表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ロー内恋愛ー26歳の男ー  作者: 小高まあな
第二章 虚偽表示の無効は第三者に対抗できません
5/19

2−2

 そして、今。ため息もつけないぐらい、息も絶え絶えになって走っている。

 発車ベルが鳴り響くホーム。

 あたしは階段を駆け下り、飛び込んだ。

 直後、背後で閉まるドア。

 それから、駆け込み乗車を注意するアナウンス。すみません。

 思い立ったときから始めるべき! と行政法中間の勉強を始めたら、ちょっと楽しくなって夜更かししてしまった。はまると楽しいんだけど、普段はつまらない。

 そして、案の定、寝坊。

「杏子ちゃん」

 声をかけられて、びくっと顔をあげる。

 この声は。

 予想通り、そこに居たのは少し笑ったヒロ君だった。

「おはよう」

「お、おはようっ」

 これは、同じ電車に乗り合わせたことを喜ぶべきか、駆け込み乗車が見られたことを悔やむべきか。

 断然、前者だ。

「二限から?」

「そう」

「寝坊した?」

 いつもよりもメイクが薄めの顔を指差して言われる。

 たとえ、ばっちりメイクではなくても、同じ電車に乗り合わせたことを喜ぶべきだ。絶対。

「ばれた……」

 肩をすくめると、くすくすと笑われる。少し呆れたように。

 やばい、その顔はとっても可愛い。

 ああ、本当、電車に飛び乗ってよかったな。最近ちっとも会えてなかったし。

 こうやってゆっくり話すのなんていつぶりだろう。

 なんて浸っていると、

「ヒロ……?」

 背後からかけられる声。女の人の、どこか甘い感じの含まれた声。

 ゆっくりと、ヒロ君が振り返る。

「敬子……」

 甘い中に、苦さを放り込んだ、カカオ78%のチョコレートのような声。

「えっと、久しぶり」

 敬子と呼ばれた女の人が微笑む。

「うん、久しぶり」

 ヒロ君もそういって微笑むと、一歩あたしから距離をとった。

「今、何してるの?」

「学生」

「学生?」

「うん、ロースクール」

「ああ、ついにあきらめたのね」

 敬子さんはくすり、と笑う。とても親しげで、意味ありげな笑顔。

「俺は絶対旧司で受かる! って言ってたじゃない」

「ああ、あれは、まあ」

 視線を下に逃がし、気まずそうに笑うヒロ君。その顔はあたしが初めて見るものだ。その顔は、決してあたしには向けられることのないものだ。

 そして、恋の勝率がものすごく低いあたしには、この状況下が把握できた。

 これは元カノにうっかりであった、パターンだ。

 どうしていつもこう、あたしはタイミングが悪いんだか。

「でも、ふーん、がんばってるんだ」

 笑む。

 それは大人の笑い方で、この笑い方をする人にはあたしは勝てない、と思い、そしてものすごく嫌みな笑い方だ、と思った。

 中学のときの、高校のときの、大学のときの友達がたまにする笑い方にも似ている。少しだけ滲んで見える。「よくまあ、勉強頑張るよね、まだ学生なんて、何考えてるんだか」の感情。

「ん、まあ」

「そっか……」

 敬子さんは微笑み、少しためらってから

「あのね、ヒロ、私……」

 恋の勝率はものすごく低いくせに、恋ばかりしているあたしには何が起こるかあっさりと分かった。打率は低いのに打席に立ったことは人よりも多いんだ。

 グロスではなく、口紅が似合う唇。その唇が何を言うか、想像がついてしまう。

 出来ることなら、今すぐにヒロ君を連れてここから逃げ出したい。

 ここから先を、ヒロ君に聞かせたくない。

 それは、ヒロ君のためじゃなくて、あたしのためだけど。

「結婚、するの」

 はにかむ彼女が鞄を持ち直す。先ほどまで隠れていた、左手の薬指にはきらりと光るものがあった。

 ほら、やっぱり。

「へー、そー」

 一拍の間のあと、答えたヒロ君の声は淡々としていた。

「おめでと、よかったね」

 微笑む。微笑む彼は一歩、あたしに近づいた。

「あ、そうだ。紹介するよ。俺の今カノ。同じ学校の杏子ちゃん」

 彼はそういうと、あたしの肩にそっと手を回した。

 ぺこり、とあたしは頭を下げる。

 そこで自然と話に乗れる程度には、あたしは空気が読めた。

「あ、そうなんだー!」

 一気に敬子さんの声のテンションがあがる。多分、後ろめたさとかそういったものが消えたのだろう。

「へー、かわいいじゃーん」

「あ、ありがとうございます」

「ヒロ、よかったねー」

「まあ、ね」

 二人の会話を聞きながら、あたしは出来るだけ微笑もうとした。早く、駅に着かないかと、願った。

 早く早く、駅に着いて。あたしをここから逃がして。

 泣きそう、だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