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ロー内恋愛ー26歳の男ー  作者: 小高まあな
第六章 名誉毀損で告訴します。
17/19

6−2

 今日も今日とて、夕飯に間に合う時間に自習室を出る。

 いつものちょっと混みはじめた、それでも帰宅ラッシュほどではない電車に乗り込む。

「あら」

 ドアの近くに立っていた女性には、見覚えがあった。向こうから、声をかけてくる。

「あなた、ヒロの」

「……どうも」

 頭を下げる。

「こんにちは」

 余裕の笑みで微笑む女性。ヒロ君の元カノの、敬子さんとやら。

「帰るの?」

「ええ、まあ」

 敬子さんは何故か親しげに話しかけてくる。

「クリスマスイブなのに、デートしなくていいの?」

 相手がいない、と答えようとして、そういえばこの人はあたしのことをヒロ君のカノジョだと思っていることを思い出した。

「それとも、別れちゃった?」

 くすくすと、敬子さんは笑う。

「でも、しょうがないわよねー。26歳になっても、学生の男なんて」

 顔をあげると、敬子さんは、ねえ? と首を傾げた。

「ちょっと前なんて、ただのフリーターだったし」

 ただのってなに。

「定職にもつかないで、バイトだけして、司法試験受かるんだなんて夢みたいなこと言って」

 夢みたいってなに。

「俺は絶対に旧司で受かるんだとか言って。でもそんなこと言っている間に旧司法試験終わっちゃって、仕方がないからって今、法科大学院生でしょう?」

 仕方がないから?

「今からまた学生やるなんて。何考えてるんだか。ばかみたいよね」

 ばかみたい?

「あなたも、法科大学院生なんでしょう?」

「……ええ、まあ」

「まあ、女の子ならね。万が一、駄目でも、結婚すればいいからいいけど。男はねー」

 女の子なら、結婚すればいい?

「あなたも、ヒロみたいな先が見えない人じゃなくて、もっと手堅い仕事に就いてる人、キープしておいた方がいいんじゃない?」

 つり革をつかむ、敬子さんの左手の指輪。

「26にもなって、夢を追いかけてるなんて、ばかみたいだわ」

「バカってなんですか」

 気づいたら口走っていた。

「何様のつもりですか?」

 敬子さんの顔を睨みつける。

 彼女は変なモノを見るような目でこちらを見ていた。

「あなたにヒロ君の何がわかるの? 合格率の低い試験に、旧司に挑戦し続けて、それでも駄目で、諦めきれなくて、茨の道だっていうことはわかっていても、ローに入って、そこまでして叶えたいものがある人の気持ち、あなたにわかるの?」

「夢だけ見てたって、現実を見なければ意味がないでしょう」

「意味がない? なんであなたにそこまで言われなければいけないの? 現実ってなに? ヒロ君は、あたしたちは、現実にするために今ここであがいているんだけど?」

 彼女の左手の薬指を睨みつける。

「女の子なら、駄目でも、結婚すればいいからいい? なにそれ? 失敗しても結婚に逃げればいいっていう軽い気持ちで、この道を選んだと思っているの? それとも貴方にとって結婚は逃げ道なの? あなたの言い方は結婚に対しても失礼だ」

 これから先同じ土俵で仕事していく人たちに必要以上に女として扱われるのはいや、と言っていたサクちゃんや、結婚が遠いと嘆いていた治君。あたしは、そりゃちょっとは浮かれているけれども、

「今を犠牲にしても、将来のためにみんな頑張っているのに」

 敬子さんは、人外の生き物を見るような顔をしている。そんなに、あたしの言っていること、変ですか?

「確かに、あたしたちは、法科大学院生は、合格率八割の幻に踊らされ、学部よりもはるかに高い学費を支払いながら、三振しても終わり五年経っても終わりで、下位ローなら合格しても就職難な世界へ飛び込むために、貴重な二年乃至三年を棒にふることを選んだ、かなりギャンブラーでアホーな集団だけれども。だからって、他人にバカにされる筋合いなんてないっ!」

 叫ぶような声が出た。

 車内の視線が集まっているのを感じる。

 敬子さんは怒りなのか、赤い顔をしている。

「あなたっ」

「次に」

 彼女の言葉を遮るようにして、

「次に、こうやってあたしたちのことをバカにしたら、名誉毀損で告訴しますから」

 睨みつける。

 彼女が少し、身を引く。

「不法行為ですから。あなたは電車の中という、不特定多数がいる場所で、公然と、法科大学院生をバカにしましたから。名誉毀損だから!」

 頭の片隅では、民法の話しているのか刑法の話しているのか、具体的な事実の摘示がなくてバカって言うだけなら侮辱罪じゃないかとか、ちょっと思ったけれども気にしていられない。勢いだけ言い切る。

 丁度いいタイミングで、電車が駅に滑り込む。

「次は絶対に許さないから」

 ドアが開く。

 もう一度睨むと、返事を待たずにホームへと降り立った。

 そのまま早足で電車を降りる。

 幸い、敬子さんは追って来なかった。

 そのままホームを離れ、電車も出発し、

「……怖かったぁ」

 小さく呟く。両手を口元に当てる。

 意味不明なことをたくさん口走ってしまった。いくら腹が立ったからといって、これじゃあレベルの低さを露呈させただけだ。

「……反省」

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