6話 魔術書
「今日もお疲れ様でした。こちらがドラヴェルト様のご夕食になります。お召し上がりください」
もはや日課となった走り込みを代表とした訓練の類や素振りを終えると、アシュレットにカゴに入った食事を手渡される。
中身はパンや水、果実と燻製肉と味気のないものばかりだ。
「先日から不思議に思っていたが、いつもこんな風に食事を取るものなのか?」
貴族の生活や習慣に興味がないドラヴェルトですら、訓練終わりに手づかみで食事を取る貴族などいないことくらいわかる。
食事の中身もまるで貴族らしくない。
「相応の場で食事をする方が普通ですね。ですがフォルノスパーダでは訓練を行う時は、戦場を意識してこのようなスタイルで食事を取ることが習わしになっているんです」
「ふむ、なるほどな」
アシュレットの説明に納得したドラヴェルトはパンを一齧りする。
「あとエヴリン様から言伝があります。贈り物を部屋に届けたから後で必ず確認するようにとのことです。それと明日か明後日には一般教養を教える教師も来られるそうですよ」
「ふぉんとうか! なぜそれをふぁやく言わなかった!」
アシュレットの言葉に食べ物をまき散らす勢いで怒鳴る。
一般教養の教師はともかく贈り物には大いに心当たりがあるからだ。
ドラヴェルトはカゴを持って部屋に戻ろうとするが、アシュレットが身体の前に腕を出して進路を塞ぐ。
「言えば訓練に身が入らないだろうとエヴリン様がおっしゃられましたので。それと用意した食べ物は、ここで全て召し上がって下さいね。戦場で食べ物は貴重ですから残すなんて許されませんよ」
「ぐ……。わかった」
前世では孤児だった。
故に食べ物の大切さはよくわかる。
ドラヴェルトはカゴを見つめ手を震わせ大きく息を吐いた後、ドカッとその場に腰を下ろす。
目の前の物をすべてを食らう魔物になった気持ちになって、カゴの中身を急いで食らいつくした。
――――
「やはり届け物は魔法書であったか」
厳重に梱包されていた箱に入っていたのは「初心魔術書」とだけ書かれたシンプルなデザインの本。
「魔法書」ではなく「魔術書」なことに若干引っかかりを感じる。
だが今はそんなことより中身だ。
ドラヴェルトは机に本を広げて早速読み始める。
「なんだこれは?」
本を読み始めてすぐにドラヴェルトは違和感を覚えた。
自分が知っている魔法の理論とは全く異なっているからだ。
ドラヴェルトが知っている魔法とは、己の身体に宿るエナジーを使うもの。
そして呪文で性質や方向性を決定し、己が望む超常的な現象を発生させる。
だがこの本には魔術や魔法は、エーテル器官や周囲に存在するエーテルをマナに変換し行使する。
そう書かれていた。
加えて頭の中で描いた願望を陣によって描き表し、その想いを唱えることで実現する奇跡である。
そうも記載されていた。
後半の一部はまだ納得いくが、前半のエーテルをマナに変換するという工程は見たことも聞いたこともない。
それにエーテル器官や陣とはなんだ。
見たことも聞いたこともない。
「やはり相当過去か末来……。いやそれよりも異なる世界に転生した可能性が高そうじゃな」
魔法関連の名称は、流派や個人単位で呼び方が異なることはよくある。
だから魔術や魔法といった呼び方の違いはそこまで大きな問題ではない。
しかし魔法を使う工程まで異なるとなれば、話は別だ。
常識が完全に書き換わるほどの長い年月が必要となる。
ドラヴェルトの知っている魔法使いは、魔力量にかまけた魔法の行使を是とする集団。それは少なくともドラヴェルトが生まれる何百年前から変わっていない。
(仮に千年以上の時を移動したとて説明出来んのが、エーテル器官の存在じゃな)
魔術書によると上半身のどこかに存在する器官らしい。
さらには常人の目では認識出来ないこともあると書かれている。
ドラヴェルトは身体に作用する魔法を覚える過程で、人体の内部についてもそれなりに知識がある。
