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ロー内恋愛ー26歳の男ー  作者: 小高まあな
第五章 差し止め訴訟は不適法です。
14/19

5−1

 気づいたら、夏休みは終わってしまっていた。はやい、はやすぎる。

 結局、あたしは夏休み中自習室には行ったり行かなかったりを繰り返していた。ヒロ君とは幹事としてのやりとりだけれども何度かメールした。

 勉強は、あんまりしなかった。

「……夏休み中に、後期の予習を前倒してやっておくはずだったのにな」

 後期に入り、毎週三本に増えたレポートを回すのに苦労している。昨日慌てて仕上げたレポートを、今、事務室の提出ボックスにつっこんできたところだ。

「俺は終わっているから」

 当たり前のように池田君が言った。あらゆる意味でさすがだ。

 今は郁さんも含めた三人での話し合い。後期になり、講義は減ってゼミ形式の授業が増えた。必然的に発表の回数も増えた。

 前期の反省を活かして、今回は発表の週が被らないように名簿の前から、後ろから、さらには真ん中からと、順番の開始点をずらしている。が、結局数が多いから大変なことには変わりがない。

 まあ、うちのローは二年の後期が一番授業的に大変、って言うしなー。三年になると受験的に大変になるんだろうけれども。

 この前、今年の司法試験の結果が出ていたけれども、うちの学校の成績は芳しくなく、後期の各授業の第一声は先生による励ましなのか、絶望に突き落としたいのか、よくわからない試験結果の話から始まっている。

 がんばらないとな、とは思うんだけれども。やる気とか危機感って、生協では売ってないんだよね。

「ところでさ」

 今日の話し合いは、ただの分担決めと方向性確認だったので割とすぐ終わった。一とおりり決めた後で、郁さんが池田君に向かって、

「あんた、桜子にふられたって本当?」

 さらり、と聞いた。

「ぶっ」

 終わったと思って、のんびりとコーラに口をつけていたあたしはそれを吹いた。

「やだぁー、杏子汚い」

 郁さんは嫌そうな顔をしながらも、ラウンジにいつも置いてあるトイレットペーパーをとってくれた。

「ごめんなさい」

 慌てて拭きながら、

「いや、でも、郁さん……」

 聞き方がストレート過ぎ。

「ふられてないよ」

 池田君が淡々と、それでもちょっとだけ不満そうに言った。

「あら、そうなの? ふられたって聞いたけど。喫煙所で」

 また喫煙所。おそるべし、喫煙所の情報網。

「それに、あんたよそよそしいでしょ? 桜子に対して。今日だってなに、あれ」

 おかしそうに郁さんが唇を歪める。

 まあ、確かに池田君はサクちゃんに対して、今とってもよそよそしい。よそよそしいというか、距離感を取りかねている。「おはよう」を言うタイミングですら、ものすごく考えて、うかがっている。見ているこっちがそわそわする。

「ふられてない、保留だよ」

「保留?」

「設楽さん、まだ前のカレシ忘れられないからって。だから、忘れられるまで待ってる」

 池田君はあたりまえのように言って、あたしはちょっと郁さんに対して肩を竦めてみせた。

 郁さんはあたしの視線に気づいたのかちょっと笑って、

「あんたね、それは、ごめんなさいってことでしょ」

 あたしたちの誰もが言えなかったことをさらっと告げた。さすが。

「は?」

 池田君の怪訝そうな声。

「他に好きな人がいるって、体のいい断り文句じゃない、経験則上」

「……ですよねぇ」

 あたしも小さい声で賛同する。

「でも」

「はっきり無理駄目お断りだって言わないと伝わらないの?」

 不思議そうに郁さんが言う。何もそこまではっきり言わなくても。

「でも、設楽さんの気持ちは設楽さんにしかわからないし」

「現時点で外部に表示されている意思だけで、だいぶ推測出来ると思うけれど? 問題文に全てが記されるわけじゃないし、依頼人がすべてを正直に話すとも限らないのだから、与えられた事実から推測する能力も必要なんじゃない?」

