第四話「Eランク昇格試験——なぜあなたはひとりなのですか」
どうも、作者です。
昇格試験回です。
なろう小説の昇格試験というのは、主人公が「圧倒的な実力を見せつける場面」として機能することが多いんですよね。試験官が驚く、周りがざわめく、格の違いを見せつける。アルティアでもそれをやります。
やります、が。
今回の試験官、癖が強いです。
強さを見せつけた後に、試験官が言う一言があります。褒め言葉でも貶し言葉でもない、ただの質問です。でもその質問が、アルティアには今まで誰にも聞かれたことのない種類の問いで。
完璧なお嬢様が、初めて答えられない質問に直面します。
では第四話、どうぞ。
Eランク昇格試験は、ギルドの裏手にある訓練場で行われました。
縦横二十メートルほどの石畳の広場で、周囲に低い壁があります。壁の上に木製の観覧席があり、今日は数人の冒険者が座って見物していました。バルドもいます。腕を組んで、こちらを見ています。
試験官は一人でした。
五十代の女性です。白髪を短く切り、日焼けした肌に細かい傷が散っています。腰に剣を一本。防具はなし。立ち姿に無駄がなく、どこにも隙が見えません。
アルティアは試験官を観察しました。
Bランク以上、おそらくAランク。長年第一線で動いてきた体をしています。今は試験官として落ち着いているが、現役時代は相当なものだったはずです。
「アルティア=ヴェルメイルか」
試験官が言いました。声は低く、淡々としています。
「はい」
「ヴェルメイル家の令嬢が、なぜここにいるかは聞かない。聞いても私には関係ない」
「ありがとうございます」
「試験の内容を説明する。私と模擬戦をしてもらう。制限時間は十分。降参するか、私が戦闘継続不能と判断した時点で終了。合否は私が決める。基準は聞くな、私の目で見て決める」
アルティアは頷きました。
「わかりました」
「魔法は使っていい。ただし術式魔法の類は禁止だ。ここは街中だからな。属性魔法は出力を抑えれば使える」
「承知しました」
「あと一つ」
試験官が、初めてアルティアの全身を上から下まで見ました。
「そのドレスで戦うのか」
「はい」
「動けるのか」
「動けます」
試験官がわずかに目を細めました。値踏みではなく、確認するような目でした。
「始め」
試験官が動いたのは、言葉の直後でした。
間合いを詰めるのが速い。アルティアは半歩退きながら、右手に土の属性を乗せました。足元から壁を作って距離を取ろうとします。
試験官は壁が出る前に跳んでいました。
壁の上を踏んで、そのまま降りてくる。アルティアは剣を抜きました。受けます。金属音。力で押されます。試験官の腕力が想定より高い。
退きながら火の属性を指先に乗せます。試験官の剣に向けて細い炎を——試験官がすでに退いていました。炎が空を切ります。
距離が開きました。
アルティアは呼吸を整えながら、試験官を見ました。
速い。単純に速い。これまでギルドの依頼でこなしてきた魔物とは質が違います。動きに読みにくさがある。次の動作を予測しにくい。
いい。
アルティアは素直にそう思いました。
試験官が再び動きました。今度は左から回り込みながら、フェイントを一つ。アルティアはフェイントを見切って右に退きます。見切れた。でも試験官は退いた先に誘導していました。壁際です。
退路が一方向になりました。
試験官の剣が来ます。アルティアは風の属性で自分の体を横に押しました。壁際から離脱しながら試験官の脇を抜けます。すれ違いざまに剣の腹で試験官の肩を叩こうとして——
手首を掴まれました。
試験官の手がアルティアの右手首を掴んでいます。力が強い。そのまま引かれれば体勢が崩れます。
アルティアは引かれる方向に体重を乗せました。崩されるより先に崩れることで、逆に試験官の予測を外します。前に倒れ込みながら試験官の懐に入る。近距離で水の属性を解放して、足元を滑らせます。
試験官の手が離れました。
二人が同時に距離を取りました。
観覧席が静かです。バルドが腕を組んだまま前のめりになっています。
試験官が、初めて表情を変えました。
笑ってはいません。ただ、目の奥の何かが変わりました。
「面白い」
小さく言いました。アルティアには聞こえました。
それからの五分間は、アルティアが今まで経験したことのない種類の戦闘でした。
