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3話 剣家

「おはようございます、ドラヴェルト様。朝食を持ってまいりました」

「ん? あぁ、助かる。あー…… アシ、アジ…」

「アシュレットです」


 そう言ってアシュレットは胸の前に手を付き、頭を軽く下げる。


「ああそうだった、アシュレット。悪いが今日も朝食は一人で食べたい」

「承知致しました。それでは部屋の外で待機しておりますので、何か御用があればすぐにお声がけください」

「わかった」


 アシュレットが部屋から出てドアが完全に閉まったのを確認し、ドラヴェルトという新しい名前と身体を得たモークはホッと一息つく。


(この身体になって一週間、いい加減新しい自分の名にも慣れんとな。儂の名前はドラヴェルト、儂の名前はドラヴェルト……)


 早く自分の新しい名前に慣れる為に、何度も頭の中で反芻する。

 その後、用意されたスープなどの朝食を取りながら、今の状況を改めて整理することにした。


 この新しい身体は、フォルノスパーダという公爵家の四男らしい。

 名前はドラヴェルト・ブラン・フォルノスパーダ。今いる場所は数ある別邸のうちの一つ。だが建物はまるで城のように大きく堅牢で、使用人の数も顔が覚えきれないほどに多い。


 公爵と言えば王族に次ぐ地位だ。

 貴族社会に疎いドラヴェルトでもそれくらいは知っている。


 身体の調子が悪かった理由は周囲から得た情報によれば、昔から病弱でほとんど寝たきり生活だったからのようだ。


 昔の文明の遺物で何とか命を繋いでいたが、十歳の誕生日を迎えてほどなく体調が悪化。


 転生する二日ほど前にどうやら命を落とし、葬儀の準備を進めていたらしい。


(そうなると儂は転生したというより死んだ身体に乗り移った可能性もあるか)


 それとも魂が重複した状態で生まれ、片方の魂が失われたことでもう一つの自分の魂が覚醒したか……。気にはなるが今一番の問題は……。


(この家が魔法よりも剣を尊ぶということだ……)


 剣といえば実戦では何の役にも立たない貴族のお遊び。

 それがドラヴェルトが思う剣の地位だ。


 事実、防御魔法を張った魔法使いを剣で相手するなら、クワ一本でオーガの群れと戦った方がマシと揶揄されるくらいの差があった。


 そんな剣をわざわざ有り難がるとは、よほど時代遅れの名誉と伝統ばかりを気にするお堅い貴族。それか家系的に魔法の才を持つ者が生まれづらく、剣に固執するしかない哀れな貴族くらいだ。


 そしてそんな家ではまともな魔法の修行環境があるとは思えない。

 それ以前に魔法の修行を許可されるかどうかも怪しい。


 今の所、魔法に関する朗報はこの身体の中に何か力の様なものを感じることのみ。


 ただ実際に魔法が使えるかどうかはまだ不明だ。


 確認したいところではあるが、四六時中アシュレットか使用人が部屋の前に控えている状態ではそれも厳しい。


(だが思い出したはずのこの身体の記憶も目覚めたら、ほとんどすっかり覚えとらんし困ったの……)


 幸い言葉や文字は感覚的ではあるが理解が可能だった。

 身体も転生直後に比べれば見違えるほどに良くなり、もう家の中くらいなら歩き回れそうなくらい回復した。


 だが身体の線は細く、まだまだ完全回復したとは言い難い。


 剣を尊ぶという問題はあるが、やはり貴族の力というものは侮れない。

 少なくとも独り立ち出来る年齢になるまでは、立場を利用して情報を集めて家の世話になった方が賢明だろう。


「アシュレット、飯を食い終わったぞ。それと話がある」

 

 さっそく情報収集するために、ドラヴェルトは部屋の外にいるであろうアシュレットを呼ぶ。


「はい。なんでしょうかドラヴェルト様」


 使用人に食器を片付けるように身振り手振りで指示しながら、アシュレットが尋ねる。


「先日も言ったと思うが、目覚める以前の記憶がよく思い出せんのだ。すまぬがこの世界のことや魔法について色々と儂に教えて欲しい」


 ドラヴェルトが尋ねると、アシュットはまるで行方不明の家族の無事を手紙で知った家族のごとく、その場で静かに涙を流し始めた。


「も、申し訳ありません。こうしてドラヴェルト様とお言葉を交わして話せるのが嬉しくて……」

「そ、そうか……。儂も嬉しいぞ」

「ドラヴェルト様!!!」


 その場に崩れ落ちるアシュレットを見て、こいつはまたか……。

 と呆れながらも、内心どこか嬉しく思う自分がいることをドラヴェルトは感じる。


 毎回このような感じになるのでろくに情報が集められていない。

 ここ一年くらいは身体の衰弱が酷く、言葉を発することも出来なくなっていたという事情があるようなので、感動して泣きたくなる気持ちもわからなくもない。


(だが流石に疲れた……。いい加減にして欲しいものじゃ)


