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第9話

時間を使ってこの程度の量と質…精進します。

帰り道に馴染みのスーパーに寄って、晩飯と明日の朝食の食材を買い込んでおいた。

「……ハァ…ハァ」

買い込むと言っても、鮭の切り身を三人分とサラダ用のトマト、スープと味噌汁両方使える玉葱。あとは食後の和菓子程度の軽い買い物でしかない。

「ハァ…ッハァ…」

それなのに何故こう、隣の香美さんは息を切らしてらっしゃるのか。

「あの…香美…?」

「…な…に?」

香美は明らかに疲労している。いや、その理由は言わずとも知れていて、あえて今まで接触を避けてきた。けどさすがに息を切らして足を引きずるように歩いていれば無視をするのは少し難しい。

「その、それ持つよ」

そう言って先ほど香美自身が自費で買っていた中身は謎の両手に携えた大きなビニール袋を指差す。

その大きさは何買ったらこんなに膨れるのか分からない位に膨れていて、見るからに重い。

「大丈夫…」

いや、そんな事を額に汗滲ませながら言っても説得力は全く無いのだけど、否定した方がいいのかこれは。

「大丈夫じゃないだろ。さっきから汗かいてるし、息も上がってるじゃないか」

「……」

…香美は無言のままだ。

「ったく、意地張ったっていい事ないぞ。香美は女の子なんだから、きつかったら俺に頼ってくれていい、だから荷物持たせてくれ」

要は、香美のような細い女の子に、例え自分の物と言えど荷物を持たせている自分が嫌なのだ。

「……」

ここまで来るともはや意地らしい、香美は坂道にも関わらず、歩くペースを上げた。

俺も遅れないようにペースを―

「あ」

―声は俺の前から聞こえてくる。というのはどういうことだろう。

目線を上げると、そこには夕陽を背負った香美がいて、その手には袋が一つしか握られていない。

香美の表情は逆光でよく分からない。 ただ、その姿が美しかった。

何故袋を一つしか持っていないのかなんてそれは些細な問題に過ぎない。

無意識に、声をかけていた。

「香美…?」

「…逃…げて」

それは、何故、そんなことを口にするのか。

「香…みっ!?」

耐え切れなくなって、もう一度名前を呼ぼうとして、顔面への強い衝撃を受けた。

「あ…痛う…」

一体何が起きたのか、重い衝撃は命に別状は無さそうなものの、とにかく鼻が痛くて熱い。

「一体…何が…」

起きたんだ。とは言えなかった。

目の前に転がっている物に、ただ愕然とした。

「…香美。これは…?」

「……」

香美は答えない。


大量の塩飴を、眼下に望みながら。


…って、

「香美。早く拾おう」

とりあえず鼻の痛みを無視して手身近にある塩飴お徳用百円パックを拾う。

「……」

ただ拾う。

「……」

拾う。

「……」

なんだか哀しくなってきた頃に全部拾い終わったので、香美に返す。

「……」

香美は俯いたまま飴を受け取った。

しかし、このまま香美に持たせるのは何か危ないと本能が訴えている。

「待った、香美。やっぱり俺が持つ」

「……」

香美はもうこれ以上無いくらい嫌そうな顔をした後。

「…持って」

「了解しました」

俺に飴運搬係を命じた。



何故香美は塩飴を大量に購入しているのか、なんて事を考えていると、あっという間に家に着いていた。

…家の中からは人の気配がする。買い物をしてきた俺よりも鈴鹿の帰りが早かったのだろう。

…昼休みは、まだよかった。

昼休みはまだ時間制限があって、授業にも少し遅れただけで済んだ。

けど、今度は時間制限なんてない。もしかすると俺は明日学校に行けないハメになる可能性がある。

冗談ではなく、結構本気だったりする所が怖い。

「…何緊張してんだ」

そう、変に緊張するから怖く感じるのであって、普断通りに挨拶すればきっと鈴鹿も朝の事は水に流してくれるだろう。

…深呼吸する。 いつまでもここにいる訳にはいかない。

なら、もう覚悟を決めるしかない。

「ただいまー」

努めて普断通りに帰宅する。

