5−2
「と、いうようなことがあったのです」
『なんか、青春ねー。年齢が青春劇にはほど遠いけど』
いつもの電話でこずちゃんに言うと、彼女は感心したんだかよくわからない相槌を打った。
『でもさ、杏子、守秘義務があるのに! って言ってた割に、私に話たじゃない? それっていいの?』
「う……」
痛いところをつかれて、ちょっと押し黙ると、
『外部の人間にだって言ったら駄目でしょう、守秘義務があるのに』
こずちゃんが楽しそうに言った。
「意地悪……」
『意地悪じゃないでしょ。今のうちから気をつけておかないと、あんたドジだから就職してからもほいほい喋っちゃいそう』
「うう……」
ないとも言いきれないところが怖い。
『でもまあ、ええっと、郁さん? だっけ? その人が言ってることは正しいね』
「え?」
『杏子、あんた結婚するとき婚姻届を出すだけで満足できる? できないでしょ?』
「……それは、結婚式をするかどうかってこと? そりゃしたいよ」
『最初は白、次はピンク、でしょう?』
電話越しに笑われる。からかう口調。
「それは! 幼稚園の時の話でしょう?」
『そうね。でもね、杏子。その結婚式をやるのにいくらかかると思う? まあ、ピンキリだけどさ。杏子、ローの学費二百万円だって言ってたよね? それぐらいは確実にかかるよ?』
「んー」
『結婚式もやりたいなら、それなりに貯金ができてからじゃないと。そうなると、やっぱりロー生っていうのは不利だなーって思うわけ。こういうのもどうかと思うけれども、必ずしも受かるわけじゃないでしょう?』
「まあ、ねー」
外部の人から見ても、やっぱりそこはリスキーなのか。
『ええっと、杏子がストレートで就職したら……、25歳とか?』
「うん」
『で、その池田君? とやらは』
「29、かな?」
『で、就職してちょっと落ち着くまで2年と考えても、池田君とやらは31歳でしょう? 普通の大卒の31歳がなにしてるか、って話よ。そっちは就職2年目のぺーぺーなのにっていう』
「あー」
耳が痛い。
「……本当、ロー生ってギャンブラーでアホー」
小さく呟く。そんなに将来のことを見通して考えたことなかった。あたしだけかもしれないけど、アホーなのは。
『まあ、でもね』
あたしの声色が暗くなったからか、こずちゃんがいつもより少しだけ優しい声で、
『そこまでしてなりたいものがあるっていうの、いいことだと思うよ』
「こずちゃん……」
『なんとなく就職している人もいるしさ。私も、別に今の生活が不満なわけじゃないけれども。寧ろ結構幸せだと思ってるけど』
そこで一度言葉を切り、
『たまに、たまぁにね、うらやましいと思ってる。杏子も、あと榊原も、自分の夢のためにがんばってる人』
こずちゃんの声が暗くなる。
「……こずちゃん、あの」
なんとか、なにか言おうとして、
『まあ、優しい旦那様と可愛い子どもに囲まれて幸せなんですけど』
それをこずちゃんの明るい声が遮った。
『杏子がこの幸せを手にするのはいつでしょうねー』
ちょっとバカにするような、言い方。でもそれに今は安心する。
「ふーんだ、弁護士になって素敵な旦那様見つけて、子どもも育てますよーだ」
『はいはい、がんばってー』
そのあと、軽くくだらない応酬をして、電話を切った。
幼稚園の時から一緒だった。大学は別だったけれども、それまでの十年近くを一緒に過ごして来た。
同じ道を歩いて来た。
だけど。
「……割と簡単にずれちゃうんだな、人生って」
ほんのちょっとだけ寂しくなった。同じものを見て来たはずなのに。
机の上においてある憲法の争点を手に取る。ヒロ君の字でされた書き込みを見る。ちょっと可愛い字。
「……がんばろう」
勢いをつけて立ち上がると、机に向かった。
法科大学院生は、貴重な二年乃至三年を勉強に捧げているのだ。ギャンブラーでアホーでも、ギャンブルの勝率はあげることができる。
負けられない。