 多少この身体の記憶も残ってはいるが大半が苦しい、外に出たい。という記憶というより想いに近いものばかり。


 故にこの地域の言葉以外は実用的な記憶が何一つとしてないというのに。


 誰かに身を案じられるのは初めての経験で嬉しいが、このままでは魔法の修行どころか、情報収集すらままならない。


「随分と騒がしいようだけれど、一体何があったのかしら?」

「これはエヴリン様!! ドラヴェルト様とお言葉を交わせるのが嬉しく、思わず取り乱してしまいました。誠に誠に申し訳ありません」


 アシュレットが部屋に入ってきた女性に深々と頭を下げる。


 長い黒髪を束ね、鮮やかで凛とした金色の目が印象的な美人。

 歳は見た目からして二十代前後といったところ。


 そこまで見ればただの若くて綺麗な女性。

 だが漆黒の鎖帷子と銀色の鎧に加え、両腰とそして背中に計三本ある剣の存在がそれを否定する。


 本人はこの格好が当たり前といった様子であるし、アシュレットは警戒するどころか歓迎する雰囲気を見せている。


(あの黒髪…… どこかで見た覚えがある気がするが、随分と偉そうだな。一体何者だ?)


 記憶を探るが、思い出すことは出来なかった。


「あら、そうだったの。不服そうに仕えていた最初の頃から随分変わったものね」

「それはその、私も当時は若かったと言いますか……」


 アシュレットは額に汗をかきながら弁明する。


「ふふ、別に気にしてないわ。フォルノスパーダは成長する者には寛容ですから。それより話は部屋の外からも聞こえたわ。ヴェル、私があなたの疑問について答えてあげましょう」

「ヴェル……? あぁ私の事か。構わないが、お前は誰だ?」

「そう……。私を覚えていないと。それにその言葉遣い……。ふぅん……なるほど、わかったわ。アシュレット、しばらく席を外しなさい」

「はっ! 失礼致します!!」


 何かに操られたかのような硬くぎこちない動作でアシュレットは頭を下げると、部屋から転がるように飛び出していった。

 

「さて、私が誰か。という質問に答えてあげるけれど、私はあなたの母親のエヴリン・ブラン・フォルノスパーダよ。またこうして話せるようになったことは喜ばしいことだけれど、記憶と共にどうやら礼儀も忘れてしまったみたいね?」


 殺気に似た何かを感じたドラヴェルトは、思わず反射的に右腕を突き出し無詠唱攻撃魔法を発動しようとする。


 しかし魔法が発現することはなかった。

 それに気づけば剣の鞘で腕を逸らされている。


(ふむ。身体にエナジーに似た力があるのは確かに感じる。だが魔法は発動しない……。か)


 発動しない理由が気になりドラヴェルトは、最悪バレても言い訳出来るような魔法を心の中でいくつか唱える。だが残念ながら一般人ですら使えるといわれる、生活魔法の類すら発動することはなかった。


 魔法が発動しない原因はいくつか考えられる。

 代表的なのはエナジー不足と魔法に対する理解力が足りないことだ。

 

 感覚では力は十分足りている。

 そして理解も十分。


 とすると考えられるのは感じる力がエナジーとは似て非なる物だということ。

 もしくはまだこの体に慣れていないせいでエナジー量を勘違いしていることだ。


 どちらにせよ後で十分な確認が必要だろう。


「一体この手は何なのかしら? ……まあいいわ。とにかくこれからは目上の人に対しては礼儀を持って話なさい。そうすればあなたの疑問にも答えてあげる。いいわね?」


 礼儀? 礼儀とはなんだ。

 貴族のように回りくどくネチネチとした口調で話せばいいのか?


 とにかく目の前の女性が母と言うのなら、今は素直に従った方が良いか。

 ドラヴェルトは、モーク時代に経験した貴族との数少ない会話を必死に思い出してから口を開いた。


「わ、わかりましたでございますです。お、お母上様…殿」

「……話す前に少し言葉遣いや礼儀のお勉強必要そうね?」

「承知したでございますです」


 椅子に腰を下ろしたエヴリンに睨まれ縮こまりながら、ドラヴェルトは魔法以外の事で初めて頭をフル回転させる羽目になった。


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