「あ、お帰りなさい。兄さん」

鈴鹿は、何故か目の前にいた。

「あ…う…」

思わず面食らって立ち尽くしてしまう。

「兄さん?どうかしたんですか?」

「…いや、なんでもない」

鈴鹿はいつも通りだ。

だけど今はその普通さがかえって怖い訳で、なんかこのままじゃ明日は迎えられない気が…

喩え話だが、笑えないにも程がある。

「やっぱり具合が悪いんじゃ…」

「違う。そういう訳じゃないんだ」

「?」

…やはり鈴鹿はいつも通りの優しい鈴鹿だ。もしかすると朝の鈴鹿はどうにかしていて、適当な言い訳で逃げた俺に怒りでも感じたのかもしれない。

だとしても。いや、だからこそ俺は実際鈴鹿に心配をさせてしまった分、料理を作って、日頃の感謝を言葉と気持ちで伝えたい。

「鈴鹿」

「はい、なんでしょう?」

「その、すまなかった」

ただ素直に謝った。

鈴鹿はしばらくこっちを見て、再び笑顔に戻った。

その笑顔は、

「朝の事は怒ってませんよー」

、といった感じで俺に向けられている。 「鈴鹿…怒ってないのか?」

恐る恐る聞いてみる。

鈴鹿は笑顔を絶やさない。

「はい。お昼までは気にしてましたけど、怒鳴ったらスッキリしたみたいです。それに、朝兄さんが晩ご飯作ってくれるって言ってたのを思い出して、お昼は軽く食べたのでお腹ぺこぺこです」

鈴鹿は胸を張ってどこか得意気にしている。鈴鹿は普通の子よりも体の発達がよくて量を多く食べるからその判断は辛いものだったに違いない。

「あ、ああ。そうだったのか。それは悪かった。それじゃ今からすぐ作るから…」

靴を脱ぎ玄関に入る。

ここで、今夜はお客様がいることをすっかりと忘れている事に気付いた。

慌てて鈴鹿を呼び止める。

「鈴鹿待った。言い忘れてたことがあった」

「…言い忘れてたこと、ですか?」


「ああ、実はな。今日の晩飯にはお客様が来られる」

まだ外にいる香美を家の中に招き入れる。 香美は手に息を吹き掛けて寒そうにしていた。後で暖かい飲み物を出してあげよう。

「隣のクラスの香美だ。ちょっと無口だけど仲良くしてやってくれ」

鈴鹿は初め、目を見開いてそのままだったが、しばらくすると、段々表情が厳しくなってきた。

う、また機嫌を損ねてしまった予感…

「そうですか」

それだけ言うと、鈴鹿は階段を上って、

「ご飯が出来たら呼んでください」

とだけ言い残していった。

「俺…何かしたかな?」

「…知ら…ない」

その、女の子は難しい、と誰かが言っていたのを思い出した。

全くその通りだと思う。


香美に熱いお茶を出して、料理に取り掛る。

まずは鮭の切り身に塩こしょう。同時進行でスープとサラダ用の野菜を切っていく。

トントントン

台所に軽快なリズムが響く。

昔、まだ鈴鹿が料理を作れないくらい小さかった頃は毎日のように俺が料理を作っていた。親父はその頃から家をよく開けていたし、作らなければならない状況だったのだ。メニューは料理本の中から自分の実力に見合った物を選んでいた記憶がある。

しかも料理中に寂しがり屋な鈴鹿は俺に纏わりついていたから料理を焦がしてしまったりしたことは数え切れない。

それも数年前に鈴鹿が料理を教えて欲しい、と言い出してからは立場が逆転。鈴鹿は毎朝早起きして朝飯を作ってくれるようになった。なったのだが、

最初はそりゃもう酷かった。

毎朝の目覚ましは鈴鹿の悲鳴で、一階に下りるとコゲた臭いが充満していた。しばらく待っていると少し涙目の鈴鹿が焦げた卵焼きと、味が極端に薄い味噌汁を運んできてくれた覚えがある。

それが最近では師匠でもある俺を抜くような成長を見せているから驚きだ。

「…っと、お湯が沸いたか」

あらかじめ火をいれておいた鍋にコンソメと玉葱、冷蔵庫にあったマッシュルームと人参を放りこむ。

今度はボウルを取り出して、適量の小麦粉を振る。その中に先程塩こしょうをした鮭を入れ、まんべんなく小麦粉をまぶしておく、フライパンを取り出して、バターを若干多めに溶かす。そこに鮭を重ならないように乗せて、表面がこんがりとなるまで焼く。 スープは最後に塩こしょうで味を整えて完成。

