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第二話「王都の冒険者ギルド——全属性適性、前例なし」

どうも、作者です。今回はギルド登録回です。なろう小説においてギルド登録というのは一種の通過儀礼でして、主人公がどういう存在かを世界に対して「公式に」証明する場面なんですよね。ステータスが出る、職員が驚く、周りがざわめく、という黄金の流れ。アルティアでもやります。でもアルティアの場合、驚き方が少し違います。数字がおかしいとか、レベルが異常とか、そういう方向じゃなくて——「前例がない」という驚き方をします。世界の規格から外れているというか、規格表に載っていないというか。そしてアルティア本人はその驚きの意味を、この時点ではまだ理解していません。「なぜ最高位ではないのですか」って聞くやつ、書くの楽しかったです。本当に楽しかった。では第二話、どうぞ。

 冒険者ギルドは、王都の中央通りから一本入った場所にありました。

 石造りの重厚な建物で、入り口の上に掲げられた看板には剣と盾が交差した紋章が彫られています。扉は大きく、常に開け放たれており、中から人の声と椅子を引く音と、微かに酒の匂いが漏れ出ていました。

 アルティアは扉の前で、少し立ち止まりました。

 生まれて初めて来る場所です。貴族がギルドに出入りすることは珍しくありませんが、ヴェルメイル家の令嬢が単身で登録に来るのは、前例がないかもしれません。

 ただ立ち止まったのは躊躇いからではなく、単純に中の様子を確認していたからです。

 扉から見える範囲で、受付カウンターが三つ。依頼書が貼り出された掲示板が奥に一枚。左手に酒場スペース、右手に奥へ続く廊下。朝の時間帯のためか、冒険者の姿は数えるほどしかいません。受付には職員が二名。

 確認完了。

 アルティアは扉をくぐりました。


 入った瞬間、視線を感じました。

 酒場スペースで朝から飲んでいた男性の冒険者が二人、奥の廊下から出てきた若い冒険者が一人、受付の職員が二人——全員が、ほぼ同時にアルティアを見ました。

 理由はわかります。

 クリーム色のドレスの裾が、ギルドの石床の上でわずかに光っています。腰のベルトに刻まれた魔法陣が、ここでも静かに機能しています。剣は腰に佩いたまま。荷物を肩にかけたまま。どう見ても、この場所に馴染む格好ではありません。

 アルティアはその視線を全部受け取りながら、迷わず受付カウンターに向かいました。

「冒険者登録をお願いします」

 受付の職員は二十代半ばの女性で、アルティアを見て一瞬表情が止まりました。でもすぐに職業的な笑顔を取り戻して「はい、承りました」と答えました。

「初めての登録でよろしいですか」

「はい」

「では、こちらの用紙にお名前と年齢、出身地をご記入ください。魔法適性の確認は、こちらの魔石で行います」

 カウンターの上に、拳大の透明な石が置かれました。魔力を込めると色が変わり、適性のある属性が判定できる仕組みです。アルティアはそれを知っていました——書物で読んでいたから。

 用紙に記入しながら、アルティアは魔石を見ました。

 今まで何度か似たような判定を受けたことがあります。いつも、判定した側が困惑した顔をしました。

 今回もそうなるだろうと、アルティアは予想していました。


 用紙への記入が終わりました。

 職員がそれを受け取って確認する間、アルティアは魔石に手を伸ばしました。

「あ、ではその魔石に魔力を——」

 職員が説明を始めるより先に、アルティアは軽く魔力を込めました。

 魔石が光りました。

 最初に赤く光りました。火属性。次に青、水属性。続いて白、風属性。茶色、土属性。金色、光属性。紫、闇属性。銀色、時属性。そして最後に、石の中心部が虹色に輝きました——空属性。

