5話 訓練
「アシュ…! レット! わ、儂をいつまで走らせるつもりじゃ!」
「そうですね。あと一周はして下さい。剣士は身体が資本ですから。それとまた口調が年寄り臭くなっておられますよ。それに走り方も下手です。もっと脚を上げて走って下さい」
「くっ……!」
エヴリンと約束をしてから三日後。
ドラヴェルトは今いる公爵家別邸の屋外修練場でひたすら走らされていた。
一周といっても修練場はかなり広い。
端にいる人間が豆粒に見えるほどの大きさがある。
(あやつは走ると言う行為が、どれだけ高度なことだと思っておる!)
若いとはいえまだ頼りないこの身体。
前世では身体自体は元気だったものの、百四十歳を過ぎた頃から膝と腰の痛みに悩まされ続け、テレポートや浮遊魔法に頼り切った生活をしていた。
だから走るどころか歩く習慣すらほとんど失っていた。
今のドラヴェルトにとって走るという行為は、何十年も前に失われた技術を思い出し力任せに再現することに等しい。
(攻撃魔法を覚えたら真っ先にコイツに使ってやる)
そうドラヴェルトは心の中で誓う。
そして汗塗れになった顔を何度も手で拭い、ぜえぜえと呼吸を繰り返しながら何とか最後の一周を走り切る。
「はい、お疲れ様です。記録は順調に縮まっていますよ。この調子で明日も頑張って下さいね」
「明日も…だと? 本気で言っておるのか?」
ドラヴェルトは受け取った布で汗を拭いながら文句を言う。
「そうですよ、時間がないんですから。事情があるとはいえ、ドラヴェルト様は他のご兄弟や同世代の人達に比べて遅れているんです」
「だがまだ儂は十歳だぞ」
そう。
身体が貧弱だった故に少し年齢を読み誤ったが、それでもまだ十歳なのだ。
「いいえ、もう十歳なのです。剣術を始めるには遅すぎるぐらいですよ。だから厳しくいきませんと」
「だ、だが……」
「ご当主様に認めていただくには、せめて簡単な型くらいは覚えて披露していただかないといけません。エヴリン様から伺っておりますよ、剣術以外に勉学にも力を入れたいんですよね?」
「はぁ……。わかったわかった。やればいいんだろう」
「では休憩も十分でしょうから、木剣の素振りを始めましょうか」
なんだと。
もう足腰がガタガタで、今すぐ座り込みたいくらいに疲れているというのに。
ドラヴェルトは、アシュレットを睨みつける。
(ん? 待て……。いい案を思いついた。見本を見せてもらいたいと言って、こやつに先にやらせてみるか)
そうすれば、自分がどれだけ大変なことを言っているか理解するはずだ。
前世でもそうだった。
こういう口うるさい人間に限って、実際の実力は大したことが多いのだ。
自分の従者がそうだとそれはそれで困るが、もしそうだったらなるべく早く知っておくに越したことはない。
「わかった。だがそうだな、まずは見本を見せてもらえないか。わ…僕のように走った後でだ。ああ、もちろん鎧を着て剣を持った今の状態でな」
「承知しました」
「ああ、それとただ走ったり剣を振るだけでは面白味にかける。僕にこの道の先にある可能性を見せてくれ。それくらい僕の従者であるアシュレットなら出来るだろう?」
ドラヴェルトはアシュレットを挑発するために、わざと少し高めの声を出して問いかける。
これでは自分の方が口うるさい人間側なのでは、と思うところがなくもなかったが今はそんな薄っぺらいプライドなど不要だ。
「見本をお見せすれば、今後は素直にやっていただけますか?」
「もちろんだ」
「承知しました。では参ります」
アシュレットは腰に差した剣を軽く手で押さえると、軽やかに走り出す。
そのままぐんぐんスピードを上げ修練場をあっという間に一周。
そして今度は前傾姿勢になって、飛ぶように駆け始めた。
余程蹴り出す力が強いのか、アシュレットが地面を一蹴りする度に土煙が舞う。
それが目隠しとなってドラヴェルトには、まるでアシュレットが繰り返しテレポート魔法を使っているかのように見えた。
(このような移動が純粋な身体能力だけで可能なのか?)
ドラヴェルトは驚くとともに疑問に感じるが、実際に目の前でそれが行われているのだからそうなのだと信じるしかない。
「十周終わりました。次、素振り百回参ります」
「わ、わかった」
いきなり目の前に現れ急停止したアシュレットに動揺しながら頷く。
ドラヴェルトから少し距離を取った後、腰から剣を抜き軽く息を吐く。
そして目を閉じ何やら集中している様子だ。
アシュレットの剣はやや細身の平凡な銀色の剣。
剣の知識がないドラヴェルトには、それがどんな金属で出来ているかさっぱりわからない。
だが陽の光をよく反射していることから、手入れがしっかりされているだろうということだけはわかる。
目を閉じたアシュレットは何度か深呼吸を繰り返した後、ゆっくり目を開けた。
そして一振りする。
だがそれはドラヴェルトでも遅いと感じるほどに緩慢とした動作だ。
(流石に疲れた……のか?)
ドラヴェルトが疑問に感じる間に、アシュレットが再び剣を振り上げ――剣が消えた。
(消えた? ……いや違う。振り下ろすのが早すぎて見えなかったのか!)
三振り目からは剣を振り上げる速度も速くなり、振り上げる動作ですら今のドラヴェルトの目には追いきれないほどの速度になる。
振り下ろす方に至っては、剣を振り下ろした時に出たであろうピュン! やシュン! といった空気を切り裂く音しか捉えることが出来ない。
「最後の一振り。参ります」
アシュレットは剣を納刀し、空中に布を放り投げた。
そして自分の頭上くらいの高さに、布が落ちてきたところで剣を抜き放つ。
ドラヴェルトが気づいたころには、剣が通ったであろう線に沿って地面に亀裂が入り、布は縦真っ二つ。
布の断面がまるで火で焼かれたかのように焼け焦げ、炭と化して地面に落下しバラバラになる。
残った塵も風にまかれて消えていった。
「すごいな……」
ドラヴェルトも流石に感嘆の言葉を零す。
「いえ、まだまだです。布が燃え尽きてしまうのはフォースの制御が甘い証拠。半人前以下です」
「フォース? よくわからないが凄かったぞ」
「ありがとうございます。そこまでお褒めいただけるのでしたら、今後は素直に取り組んでいただけますよね?」
「う…… わかった。仕方ない。約束だからな」
にこやかにほほ笑むアシュレットの顔を見て何も言えなくなったドラヴェルトは頷き、了承するしかなかった。
「ではさっそく始めましょう。お疲れでしょうから今日は百回素振りが終わったら、おしまいにしてあげますから頑張って下さい」
「絶対だぞ?」
「もちろんです」
よし。百回程度ならすぐに終わるだろう。
そう考えドラヴェルトは素振りを始めた。
だが一回振る毎に振りかぶり過ぎ、棒立ちになっている、力が入り過ぎなどといった指摘がアシュレットから飛び続け、終わる頃にはとっくに日の光が沈んでいた。