しかしエーテル器官なるものが人体の中に存在し、さらにはそれが魔法を使う上で必須であるというのは初耳だ。そうなるとやはり時間移動したというより、異なる世界に転生したと言う方がまだ信じられる。
(それに異なる世界に転生したのなら、魔法を行使する方法も違うだろう)
それなら魔法が上手く使えない理由にもある程度納得がいく。
一旦、結論を出すとドラヴェルトはかじりつく勢いで本を読む。そして本を読み終えるとまた最初から読み始めるというのを何度か繰り返す。
「ふむ、ある程度のことはわかったな」
この本で得た収穫はエーテル以外にもそれなりにあった。
一つ目は魔術と魔法の違い。
これは流派が異なることによる呼び方の違いなどではなかった。
多くの者が使えるように簡易化したのと引き換えに威力や効果、範囲などを犠牲にしたものを魔術。実力のある者しか使えないオリジナルを魔法と区別しているようだ。
そのどちらも古代の遺跡から発見された魔術書や魔法書が元となっている。
この世界で世に出回っていない新しい魔術や魔法を習得するには、自分で開発するのではなく、古代の遺跡を探索した方がいいようだ。
その理由は新たに開発する場合、魔術ですら百年単位の年月が掛かるらしいからだ。
それも国の優秀な人材総出で。
(魔法に関しては現代では不可能か……。よほど悔しいのかここだけ字が乱れておるな)
二つ目は魔術習得までの期間。
魔術を使う前段階の変換ですら、才能があり師が付いて一ヵ月から半年。なければ一生無理という難易度。
さらにはそれとは別にエーテル保有量の多寡や魔術に対する向き不向きもすべて別種の才能が左右する物と書かれていた。
だからマナへの変換はすぐ出来るようになったが、エーテル保有量が少なく使い物にならない。変換も保有量も優れているが、魔術を使う感覚がまるで掴めずいつまでも術を使う事が出来ない。
そんな事態が起こりうるようだ。
そして最後に、この世界での魔法使いの呼び名。
実力によってその呼び名は変わり、一般的な使い手は魔術使いや術使い、もしくは魔術師などと呼ばれる。
優れた実力の持ち主、簡単に言えば魔法を行使出来る者がウィザードや魔導師、魔法使いなどと呼ばれる存在だそうだ。
つまり魔法使いになると宣言したドラヴェルトは母に対して、自分は術使いとして大成した存在になると宣言したことになる。
(通りで魔法使いになると言った時にあの者が笑ったわけじゃな。とにかくそれは良いとして、どうやってこの世界の魔法を覚え使うかが問題か)
この本には肝心な部分、エーテルをマナに変換する方法や陣なる物の存在、そして呪文の文言が記載されていなかった。
正確に言えば変換の方法だけは書かれてはいる。
だがそれも『良い師が見つからない場合、日々瞑想すればいつの日かマナへの変換する方法を悟ることもあるでしょう。全てはあなたの努力と才次第です』
という何とも曖昧で無責任な一言が書かれているのみ。
前世ではこの世界で言うマナの存在には、物心ついた時には気づいて扱うことも出来た。
故に使えない状態から悟る方法の経験や知識がドラヴェルトにはまったくない。だから詳細な変換法の修練内容が一番知りたい情報だというのに。
(真に知りたい事が書物に書かれていないのはどの世も同じということじゃな。まあ焦ったところでどうにもならんし、まずは瞑想から始めるとするか)
ドラヴェルトは瞑想の解説が載ったページを開く。
そして足を揃えて両足をしっかり触れ合わせた後、腰を下ろし正座をする。それから両手の親指を内側に折り曲げ太い手の皺に指先を合わせ、残った指を扇状に広げる。
最後に左手の指をへその上に添え、次に右手の指を額に添えた後に背筋をピンと伸ばした。
(なんとも珍妙な手順に姿勢じゃな。だが本にはこうしろと書かれておるしのぉ……)
改めて本に書かれている瞑想のポーズと一致していることを何度も確認する。少しの違いで大事故に繋がるのは魔法の分野においてよくある話だからだ。
間違いなく合っていることを確認すると、ドラヴェルトは静かに目を閉じて自分の身体の中に意識を沈めた。