 八色が、ほぼ同時に点滅しました。

 職員の手が、用紙の上で止まりました。

 酒場スペースの二人組が、杯を持ったまま固まっています。廊下から出てきた若い冒険者が、何かを言いかけて止まりました。

 ギルドの中が、しんと静かになりました。

「……」

 職員が魔石を見て、用紙を見て、アルティアを見ました。

 もう一度魔石を見ました。

 アルティアは何も言わずに待ちました。こういうとき、相手が状況を整理するまで待つのが正しい対応です。

「あの……」

 職員がようやく口を開きました。

「全部、ですか」

「はい」

「八属性、全部に適性がある、ということですか」

「はい」

「……一度、確認させていただいてもよろしいですか」

「どうぞ」

 職員が奥の廊下に向かって「支部長、少しよろしいですか」と声をかけました。廊下から五十代の男性が出てきました。白髪混じりで、眼鏡をかけた、いかにも管理職という風貌の人物です。

 支部長が魔石を見ました。まだ八色が薄く光っています。

 支部長がアルティアを見ました。

 支部長が魔石を見ました。

「……何年ここにいるが」

 支部長が独り言のように言いました。

「こんな判定結果は、初めて見た」


 支部長室に通されました。

 支部長——名前はオルダムといいました——が、椅子に座りながら用紙を確認しています。アルティアは向かいに座って、部屋を見回しました。長年の使用で擦り切れた椅子、積み上げられた書類、壁に貼られた各地の地図。実務的な部屋です。

「ヴェルメイル家の、令嬢」

 オルダムが用紙から目を上げてアルティアを見ました。

「はい」

「侯爵家の、一人娘が、単身で冒険者登録に」

「はい」

 オルダムは少しの間、アルティアを見ていました。何かを測っているような目でした。

「止める権限は、私にはないが」

「はい」

「……理由を聞いても?」

「魔王を討伐します」

 また静かになりました。

 オルダムが眼鏡を外して、目頭を押さえました。

「それは」

「ギルドを通じた依頼ではなく、個人の目的として、です。ギルドに登録するのは、活動の実績と信用を積むためです。各地の支部を使わせていただきたいこともあります。ご迷惑はおかけしません」

 オルダムが眼鏡を戻しました。アルティアを、今度は別の目で見ました。

「話が早いな」

「無駄な時間をいただくつもりはありませんでしたので」

 オルダムが小さく笑いました。笑うと、少し人懐っこい顔になりました。

「わかった。登録を進めよう。ただ、一つ確認させてくれ」

「はい」

「魔石の判定は、適性を示すものであって、実力を示すものではない。登録ランクはFからになる。問題ないか」

 アルティアは少しの間、考えました。

「Fとは、最低ランクということですか」

「そうだ」

「最高ランクは」

「SSSだ」

「では、わたくしは今、SSSからもっとも遠い位置にいるということですね」

「そういうことになる」

 アルティアはそれを聞いて、少しだけ黙りました。

「……なぜ、最高位ではないのですか」

 オルダムが目を丸くしました。

「実力が証明されていないからだ」

「魔石の判定では不十分ですか」

「適性があることと、使いこなせることは別だ。Fランクから実績を積んで、昇格試験を受けて、ランクを上げていく仕組みになっている」

「……なるほど」

 アルティアは少し考えてから、言いました。

「では、早急に実績を積みます」

「その心意気は結構だが、焦りは怪我の元だぞ」

「焦ってはいません」

 アルティアはそれだけ言いました。オルダムは何か言いかけて、止めました。

 この令嬢が「焦っていない」と言うとき、本当に焦っていないのだろうと、この時点でなんとなく理解したからです。


 登録証を受け取ったのは、それから少し後のことです。

 カードの表面に名前と登録日、ランクが刻まれています。ランクの欄には「F」の文字。アルティアはそれを見て、少しの間、カードを持ったまま立っていました。

 F。

 最低位から始まる、ということです。

 完璧なお嬢様として生まれてから、最低の評価を受けたのは、生まれて初めてのことでした。

 不満かと問われれば、不満です。ただしそれは感情的な不満ではなく、論理的な「適切でない評価への違和感」です。自分の実力を証明するための機会が与えられていない段階で最低評価を受けることへの、純粋な異議です。

