第6話
今回初めて2ページ目までいきました(笑)
「香美じゃないか。おはよう」
「お…おはよう…」
今にも消え入りそうな声でそう言うと、香美はいつものように黙ってオレに並んで歩き始めた。
オレはあまり気が利いたおしゃべりをする方じゃないし、香美はなおさらだ。オレに挨拶するだけで俯いてしまうような恥ずかしがり屋さんなので、いつもオレたちは黙ったまま学校へと向かっているのだ。
無言。
やはり無言。
どうやっても無言。
うむ…やはり今日も香美は一言も言葉を交わさない。
一年ほど前から、オレは香美と一緒に登校している。
しかし、その間に交わした言葉は……
……ええと、なんだったか。
あ…確かあれは春だったはずだ…
「ゆ…祐季君…」
その日は春休み開けで久しぶりに香美の顔を見た。
「ん?どうした?」
「さ…さく…」
「さく?」
「さ…桜…」
「ああ、桜か。今年はよく咲いてるよな。もう散る時期だってのにまだ満開だし」
「……」
「ああそうだ。今度弁当作って花見に行こう。親父たちも帰って来たわけだし」
「……」
「ってなわけだからさ。もしよかったら香美も来ないか?って香美?」
香美は下を向いて黙っていた。道路に何か落ちているというわけでもなく、何故か下を向いていた。
「………………………」
「あ、あの?香美さん?」
しばらくの沈黙。
そしてその後に、
「……ばか」
と一言残して去っていかれた。
結局翌日からは何事もなかったかのように二人で登校したわけだが。
それが腑に落ちず、その事を鈴鹿に話してみると
「それは兄さんが悪いです」
とまで言われる始末。
「あれは一体何だったんだ…?」
まあ、分からないものは分からないのでもうこの問題は忘れる事としよう。
それにほら、もういつの間にか学校前に来てるし。
「それじゃあ香美。また帰りな」
「…うん」
いつも通り、帰りに会う約束をして校門で別れた。
教室の男連中に挨拶をしながら自分の席に腰掛ける。
と、
「よう。雁宮」
こちらも聞き慣れた親しい声を聞いた。
「どうしたんだ晋吾。朝から機嫌良さそうじゃないか」
「ああ、いつも誰かと話している雁宮が今日は珍しく一人でいるから、嬉しいって訳」
晋吾は実に楽しげにしている。
「そうか。じゃあ永遠にさよならだ」
しかし晋吾は悪びれる様子を微塵も見せない。
「そう言うなって。お詫びに朝イチの新鮮ニュースをお届けしてやるから」
「む、まあいいだろう。言ってみろ」
「待ってました。そんじゃまずは予備知識から。最近この町で変な事件が起きてるのは知ってるな?」 「変な事件って…あの昏睡事件のことか?」
確か夜道を歩いていたら正体不明の人物から襲われて、一週間ぐらい目を覚まさないらしい。
「そう、それ。で、その犯人を見たってのがオレの友達にいてな」
「前置きはいいから教えろよ、それで犯人はどんなやつなんだ?」
「けっ、少しぐらい聞いてくれてもいいじゃねえか」
「それは悪かった。で、犯人は?」
晋吾はますます不服そうな表情になったが、
「わかったよ。俺の負けだ」
どうやら折れてくれたようだ。
「ったく、お前は昔から自分の興味あることには容赦しないんだな」
大袈裟に溜め息なんぞつきながら晋吾は言う。
「悪かったな。昔からなんだからしょうがないだろ」
「ああ、そうだな。これ以上は身が持たなそうだから要点だけかいつまむぞ」
オレは頷く。
「よし。犯人は人間以外の生物!これで間違いなし!」
「…は?」
晋吾は周りの目を憚る事なく声を張り上げた。
周囲からの視線が痛いが、ここは晋吾に訊かねばなるまい。
「晋吾、お前」
「おっと。文句は受け付けないぜ。オレは聞いたままを話しただけだ」
じゃーなと言って晋吾は自らの席に戻っていった。
「化け物が事件の犯人って、都市伝説もいい所じゃないか」
なんて悪態をつきながら背持たれに体を、
紅い部屋。
身体が欠けた家族。
喰われた左腕。
血が無くなっていく。
体温が下がっていく。
化け物がこっちを見て笑っている。
死に、たく、ない。
死にたく、ない。
死にたくない。
死にたくない!
「……ッ!」
…なんだ。さっきのは。
…朝の夢の続きでも想像してしまったんだろうか。
…吐き気がする。
あんな血の海を見て吐き気がしない人間はいない。
いくら夢とは言っても、リアルに思い浮かべば現実に匹敵する物にもなりかねない。
「アホらしい…」
こういう日は身体を動かすのに限る。幸いなことに一時間目は体育だ。思いっ切り動いて忘れよう。