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2nd other

さて、こうして私、香美梨沙は彼の家に夕飯を頂きに行く運びになった。

厳密に言うなら、らしい。を着けた方がいいかもしれない。

別に私は本来の目的を果たせればそれでよかったのだけど、

「香美。メシ食って行くんだろ?」

そんな楽観的なのか、それとも何か罠を仕掛けているのかよく分からない誘われ方に乗ってしまった訳である。

なんでこんな事になったのかは分からない。ただ、私を誘った時の彼の目は、悪意の欠片も無かったというか、ただ善意のみで私を誘ったというか、要は本当の私の事なんてなーんにも考えてないただの少年だったのだ。

ただほんのちょっとだけ、赤子の爪の垢ほどにもないけど、罪悪感はある。

そりゃあ彼の家に妹がいるのは知ってるし、親が不在だというのも知っている。

そんな所に年頃の乙女が遊びに来るというのは少しばかり心臓に悪いのかもしれない。 悪いのかもしれないけど、男なら一度頷いたのなら最後まで責任を持ってもらうつもりだ。

…そんな彼は私の隣で無口なまま歩いている。無口なのはいつものことだけど、今日はちょっとばかり様子が違う。

きっと緊張しているのだと思う。なんていったって、彼は女の子が苦手なのだから。

その片鱗は私が常に見てきているのだから間違いはない。

さすがに話しかけた時に赤面していたり、髪の毛をかき上げたら視線を反らしたり、そんな状態で追い討ちをかけるように声をかけると苦しい言い訳で逃げていればそれは悟られて当然。

無下に扱われているように感じなくは無いけど、それは彼の拒否行動が上手ではないだけだから余計に始末に負えない。


前途多難だな…


声に出さずにぼやく。

と言うか何が前途多難なんだろう。自分でも分からないような事をぼやくなんてどうにかしてしまったのかもしれない。

というか一体何で私はこんな事で悩んでいるのだろう。今は少しでも不測の事態に備えるために集中を…

「梨沙、これは作戦か?それともただ飯を頂戴するために赴くのか、はっきりしてもらいたい」

集中集中…

「梨沙。聞いているのか?」

ほら、そういえば昔の人も言ってた、心頭滅却すれば、火も涼しいって。

だからこんなのは幻聴。

私は更なる深みに…

「梨沙!」 本日登場二度目の声はしつこく食い下がってくる。

どうやらこの爺さんは私の行動方針に口出しするのが趣味らしい。そうに違いない。

私はそれに頭の中で答える。

「別に、どっちでもいいわ」

「な…!」

あ、驚いてる驚いてる。

「梨沙!何を呆けた事を」

「別に呆けてないわよ。ただ敵になるかもしれないから、偵察に行くだけ、そこでご飯貰えそうだから貰っておく、ただそれだけよ」

「しかし…」 ああもう!

