた大声だ。早く来い、と手招きまでしている。スルーすると何か言われそうなので、速足になることで言葉に応えた。

 廊下を駆けながら、自分の鞄についている腕時計を見る。まだ8時半にもなっていない。いつもより少し早い時間だ。そういや、準備の邪魔だとかで8時20分より早くには来るなと言われていた。なら俺たちが正解の筈だ。なんだか釈然としない。だがそんなことを言っていても仕方がないので、足早に目的の地へ向かった。


 教室に入るとまたおめでとうの応酬が始まる。薫はスッと俺から離れていった。クラスでは、特別仲が良い訳ではない。勿論、悪い訳もないが。

 いつもは他クラスに行く奴も、今日はさすがに教室にいる。それを除けばいつもと変わらない風景。余りの緊張感のなさに、また明日があるという錯覚を覚えてしまいそうだ。一言でいうと騒がしい。

 だが、全員そろっているはずなのに、教室はひどく閑散としていた。



 ―――今日は卒業式だ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