鍛練場での練習と違うのは当然です。三日間のギルド依頼での実戦とも違います。相手が「こちらの能力を測りながら戦っている」ことが伝わってくる戦闘でした。
試験官が攻めてくるたびに、アルティアは何かを使います。土、火、風、水、光——属性を切り替えながら対処します。一つの属性に頼ると読まれる。組み合わせることで対応の幅を作る。
でも試験官はその幅の、さらに外から来ます。
五分が経った頃、アルティアの呼吸は少し乱れていました。体に傷はありませんが、何度か紙一重で回避した場面がありました。
試験官も同様です。
アルティアの魔法がかすめた場所が二箇所。完全には当たっていませんが、当たらせることはできていた。それだけは確かです。
でも当てきれていない。
なぜかを考えながら動きます。
試験官の動きには読みにくさがある。でも完全に読めないわけではない。フェイントのパターンはある程度掴めてきた。問題は、掴んだ瞬間にすでに次の動きに入っていること。
アルティアは属性の切り替えを意図的に遅らせました。
次のフェイントが来ます。読めています。でも反応を一拍遅らせる。試験官がアルティアが遅れたと判断して踏み込んでくる——その踏み込みの瞬間に、足元に光の属性で閃光を走らせました。
一瞬、試験官の視界が白くなります。
その瞬間に剣を構えて、試験官の剣に向けて力の属性を乗せた一撃を——
「そこまで」
試験官の声がしました。
アルティアの剣が、試験官の喉元の手前で止まっていました。試験官の剣は、アルティアの剣に弾かれて角度が変わっています。
二人が同時に動きを止めました。
十分、経っていました。
訓練場に、しばらく静けさがありました。
観覧席のバルドが立ち上がっていました。隣の相棒が何か言っています。他の見物人たちも、互いに顔を見合わせています。
試験官がゆっくりと剣を鞘に収めました。アルティアも剣を収めました。
試験官がアルティアを見ました。
「合格だ」
アルティアは頷きました。
「ありがとうございます」
「聞いてもいいか」
「はい」
試験官が、少しの間アルティアを見てから、言いました。
「なぜあなたはひとりなのですか」
アルティアは、少しの間、何も言えませんでした。
試験官が続けました。
「あなたの戦い方を見ていた。八属性を切り替えながら、相手を分析しながら、最適解を探しながら戦う。それができている。それは本物の実力だ」
「……はい」
「でも」
試験官が言いました。
「あなたの戦い方には、誰かの動きを想定した動きが、一つもない」
アルティアは黙っていました。
「隙を作るとき、その隙を誰かに使わせる発想がない。自分が受けるとき、誰かが援護することを前提にした受け方をしない。全部、自分一人で完結させようとしている」
「……」
「それは間違いではない。一人で動くなら、それで正しい。でも」
試験官が少し間を置きました。
「あなたは、ずっと一人で戦うつもりですか」
アルティアは答えられませんでした。
答えられないのは、答えがないからではありません。「一人で動く」と決めていたわけではないからです。仲間と動くことを否定していたわけでもないからです。
ただ、「誰かがいる前提で戦う」という発想が、今まで一度もなかったということが——この瞬間に初めて、わかりました。
鍛練場での練習は常に一人でした。師匠と組み手をするときも、師匠を「倒す相手」として見ていました。「一緒に戦う相手」として動いたことが、生まれてから一度もありませんでした。
「……」
アルティアはしばらく、訓練場の石畳を見ていました。
試験官は何も言わずに待っていました。
「わかりません」
アルティアは、少し間を置いてから、正直に答えました。
「その問いに、今すぐ答えられません」
試験官が、初めて小さく笑いました。
「それでいい」
「……それでいい、とは」
「答えられない問いに、すぐ答えを出そうとしない人間の方が、私は信用する。あなたは今日、その問いを持ち帰ってください」
アルティアは試験官を見ました。
「名前を聞いてもいいですか」
「カーラだ。昔はAランクで動いていた。今は試験官をしている」
「カーラさん」
「なんだ」
「今日の試験で、わたくしが当てられた場面は何回ありましたか」
カーラが少し目を細めました。
「ゼロだ。かすりもしなかった」
「わたくしが当てられた場面は」
「二回。どちらも私が引いたから当たらなかった」
アルティアは頷きました。