この爺さん。知識だけは異常に蓄えてる癖にこういった場面では駄々を捏ねるような発言しかしないとは…

ここは本当に、本っ当に不本意だけど、口で言い負かすしかないようだ。

「あ、わかった。さてはご飯が食べれる私に嫉妬してるんだ」

「な、何を言い出す!」

ありゃ?これは案外核心を突いたのかも。

なんとか笑いが零れそうになるのを押さえる。

「…どうした香美?下向いて震えて何してんだ?」

「え…?」

…どうも隣の奴にはバレそうになっているらしい。

「な…なんでも…ない」

「…そうか」

こうしてまた無言で歩き出す。

内面ではそうもいかないけど。

「でもしょうがないわよね、私に宿っている限りは反転しないと感覚が伝わらない訳だし、そりゃあ嫉妬しちゃうのも頷けるわ。だって、ご飯って美味しいもの」

「う…ぐ」 おー、どうやらモロに図星だったらしい。

ここまで分かりやすい反応をされるとなんだかもっとイジりたくなってきた。

「そんなにショックだったの?情けないわね、それでも北欧の神?」

「ぬぅ…!」

「神様がこんな一般人を手玉に出来ないなんて聞いたら皆哀しむでしょうね」

なんでこの爺さんはこんなにからかい甲斐があるのだろう。きっと生前でもこうだったに違いない。

あー楽しい。

と、あんまり人聞きの良くない事を思っていると、さっきまで黙っていた老人が反撃に出た。

「…お前のどこが一般人だと言うんだ」

相当不機嫌なようで、明らかに声に怒りがこもっている。

だけど、何か反論したかと思えば人の揚げ足を取るだけとは、神様もここまで来ると情けないとしか言い様がない。

自意識過剰な老人にお灸を据えるのも若者の仕事のはず。

「ええ、確かに私は一般人じゃないわね。でもそれだけよ、あんな力を使えたところで所詮中身は人間でしかないんだから」

「……ッ!」

その言葉は相当効いたのか、息を飲む声が聞こえる。

勝った。これは確実に勝った。

思わずガッツポーズをとってしまいそうになったけど、そういえば隣にはこちらの事情を知らない準一般人がいるんだった。自粛しておこう。

だが、挑戦者は9カウントで立ち上がった。しかも満身創痍のくせに憎み口なんて叩いている。

「先祖返りさえ…成功していればこんな事には…」

まだ言うかこの爺さんは。

いい加減うっとおしくなってきたので、一気に畳み掛けよう。

「そんなの仮定の話でしょ?現に失敗しちゃったんだから現実見なさい」

「……」

立ち上がったのも束の間、私は無慈悲に顔面ストレートで、今度こそ完全に挑戦者を沈黙させた。

全く、せっかく二人での帰り道なんだから、もう少し気を利かせてもらってもいいんじゃないだろうか。

せめてバッグを持って後ろから着いて来るとか。

あ、肉体がないから無理か。

それに姿が見えないからこんなにからかえるのであって、もしヨボヨボのお爺さんだったらからかっているこっちが気分悪い。

あ、まずい。顔が引きつってる。

誰かに見られる前になんとかもみほぐす。


自分の中でのみで考える事は好きだ。

その中には数式とか論理とか、そういった現実な物もあれば、さっきみたいに白昼夢のような幻想なんかを想像するのも意外と悪くない。

こういうのが癖みたいなのになってしまったのは、単に私の関わる事に想像力が必要となるだけだったから。

そう考えると、私は想像が好きなのでは無かったのかもしれない。

ただ、好きになるしか、私には生きる道がなかったのだろう。

だから、鍛えた。

元々身体能力は悪くは無かったし、 その一点に絞って鍛えればさらに強くなれると指摘されたから、それを信じて鍛えた。

実際、私は成長した。

私に足りなかったのは、その一点だけだったのだ。

だが、後悔はある。

現に鍛えるために多くの事を諦めてきた。

それはまだ小さかった私には苦痛だった。何度も逃げて、何度も捕まった。

頭では分かっていた。

従えられなかったのは、きっと心。

でも、それでも私は強くならなければいけない理由があった。

だから、心を殺した。

そうまでして成さなければならない事。

それは…


…やっぱり止めよう。

今からご飯を食べに行くというのに、こんな事考えてたら作ってくれた人に失礼だ。

気が付けば少し彼から遅れていたので少し歩を速める。

…やはり無口な時間が過ぎる。

顔を盗み見ると、だいぶ緊張がほぐれているようだった。

それにしても、暇になってきた。

爺さんは静かになったし、ここはこちらから話しかけ…

「香美。魚はダメか?」

間が悪い。

何が悪いかと言われると間が悪いのだけど、結局は彼が悪い。

…魚は、大丈夫だけど。

せめて夕陽が綺麗だと、言わせて欲しかった。

「…大丈夫」

…やっぱり彼は悪い。

女の子をこんな気分にさせるなんて、悪人以外の何者でもない。

あんまりキャラではないけど、拗ねてみる。

…そして、さっきからずっと気になっていて正体がわからなかった事が一つあったけど、その正体が今分かった。


なんで朝もさっきも、私は彼の姿を見ていたいと思ったのだろう。

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