あとは切っておいた野菜を盛るだけなのだが。

「香美。トマト大丈夫か?」

「……ん」

よし、鮭もいい感じで焦げ目がついたし、これで完成。サラダが添えてある皿に手早く鮭を盛る。

フライパンをさっと水洗いして、エプロンを外す。

皿を持ってキッチンから出ると、香美は何か難しそうな顔をして点けっ放しのテレビを見ていた。

内容はこの町からそう遠くない所で起きた殺人事件についてだった。

被害者は全て若い女性で、犯人は未だ不明。警察の捜査も難航しているらしい。

そのニュースの話題はそこで尽きたようで、今度は噂のUMAがどうとかこうとか。そこまで聞いて、俺は二階へ向かった。

香美はまだ画面から目を離していない。

…まあ、鈴鹿を呼んできてから声をかければいいか。

熱々の夕飯が冷めないように、急いで二階への階段を上る。ドアの前で、ノックをする。

「晩飯出来たぞー」

「あ、はーい」

中からヒタヒタとフローリングを歩く音が聞こえてしばらく、普断着に着替えた鈴鹿が部屋から出てきた。

「お待たせしました。じゃあ行きましょう」

「よっし、絶対にうならせてやるからな」

ふふ…と鈴鹿は笑う。気品漂う微笑みだ。

その笑顔に目を奪われた。

ああ、でもこの様子じゃ機嫌はすっかり直ったようだ…


直ってなかった。

「いただきます」

「いただきます」

「…いただき…ます」

合掌を終え、今日はお客様を加えての賑やかな夕食に…なるはずだった。

「……」

カチャカチャ

「……」

カチャカチャ

「……」

気まずい。何でか知らないけど、空気がすごく息苦しい。

鈴鹿と香美。違うな、一方的に鈴鹿が険悪ムードにして、香美はいつも通り、ゴーイングマイウェイ。

味付けを間違ったのだろうか?いや、自分の舌に誤作動が無い限りこの味付けは欠点など皆無のはずだが…

「二人とも、もしかしておいしくなかったか?」

「……」

「……」

…俺、何かしたっけ?

「…ごちそうさま」

鈴鹿は早々に平らげ、皿を流しまで持っていくと、自分の部屋に戻ってしまった。

むう。せっかく買ってきた食後の和菓子はどうするか、香美と二人で食べるとますます嫌われそうだし、かといって大福は一日で硬くなるし…

「…私…帰る」

「…え?」

結構本気で悩んでいると、香美は鞄を持って立ち上がった。

「今日は…ありがとう。それじゃあ…」

てこてこと玄関に向かう香美。

「あ…送っていくよ」

さっきのニュースで近頃は夜出歩くのは危ないって言ってたし、そんな中を女の子一人で返すのは男として情けないというかなんというか。

しかし香美の返事は、

「大丈夫…」

でこちらが靴を履き終わる前に出ていってしまった。走り回って姿を探してみるも、香美はおろか人一人として見つけられなかった。


諦めて家に帰る事にした。

住宅街を歩く。

俺の靴音だけが空しく響き、街灯の心許無い明りが揺れている。

空気が、肌を裂くように痛い。それは、比喩でも何でもなく、間違いなく此処にある真実。

出てくる時は走っていたし、香美の心配ばかりしていたから気付かなかったけど、この町の静けさはおかしい。

町がおかしいのではなく、町の静けさがおかしいのだ。


結界、という魔術がある。


自己の一定範囲の世界そのものに及ぼす魔術で、簡単に言えば、世界を作り替える現象、自分の小さな世界を新たに創造し、独立させる。

効果は使い手によって異なり、その種類は千差万別。最も一般的なのが、結界内にいる自分の魔力を上昇させるというもの。

相当実力がある魔術師同士ならともかく、戦力差があまりに大きい場合に好んで使われる。ただ、結界内にいなければ効果は発動出来ないし、結界そのものを形成している魔力を上回る力には耐えられない。よって結界は主に魔術師自らのテリトリーに何年も歳月をかけ、完成させるものらしい。

ちなみに、ウチの場合は少し特例で、親父があんまり結界を創るのが上手ではなかったので、普通の一般警備会社にとりあえず侵入検知機をつけてもらっている。

親父曰く、

「現代で出来ない事はほとんど無いんだよ。ただお金を積むか、魔力で補うか、それだけの問題なんだ」

だそうだ。

ウチの親父は金に糸目はつけない人なので迷う事無く前者を選んだのだが。

「はは…我が父ながら情けないな…」

…大きくずれてしまった。話を戻そう。

この町の静けさは、結界の仕業ではないかと睨んでいる。

家々には電気がついているにも関わらず、人の気配がしない。

野良猫や野良犬、あまつさえは街灯に集まる虫の姿さえ見当たらない。


外界からの遮断。

それが、きっとこの結界の正体。


まあ、結界の正体が判明した所で俺のような半人前以下がどうにか出来るレベルじゃないし、親父が帰ってきた時に報告すれば手際よく片付けてくれるだろう。

…親父ああ見えてけっこう強いし。

さて、こんな所に長居しても意味は無い。さっさと帰ろう…


ギシッ、と。


一歩踏み出すと同時に、結界の空気が変わった。


「――ッ!」

誰かが、戦っている。

結界の気質が荒々しいものに変わり、それは怒っているのだと感じ取れた。

大気が震える。

周囲の民家は全く変化がない。それも当然か、大魔術のような甚大なまでの魔力量でなければ、一般人は感じる事すら出来ないのだ。加えてこの結界、きっと道端で人が倒れていても、結界が解かれるまでは存在自体認識されないのだろう。


戦いは激化しているようだ。場所はここからそう遠くないのか、俺でも魔力の質程度なら分かる。どうやら戦いは純粋な魔力のぶつけ合いらしい。

「…見るだけなら」

見るだけなら、大丈夫なはずた。

足は、魔力が迸る場所まで自然に動いていった。

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