 池田君が押し黙る。不満そうな顔。ちょっと赤い。

 この展開は予想してなくて、この空気はちょっと怖い。二人の顔を上目遣いで見比べる。

「大体、桜子はロー内恋愛ありえないっていうタイプでしょう?」

「あ、郁さんにも言ってたの、サクちゃん?」

「はっきりは言われてないけれども。桜子は、そういう子でしょう。あの子の中でロー内恋愛はないわね」

「なんで?」

「杏子は、ロー内恋愛有りでしょう? 結婚って考えてる?」

「え、別にいつかは結婚したいとは思うけど、そりゃ」

 勿論、できれば、相手はヒロ君で。とか思っていたりするけれども。

「桜子はね、あれでなかなか夢見がちで同時にしっかりしているのよ。いつか、じゃなくて出来るだけ早く結婚したい、って思ってる。杏子の結婚したいは、付き合っている人となんの障害もなくずーっと続いていて、それなりの年月が過ぎて、条件が整ったら結婚したい、でしょう?」

「うん、普通そうじゃないの? 普通、条件が整ったら結婚しない?」

「桜子の場合は、どこかで途切れる障害も二人で乗り越えることが確実にできる人、確実に結婚出来ると思う人と付き合いたいと思ってると思うんだよね。別に試験受かったらすぐ、ってことじゃなくても。実際に結婚するどうかは置いておいて。付き合う上の条件になるべく早く結婚出来る人が入っていると思うんだよね」

「うーん?」

「そうするとね、ロー内はないっていう結論になるのよ。池田には酷だけどね」

「なんで? 因果関係が見えないんだけど」

 郁さんは一つ言うたびに指を立てながら、

「受かるかどうか分からない。受かっても現状じゃ就職決まるかわからない。それに就職してすぐに結婚出来る訳じゃないでしょう? 今のところ二人には貯金がないんだから。結婚は就職して数年、が妥当じゃない?」

 郁さんはちょっとだけ痛ましそうな顔をした。

「そのときにさ、桜子はストレートできているのに、池田、あんたは自分が何年遅れをとっているか覚えている?」

 池田君は黙秘権を行使する。

「結婚するときにあんたいくつ? あんたと同い年のストレートの子はいったいいくらの年収もらってると思う?」

「それって、好きには関係ないよね?」

 さすがに池田君が可哀想になって、助け舟のつもりでそう言うと、

「うん、まあ、ただただ桜子は池田のことが好きじゃないんだろうけどね」

 さらっと酷いことを。

 結果として、さらにとどめを刺した事になってしまった。

 池田君は赤い顔のまま、何も言わない。

 そして、突然立ち上がると荷物をまとめてラウンジから出て行った。

「あ、池田君」

 慌てて声をかけるけれども、出て行ってしまった。

「郁さーん」

 ちょっとだけ恨みがましい声になる。なんで、あたしもいるところでこんな微妙な空気にしちゃうかなぁ。

「うーん、堪え性もないわねぇ」

 郁さんは腕を組んでしみじみと呟いた。

「えー、どうするんですかー」

「ほっといて平気でしょう。池田、プライドだけは高いから。明日には自分の中で消化して、普通の顔をする努力をしてくるでしょ。できるかどうかは知らないけれども。ずっと勘違いして、期待しているよりはこっちの方がいいじゃない、池田のためにも、桜子のためにも」

「まあ、それは……」

「大体、杏子は他人の恋愛に首突っ込んでる場合じゃないでしょ」

「えっ」

「勉強」

 強張ったあたしの顔を見て、つまらなさそうに郁さんが言った。

「え、ああ、そう、そうだよね! 確かにね」

「そうそう。発表の準備、がんばってね」

 そして郁さんも立ち上がる。

「他人の恋愛に首を突っ込むのも、自分の恋愛に首っ丈になるのも、対外にしといた方がいいわよ、あと二年ぐらい」

 小さく微笑まれて、そう言われた。

 ええ、わかっています。わかっていますとも。あたしみたいな落ちこぼれが、勉強そっちのけで恋愛にうつつを抜かしていちゃいけないってこと。そんな気持ちで受かるような試験じゃないってこと。

 でも。

 机の上のケータイが震える。

 ヒロ君からのメール。『飲み会は少なくとも中間終わってからがいいよね』それだけの、事務連絡だけのメール。

 でも、それだけでも差出人の名前に心が踊る。

 わかっている。勉強しなきゃいけないってこと。でも。

 抱えた蛙色の六法をぎゅっと握る。

 法律にだって止められないのだ。差し止めなんてできない。この気持ちは。

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