 ならば早急に証明すればいい。

 アルティアはカードをしまって、掲示板の前に立ちました。

 依頼書が何枚も貼り出されています。Fランク、Eランク、Dランク……ランクごとに色分けされた用紙が並んでいます。アルティアはFランクの依頼書を順番に確認しました。

 スライム十体討伐。報酬、銅貨五枚。

 薬草採取、三種各十束。報酬、銅貨八枚。

 倉庫の害獣駆除。報酬、銅貨六枚。

 アルティアはスライム討伐の依頼書を一枚取りました。

 振り返ると、カウンターの職員と、酒場の二人組と、廊下の冒険者が、まだこちらを見ていました。

「受けます」

 アルティアは依頼書をカウンターに差し出しました。

「こちらの依頼を」

 職員が依頼書を受け取って、アルティアの登録証を確認して、ランクが合致していることを確かめました。

「ご出発はいつになりますか」

「今から」

「……今から、ですか」

「はい。討伐対象の出没場所はどこですか」

 職員が地図を広げて、王都の東門から二キロほどの場所を示しました。アルティアはそれを記憶しました。

「戻りはいつ頃に」

「一時間以内には」

 職員がまた固まりました。

 アルティアはすでに扉に向かって歩き出していました。


 王都の東門を出ると、街道沿いに草原が広がっています。

 スライムの出没場所とされた一帯は、道から少し外れた低地でした。湿気が多く、雑草が密生しています。アルティアは草の間を進みながら、周囲を確認しました。

 すぐに見つかりました。

 青みがかった半透明の塊が、草の間をゆっくり移動しています。スライム、一体目。近くに別の動きがないか確認します。二体、三体——全部で七体が視認できました。残りの三体は草の奥に隠れているかもしれません。

 アルティアは少しの間、スライムを観察しました。

 弱点は火属性。魔力が低く、動きが遅い。単体では脅威にならないが、複数が合体すると厄介になる。王都の外でも出没するということは、個体数が増えている可能性がある。

 観察完了。

 アルティアは右手に魔力を集めました。

 指先に火の属性を乗せて、視認できる七体を順番に照準します。一対一で処理するより、同時に複数を処理する方が効率的です。それぞれの位置と距離を頭の中で計算して、最適な角度と出力を割り出します。

