第7話
「ふう…」
一時間目終了のチャイムが鳴った。
道具の近くに居た奴等が各々軽い感じで片付けていく。
うん。やっぱり運動はいい。やってる間は嫌な事を思い出さなくて済むし、終わった後の爽快感は何物にも代えがたい。
「よう。また会ったな雁宮」
この男のせいで完全に消え去ってしまったが。
「全く、親友が喜んでいる時はその要因を訊くのが筋ってもんだろう?なあ友よ」
「なあ友よ、どうしてお前は空気を読めないのか」
「あぁ?そんなの簡単じゃねえか」
晋吾はドンと胸を叩いて、
「そういう風に出来てるんだからな!」
そう高々と宣言した。
「そうか、じゃあ仕方ないな」
冷たく言い放ってグラウンドを後に―
「ちょっと待った雁宮!」
―しようとしたオレの名を呼ぶ声。
一瞬晋吾かとも思ったが、そういえば晋吾は後ろの方で何やら雄叫びを上げているようだから違う。
よって犯人の心当たりは一つに絞られたわけで…
「今日こそ我らが野球部に…」
「相撲部に…」
「陸上部に…」
「悪い。オレはこの程度の運動で十分だ」
いつもの部活勧誘組を一蹴して、今度こそグラウンドを後にした。
「オレはやっぱり力うどんのネーミングセンスはどうかと思うんだが」
「それだったらまずはたぬきうどんを気にしないか?」
とお互いに相手のうどんを罵りながらお互いに自分のうどんを口に運んでいるオレ達は学食にいる。
「昼休みは学食行こうぜ。たまには弁当じゃないのも新鮮だぞ?」
と晋吾の一計に頷き、ここまでやってきたのだ。
「でよ、お前がどんな魔法を使ったのかが気になるのよ」
思わず飲んでいたお茶を吹き出しそうになった。
「ん?どうした?」
「…いや、なんでもない。それで魔法ってのはなんなんだ」
そう、よく落ち着いて考えればこいつが魔術や魔法の存在を知っているはずがない。
確かに一時間目の体育で思わず足に魔力を集めてほんの少し高く跳び過ぎたかもしれないが、決してそれは魔法なんかではない。
むしろ慌てた方が逆に怪しまれるだろう。
「なんだは無いだろ。お前高跳びで陸上部顔負けの跳躍見せたの忘れたのかよ」
やはり朝の体育の時の事を言っているらしい。
「ああ、あのジャンプは偶然だ。魔法でもなんでもない」
「…ったく、こういうことがあると絶対お前はなんとか言って誤魔化すよな。いいよ、昔からのよしみでこれ以上は詮索しない。」
「悪いな晋吾、話せる時が来たら話すから、それまで我慢してくれ」
多分一生話す事はないだろうが…
「いいって。俺だってお前に話せないような秘密はいくらでも持ってるからよ」
「サンキュ。そんじゃそろそろ教室に戻るか」
「だな。って次英語じゃねえか、サボろうかな…ってアレ?」
「…?どうした?」
晋吾は学食の入口を見たまま止まっている。
そして笑って手を振ると、オレを何かに差し出すように突き飛ばした。
「ッ!いきなり何を…!」 「兄さん」
それは忘れていた現実を思い出させる恐ろしい声だった。
澄んだ可憐な声もこれでは逆に恐怖を煽るだけで、まるで天使の皮を被った断頭者に尋問されている気分になる。
「や、やあ…鈴鹿。もうすぐ授業だから教室に」
「兄さん。話す時は人の顔を見ないといけないってお父さんに言われましたよね?」
「そうだな!そうだった!」
くそ、晋吾はニヤニヤと笑いながらこっちを見ているだけで助ける気は微塵もないようだ。
今鈴鹿をやり過ごしても家に帰ればまた会ってしまうわけだし…
…しょうがない。腹を括ろう。
「鈴鹿。朝はすまなかった。今度からは本当に気をつけるから今回だけは本当に」
だだ長い謝罪の文を述べながら鈴鹿の方に向き直る。
すると鈴鹿は、
「あ…」
極上の笑顔で笑っていた。
「兄さん」
鈴鹿は思いっ切り息を吸い込み。
「なんで学校に来たんですかーーーーーー!!!」
回りの目を憚らず。
「そもそも兄さんは自分の体を労らなさ過ぎなんです!」
大声でオレに説教を始めた。
「鈴鹿。あの。ここは人が多いからせめて人がいない所に」
「ダメです!兄さんは死んじゃってもいいんですか!」
ああ、腹を括ったつもりだったけど、覚悟が甘かったらしい。
昼休みが終わるまであと五分。それまではこうして兄の事を心配してくれている妹の説教を聞いていることとしよう。