第4話
結局。オレに扱える魔術は、体内に魔力を通して身体機能を向上させる、到底魔術とは呼べない代物だった。
でも、それだけしか出来なくても、それだけで親父に近付けたと思えた。 それで十分だった。
ただ、その神秘に触れているだけで。
まあ、唯一の不満があるとするならば、オレが魔術を使えないと判断した親父がオレ達を置いて、海外に仕事に出たということぐらいだ。
親父は定期的に手紙を送ってくるが、むしろそういうことをしない方がこちらとしてもよけいな心配をしなくて済む。
子供を置いていくのなら、最後まで放置しておけば楽だっただろうに、親父は優しすぎるのがいけなかったのだ。
「…柄でもないこと思いだしちまったな」 「兄さん…?どうしたの?ぼうっとして」
「あ、悪い。少し親父のことを思い出してた」
「お父さんのこと?」
「鈴鹿が朝飯作ってるのを見てなんとなくな。全く、かわいい子供を置いて仕事に出るか普通?」
「もう、兄さん。本人がいないからってそんなこと言っちゃダメですよ」
鈴鹿は微笑みながらやわらかに言う。笑っているということはあながち否定出来ない所もあるらしい。
「甘やかしすぎだろ。オレは男だからまだいいけど、鈴鹿は女の子じゃないか」
ちらりと鈴鹿を盗み見る。
肩まで伸びたツヤのいい黒髪に、整った顔立ち、最近急激にその凹凸を主張し始めたボディライン。
完璧だった。
過程を通り過ぎて結果を言うと、鈴鹿はめっきり美人になっていた。
実は、鈴鹿がいつからこうなったのか全く覚えがない。
意外と最初からそうだったのかもしれない。
しかし最初からそうだったとして、それを最近になって意識し始めたオレは…
いかんいかん。
心頭滅却、心は常に流水のごとき平穏を保たなければ。
「ごちそうさま」
心の中で鈴鹿に謝りながら、食器を持って席を立つ。
「はい、おそまつさまでした」
そんなことは知らない鈴鹿は屈託のない笑顔をオレに向けてくる。
…正直。グラッときた。 く、くそ!あんな不意打ちされたらどうしようも無くなっちゃうじゃないか!
「兄さん。顔赤いけど…」
「ほ、本当になんでもない!き、気にしないでくれ!」
「……」
オレのあからさまに怪しい行動に不審を抱いたのか。鈴鹿はゆっくりとオレに歩みよってきて、
「鈴鹿…さん?」
明らかに、怒っていた。
「兄さん」
「は、はい」
「熱でもあるんじゃないですか、さっきから顔が真っ赤ですけど」
「あ、いや。これはだな…」
「兄さん。少し失礼します」
そう言って、鈴鹿はオレの額に手を当ててきた。
鈴鹿の手は冷たくて小さくて柔らかくて、額なんて感覚が乏しい部分に触れられているのに、心臓が爆発しそうなぐらい脈打っている。
「ちょっ!鈴鹿!」
「やっぱり…熱があるみたいですね」
あ、いやこの熱は鈴鹿に触られているからなんて口が裂けても言えるかこのヤロー! 「兄さん。今日は無理しないで休んだほうが」
「い、いや。大丈夫だオレはなんでもない!」
「兄さん!」
ああもう、なんだって今日の鈴鹿はこんなに物分かりが悪いんだ。
「兄さん!聞いてましたか?」
「悪いな鈴鹿。オレは本当になんでもないし、もしそうだったとしても、昼には治ってるさ」
「でも…」
先ほどの勢いはどこへ行ったのやら、鈴鹿は俯いて黙ってしまった。
「本当に悪い。今日の夕飯はオレが作るからそれで勘弁してくれ」
鈴鹿の返事を待たず、オレは家を逃げるように飛び出した。