 詠唱なし。

 細い炎の矢が、七本、ほぼ同時に放たれました。

 七体のスライムが、それぞれの場所で、音もなく消えました。

 残り三体は草の奥にいるはずです。シルフィがいれば精霊に聞けるのに——と思いかけて、そんな人物がまだ存在していないことを思い出しました。

 アルティアは風の属性を使いました。周囲の草を一度薙ぎ払うように風を流します。草が波打って、隠れていた三体のスライムが露わになりました。

 また三本の炎の矢。

 三体が消えました。

 討伐完了。所要時間、四分。

 アルティアは手を下ろして、周囲を見回しました。草が少し焦げています。それ以外に異常はありません。

 依頼書には「十体討伐」とありましたが、発見できたのは十体ちょうどでした。念のため周辺を一周して、追加の個体がいないことを確認します。いませんでした。

 東門に向かって歩き出しました。

 ギルドまで戻れば、あと三十分は余裕があります。

 草原の空気は、王都の中より少し清潔な気がしました。アルティアは歩きながら、それが悪くないと思いました。


 ギルドに戻ると、カウンターの職員が時計を見て、アルティアを見て、時計をもう一度見ました。

「……お帰りなさいませ」

「ただいま戻りました。こちらが証拠品です」

 スライムを倒すと残る小さな核——スライムコアを十個、カウンターの上に並べました。職員が数えました。

「十個、確認しました。では報酬の銅貨五枚と、実績の記録を——」

「次の依頼も受けます」

「……は?」

「Eランクへの昇格に必要な実績数を教えていただけますか」

 職員が、少しの間、アルティアを見ていました。

「Fランクで実績十件、昇格試験に合格することが条件です」

「では今日中にあと九件こなせますか」

「時間的には……こなせるかもしれませんが、それはさすがに」

「依頼を受けることに問題はありますか」

「問題は、ないですが」

「では次の依頼を」

 職員がまた固まりました。

 酒場スペースから、くくく、という笑い声が聞こえました。朝からいる二人組の冒険者のうち、大柄の方が腹を抱えています。

「姉ちゃん、気に入った」

 大柄の冒険者がこちらを向いて言いました。歳は四十前後、顔に古傷が二本。笑うと目尻に皺が寄ります。

「今日中に九件ってのは無理だが、二件か三件ならいける。俺たちも今日Fランクの依頼をまとめて受けてる。一緒に動くか? 報酬は山分けになるが」

 アルティアは少しの間、その冒険者を見ました。

〈野性感覚〉も〈血の記憶〉も持っていないアルティアには、相手の素性を瞬時に判断する手段がありません。ただ、観察することはできます。

 体格から、身体能力は高い。傷の場所から、前に出て戦うタイプ。手の皮の厚さから、長年武器を使ってきている。目が笑っているので、今この瞬間に悪意はない。

 問題なし、と判断しました。

「ご一緒します。ただし依頼の選択はわたくしが行います。よろしいですか」

 大柄の冒険者が、また笑いました。

「いいぜ。仕切ってくれ」


 その日、アルティアは四件の依頼をこなしました。

 大柄の冒険者——名前はバルドといいました——とその相棒の若い弓使いと三人で動き、日が傾く前にギルドに戻りました。

 依頼をこなすたびに、バルドは少しずつ驚いた顔をしました。アルティアが指示を出すたびに、弓使いは少しずつ素直に従うようになりました。

 夕方、ギルドの掲示板の前でバルドが言いました。

「お前、強えな」

「合格点くらいはあると思っています」

「謙遜か?」

「事実の確認です」

 バルドがまた笑いました。

「また依頼、一緒に組んでもいいか」

 アルティアは少し考えました。

 この二人は悪くない冒険者です。実力もある程度あり、指示への対応が早い。ただし今後の旅では、もっと遠い場所へ行くことになります。王都に拠点を置く冒険者とは、遠からず別れることになるでしょう。

「またこの街にいるときには」

 それだけ答えました。

 バルドは「十分だ」と言って、相棒と一緒に酒場の方へ歩いていきました。


 ギルドを出ると、日はすでに西に傾いていました。

 今日の実績は五件。Eランク昇格まであと五件。思ったより少ない、というのが正直な感想でした。バルドたちと組んでいなければ三件で終わっていたかもしれません。

 一人で動くより、複数で動く方が効率的な依頼がある。

 今日の収穫は、銅貨と実績だけではありませんでした。

 宿屋に向かいながら、アルティアは今日のことを手帳に書きました。依頼の内容、所要時間、効率的だった部分と効率的でなかった部分。最後に一行だけ、こう書き加えました。

 チームで動くことの意味を、少し考えた。

 手帳を閉じて、アルティアは夕暮れの王都を歩きました。

 大通りの露店が店じまいを始めています。串焼きの屋台も、今日の分を売り切ったのか、もう火を落としていました。

 アルティアは少し、足を遅くしました。

 明日の朝、開いていたら買おうと思いました。

読んでくださってありがとうございます!

ギルド登録回、楽しんでいただけましたか。

「なぜ最高位ではないのですか」、書いてて本当に楽しかったです。アルティアにとってこれは煽りでも強がりでもなくて、純粋に「理解できない」から聞いているんですよね。最低ランクから始まることへの驚きじゃなくて、「適切ではない評価への違和感」という表現がアルティアらしいな、と書きながら思いました。

あとオルダム支部長、気に入っています。この人また出てきます。覚えておいてください。

バルドとの一日も好きなシーンで、アルティアが「チームで動くことの意味」を手帳に書くところ、ここ実はめちゃくちゃ大事な一文なんです。彼女がこれを書いた日から、ずっと後の話まで繋がってくる一文です。今はまだわからなくていいです。でも覚えていてください。

さて、次回。

アルティアがついに「本当の意味での壁」を知ります。

Fランクの依頼を完璧にこなせても、ならない。スライムを一撃で倒せても、ならない。どんな魔法を使っても、どんなに速く動いても、一人では——どうにもならないことが、ある。

宿屋の一室で、アルティアが初めて手帳に書けなかった言葉があります。

次回・第三話「魔法は万能ではない、という話」

気になりますよね? 絶対読んでください!!

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