第8話
キーンコーンカーンコーン
五分間という無限地獄に陥っていた時、その音は突然頭上より鳴り響いた。
チャイムが福音に聞こえたのはきっと今日が初めての事だっただろう。
とにかく助かった。
鈴鹿は明らかに言い足りない、みたいな顔で食堂を後にしていったし、これでしばらくの間は身の安全は保障される事だろう。
「さて、それじゃあ教室に…」
戻るか、という言葉は喉の奥で止まった。 時計が指し示す時刻は、とっくに授業開始を過ぎていた。
その後、遅れて教室に入ると、
「おぉ?優等生の祐季君は遅刻ですか」
なんて晋吾に冷やかされるし散々だ。
唯一の救いと言えば、いつもと同じように帰りの校門で香美が待っていてくれた事ぐらいか。
「祐季…君」
といつものように気の弱そうな香美。
「どうした?」
「その…今朝の…ニュース見た?」
…そういや今朝は家を飛び出してきたからニュースなんて見てる暇無かったな。
「悪い。今日に限って見て無い。どんなニュースだったんだ?」
「ん…見て、ないなら…いい」
香美は視線を逸らす。
ん?なんだろう。
いつもは表情の変化が無い香美が心なしか怒っているような…
「香美。怒ってるのか?」
「怒って…ない」 本人はそう言っているが、一度そう見えてしまうと怒っているとしか見えなくなってしまう。
「香美。本当に怒ってないのか?」 「…怒ってなんか…ない。ただ…呆れ…てる」
…呆れてる?
確かに怒ってると言うよりは呆れている…のか?
けどなんでオレが呆れられなければならないのだろう。
「なんだそれ。呆れるって」
「…呆れは…呆れ」
「いやまあ、そうだけどさ…」
…朝のニュースを見てないだけなのにここまでご立腹とは、相当そのニュースは香美の興味をそそる物だったらしい。
「その…すまなかった香美。明日からちゃんと朝のニュースを見るようにするから今日は許してくれないか」
「あ…謝らなくて…いい」
「いや、毎朝見ているニュースを見なかったのはオレの責任だし、謝らないと気が済まない」
「だから…謝らなくて…」
「じゃあ謝らないから、別の事で償わせてくれ」
「別の…事」
「ああ、なんだっていいぞ。一日俺を使いまくってもらっても構わないし、なんだっていい」
「……」
こちらに非があるなら、まあこれぐらいの罰は受けたって構わないだろ。 「…君の…に」
…え?
今何か、とてつもなく失念していた事を言われた気がする。
「…香美。今何て?」
「…祐季君の…家に…行きたい」
「オレの…家?」
無言で頷く香美。
「兄さん」
そして脳裏に鈴鹿のあの笑顔が浮かんだ。
「…祐季…君?」
香美の声で我に返る。
「あ、ああ。その事なんだがな、悪いけど諦めて…」
と言おうとしたが、言えなかった。だって、
「くれなくていい。ただ今日はオレが晩飯を作らないといけないから買い物に付き合ってくれ」
あんな心配そうな表情されてたら、断るにも断れないじゃないか…!
「メシも食って行くんだろ?」
「あ…うん」
トテトテと香美は付いて来る。
さて、香美は魚は大丈夫だろうか。もしダメならメニューは最初から考え直しをしなくては。
「香美。魚はダメか?」
「…大丈夫」
「そうか。それじゃあ」
それじゃあ、お客様という事で秋刀魚は明日。
今日の夕飯は鮭のムニエルで行こう。