「わかりました。ありがとうございました」
「また試験を受けに来い。次はDランクだ」
「はい。早急に」
カーラが笑いました。今度は小さくではなく、声に出て笑いました。
「急ぐな。急いで強くなった人間を、私はあまり見たことがない」
「では、急がずに強くなります」
カーラがまた笑いました。アルティアは少し、その笑いの意味がわかりませんでした。でもそれが悪いものではないことは、わかりました。
訓練場を出ると、バルドが入り口で待っていました。
「見てたぞ」
「存じています」
「カーラさんに当てられなかったのは、ここ三年で初めてじゃないか」
「そうなのですか」
「そうなんだよ。あの人、かなり容赦しないからな」
バルドが腕を組んで、アルティアを見ました。
「カーラさんに何か言われたか。最後、しばらく話してたろ」
アルティアは少しの間考えました。
「なぜひとりなのですか、と聞かれました」
バルドが、少し表情を変えました。
「……それは」
「答えられませんでした」
「そうか」
バルドはそれ以上何も言いませんでした。アルティアも何も言いませんでした。
二人でしばらく、訓練場の外の石畳の上に立っていました。
バルドが先に口を開きました。
「俺は昔、一人で動いてた時期がある」
「はい」
「強くなりたかったからな。一人の方が効率いいと思ってた」
「……」
「今は相棒がいる。効率が上がったかどうかは知らん。でも」
バルドが少し空を見ました。
「行けるところが、変わった気がする」
アルティアはその言葉を聞いて、何も言いませんでした。
言葉にならなかったのではありません。
じっくり考えたかったのです。
宿に戻って、手帳を開きました。
今日の試験の記録を書きます。試験官の名前、試験の内容、自分の動きで良かった点と悪かった点。
そこまで書いて、手帳の空白を見ました。
昨日、書けなかったページがあります。今日もまた、書けない一行があります。
カーラの問いと、バルドの言葉が、頭の中に残っています。
なぜあなたはひとりなのですか。
行けるところが、変わった気がする。
アルティアはペンを持ったまま、しばらく止まっていました。
やがて、ゆっくりと書きました。
わたくしは今まで、誰かと一緒に戦うことを、考えたことがなかった。
それだけ書いて、止まりました。
続きが出てきませんでした。
でも今日は、それでいいと思いました。
カーラの言葉を思い出します。
答えられない問いに、すぐ答えを出そうとしない人間の方が、信用する。
手帳を閉じて、アルティアは窓の外を見ました。
王都の夕暮れが、石畳をオレンジ色に染めています。大通りの方から人の声が聞こえます。露店が店じまいを始める音がします。
どこかで、串焼きの匂いがしました。
明日もあの屋台は開いているだろうか、とアルティアは思いました。
そしてその次に、なぜ自分がそんなことを考えているのか、少しわかりませんでした。
でも、悪くはありませんでした。
読んでくださってありがとうございます!
カーラ、好きになってもらえましたか。
この人、レギュラーじゃないんですよ。試験官として登場して、この話でほぼ退場します。でも書いてたら勝手に好きになってしまって、アルティアに一番刺さる言葉を持ってくる人になりました。
「なぜあなたはひとりなのですか」
これ、強さへの疑問じゃないんですよね。「なぜ一人で動くの?」って聞いてるんじゃなくて、「あなたの戦い方には誰かの存在が一切ない」という観察なんです。アルティアが一人を選んでいるのではなく、最初から「誰かと戦う」という選択肢が存在していなかった、ということへの指摘。
それがアルティアに刺さった。
そしてバルドの「行けるところが変わった気がする」。これがカーラの問いへの、世界からの答えなんですよね。二人が示し合わせたわけじゃないのに、同じ方向を向いている。
手帳に書けなかったページが、この話でまた一枚増えました。でも今回はアルティアが「それでいい」と思えた。昨日より少しだけ、前に進んでいる。
さて、次回。
アルティアが王都を出ます。いよいよです。そして初めての野営があります。
焚き火が、作れません。
魔法で作ろうとして、何が起きるか。
次回・第五話「王都を出る朝、串焼きをもう一本」
タイトルで何となくわかりますよね。でも本文で読んでください。絶対読んでください!!




