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4話 半年

「あなたの母親はどなたでどんな方かしら?」

「はい、僕の母上はエヴリン・ブラン・フォルノスパーダと言います。公爵夫人としての務めを果たしつつも剣の修行も怠らない努力家です。領民にも分け隔てなく接する素晴らしい人で、何より子供想いで優しくて愛情のある方です」

「よろしい。これで合格としましょう。思ったより覚えがよくて感心したわ。流石私の息子ね」

「ありがとうございます、母上」


 礼儀作法の勉強を始めてから数週間後、ようやく母から合格の一言がもらえてドラヴェルトは、頭を撫でられながらホッと一息つく。


 魔法の事以外はあまり興味はないが新しい事を覚える事自体は好きである。だから丁寧な言葉遣いや礼儀作法を覚えるのは、そこまで苦痛ではなかった。


 だが百年以上積み重ねた物を変えるのは中々に大変な作業で、そこでかなり苦戦してしまった。


「それで私にあなたが聞きたいことは何かしら? 以前の事をよく覚えてないことはアシュレットから聞いているけれど、今はそこまで焦って何かを覚える必要はないわ。あなたの身体はまだ万全じゃないから身体を休めるのも大事な事なのよ」

「それはわかっています母上。ですが僕は世の中の事を一刻も早く知りたいのです」

「どうしてかしら?」

「この世界…いや歴史上最も優れた魔法使いになりたいからです」


 駆け引きなんてものを知らないドラヴェルトは率直に言った。


「魔法使い? 本当に?」

「はい、母上」


 問いかけに頷き返事をすると、エヴリンは口元に手を当てて笑い出した。


「母上?」

「ふふふっ、ごめんなさいね。まさかこのフォルノスパーダにそんなことを言い出す子が出てくるなんて思わなかったから」


 そう言ってからもエヴリンはしばらく笑い続けたが、やがて満足したのか顔を引き締めドラヴェルトの方を真剣な眼差しで見据える。


「残念だけれどフォルノスパーダは、剣の道のみを是とする家系です。公爵夫人としては直系の子供が剣術よりも優先して魔法を学ぶなんて事は到底許すことは出来ません。貴族としての責務を放棄するに等しい事ですから」


 やはり駄目か。


 内心少し残念に思うと同時にドラヴェルトは、準備が出来たらすぐにこの家を出ていくことを決意する。


「けれど母親としては別よ、ヴェル。あなたの好きな事をすればいいと思うわ。出来る範囲で手も貸してあげる」

「本当ですか?」


 意外な返答に思わず身を乗り出して聞き返す。


「ええ。あなたはこれまで必死に生きて来たのだもの。これくらいは母として協力してあげるわ。ただし二つ条件があります」

「二つ…ですか?」


 一体なんだろうか。


「ええ。一つ目は魔法を覚えることを周囲には秘密にすること。もちろんアシュレットにもよ。二つ目はまずは治癒術を学びなさい」

「治癒術? 回復魔法の事ですか?」

「そうね。まあ似たようなものよ」

「わかりました、でもどうしてでしょうか?」


 魔法と名の付くものであれば、学ぶ意欲はある。

 だが流石に攻撃魔法に比べると意欲は低い。

 もちろん回復魔法も魔法を極める上で必要だとは思うが、それは余裕が出てきてからで十分だ。


 納得のいく理由が欲しい。


「あなたが周囲の目に憚れることなく、これからずっと魔法の修行を続けるためよ。私が許しても当主…… あなたの父親は立場上、あなたが魔法を習いたいといってもはいそうですか。と許すことは出来ないわ」


 なるほど、貴族の面倒なしがらみというものか。


「あの人なら私と同じように父としては好きなようにしなさいと思ってはくれるだろうけど。だから家に不足している治癒術の使い手を目指すことが、周りの大人を説得するためには絶対必須条件なの。それに破壊に関してはコレで十分間に合っているから」


 そう言ってエヴリンは剣の柄を軽く叩いた。


「はい、わかりました」


 遠回りにはなってしまうが、それは前の人生でも良くあった事だ。

 今は魔法を学べることだけでも一歩前進だとして喜ぶべきだろう。


「よろしい。期限はあなたの父親が遠征から帰ってくるまでの半年。それまでに治癒術を使えるようにならなければ、私もあなたが魔法を学ぶことに口添えすることは出来ないわ。だから頑張りなさい」

「はい」

「ああそれと剣の方も基本の型くらいは出来るようにしておきなさい」

「け、剣もだ…ですか?」


 予想していなかった一言にドラヴェルトの言葉が乱れる。


「説得材料は多い方がいいわ。フォルノスパーダ家も昔よりかはマシになったけれど、まだまだ頭のお堅い人達が上にいるの。だからフォルノスパーダが剣を学ばずに魔法に没頭するとは何事か。と文句を言う光景がありありと目に浮かぶわ」

「そうなのですか」


 ドラヴェルトの頭の中に、真新しい高級品で身なりを整えた老人の姿が思い浮かぶ。


「ええ、そうなの。だからどうしても魔法を学びたいなら、剣術もやったほうが良いと私は思うけれどうかしら?」

「……わかりました。やります」


 この流れで拒否すれば、力添えをしてもらえなくなる可能性が高い。それくらいはドラヴェルトにもわかった。


「ひとまず剣の基礎はアシュレットに教えてもらいなさい。正式な指南役はなるべく早く紹介するわ。治癒術の方は…… 少し時間がかかりそうだから、使えそうな魔術書が見つかったら送るわね。それじゃあ、はい」


 突然こちらに向かって両手を広げたエヴリンを見て、困惑しながらもその意図を考えるドラヴェルト。


(どういうつもりだ? まさかいきなり治癒術とやらを使えと言うことか?)


 だが流石にいきなりそれはないだろうと思い直す。

 であれば両手を差し出し無防備な自分に対して、攻撃を加えろということだろうか。


 いやそれも違うような気がする。

 それにそんなことをすれば、先にこちらの方が斬られる末来しか見えない。


 結局答えが出なかったドラヴェルトは、素直に尋ねることにした。


「あの、これはなんですか?」

「わからない?」

「はい」

「私を抱きしめてお母さまありがとうって言えばいいの」


 エヴリンは少し頬を赤く染めた状態で早口に言った。


「どうしてですか?」

「良いから早くしなさい!」

「わ、わかりました」


 まったく意味がわからない。

 だが恐らく一種の貴族的な風習の一つなのだろう。


 そう自分なりの結論を出し、ドラヴェルトは言われた通りエヴリンを抱きしめる。


「台詞忘れてるわよ」

「あ、えっと母上、ありがとうございます」

「堅苦しいわ。こういう時は、お母さまありがとう。でいいのよ」

「お母さまありがとう」

「はいはい、どういたしまして。これからは公式な場以外では、もう少し砕けた口調で話してくれるとお母さん嬉しいわ」

「わかりました」

「そこはうん、わかった。でいいの」

「うん、わかった」


 何故かはよくわからないが、この身体になって初めて安心感を覚えたドラヴェルトは気づいたらそのまま眠りに入っていた。

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