第5話
家の敷地を走り抜ける。
走り抜けて、しばらく。頭のクールダウンも終了したので、立ち止まって空を見上げる。
空は突き抜けるように青く、冬の雲は手を伸ばせば届きそうなのに、空は背伸びすればするほど遠のいていくような気がした。
…ようやく心の方も平穏を取り戻してくれたようだ。 というか、朝のことはオレは悪くないはずだ。
そう、あれは鈴鹿が勝手にオレに近寄って来たんだからオレに非は無い。きっと無い。
無いだろうけど…飛び出す前のあの鈴鹿の顔を思い出すと、やはりオレは悪い事をしてしまったのかもしれない。
「鈴鹿に謝る方法か…」
ブツブツと呟きながら思考を巡らせていると、気付かぬ間に学校手前の交差点まで歩を進めていた。
時刻は七時十五分。
いつもより三十分早い出立なので日はまだ浅く、登校している生徒の姿も疎らだった。 って呑気に周囲を見渡している場合じゃない。
鈴鹿は普段はおしとやかで、いつも笑顔を絶やさない。
しかしその反面、怒ると感情を押し出しまくる激情家へと変貌するのだ。
その様は天使の笑顔の阿修羅そのものだった。
「あぁ…なんだってあんなことしちまったんだ」
口には出すが、既に取り返しのつかない事態まで発展していることに間違いはないので、再び謝罪方法を考えることにした。 「……」
…いかん。
どれだけ頭を捻っても鈴鹿の前で正座している自分しか見えない。
「…――、――――…」
ふと、オレの頭に天啓が閃いた。
「夕飯…!」
そうだ、夕飯だ。
これ以上ないというぐらいいい出来の夕飯を作って鈴鹿の機嫌を取るほかない!
「…――?――――ん?」
となれば早速メニューを決めよう。
今は秋刀魚の脂が乗ってるのが旨いらしいから、今日は秋刀魚をメインにするか。
「―の…、――き――…」
冷蔵庫には大根が入ってたからそれでおろしをこしらえればいい。そうしたら今度は他のおかずを…
「ゆ―――ん…」
余った大根でサラダと味噌汁が作れるから…あとは甘い物を一つ。
ああ、かぼちゃもあったな。じゃああと一品はかぼちゃの醤油煮で決まり。じゃあ残ったデザートはどうするか…
「ゆ―きく―…」
やはりここは和風に攻めるべきだろう。帰りにスーパーで和菓子を買って行こう。
緑茶と一緒に食べたいから大福とか羊羹がいいかもしれない。
よし!これで今晩は完璧だ!
「祐季君」
「え…」
唐突に、後ろにここ一年で聞き慣れた声がした。