2話 転生2
意識を取り戻し、モークが目を開けるとそこには闇が広がっていた。
何も見えないという程ではないが、何かが認識できるほど明るくもない。
もしかして転生魔法に失敗したのだろうか?
そんな考えが一瞬モークの頭の中によぎる。
だが意識がはっきりとした頃には、単に自分の顔の上に布のような物が被せられ、視界が遮られていることがわかった。
(ここは…… 貴族の部屋か?)
布を払いのけてゆっくり身体を起こすと、まず職人が手間暇かけて作ったであろう高級感のある棚や鏡、机などの家具が目に入る。
どれも飾り気はないが色艶が綺麗で、触って手触りを確認したくなるくらい品格がある。
部屋を囲む黒い壁も相まってどこかも厳かな雰囲気が室内に漂っている。
そんな部屋の中モークは、黒いシーツが敷かれたベッドに寝かされていたようだ。
(どうやら転生自体には成功したようじゃな)
貴族の中に自分を保護するような酔狂な人間などいるはずがない。
それに何よりの証拠として部屋にある鏡には、油か何かでベタっと頭皮に張り付いた黒髪に、濁った金色の目を持つ子供となった自分が映っていた。
モークの想定では赤子に転生するはずだった。
だがこの身体は明らかに赤子のそれではない。
顔つきと体格から判断すると、恐らく十歳にも満たない。
他にもやけに血色が悪く、顔や手がやせ細って見える点が気になるが、年齢に比べれば些細な問題だろう。
理想ではないが、これくらいなら未完成の転生魔法故に仕方ないと言える範囲内である。
(あとはここが何処でいつの時代かじゃな……)
未完成の転生魔法は、魔力を持った人間に転生するのと引き換えに、その他条件の指定が一切出来ていない。加えて魔法自体の成功率を上げる為に、時間移動や長距離テレポート魔法の理論を一部利用している。
だから何百年も過去か末来や、知らない異国の地に転生してしまっている可能性は十分にある。
(それにしてもこの部屋はちと寒すぎる……)
部屋の寒さから考えると、ここは北方の地かそれとも冬の季節か。
歩き回って色々調べたい所だが、この身体の調子は見た目通りあまり良くないようだ。
体を起こしているだけでも酷い疲労感がする。
モークは仕方なく頭だけ動かして部屋の中を観察する。
まず目に入ったのはさっきどけた布。
黒地の布にはドラゴンを背景に、重厚な剣が描かれた家紋のような物が入っている。
普通に考えればこの身体の人物に関連する物か。
だがこんな物が自分に被せられた理由がまではよくわからない。
無理やり考えると家の風習か宗教上の理由で寝る際には、布を顔に被せる習慣がある。
という可能性くらいだ。
だがそうだとしたら、かなり奇妙な文化を持つ場所に転生してしまったということになる。
他にわかるのは家紋から推測するに、ここの家か国は魔法よりも剣を重視している可能性が高いということだけ。
だがそうなると今の自分の身体は血統的に、魔法の才はあまり期待出来ないということになる。
(まあ未完成の魔法じゃし仕方ないの。とにかく今は多少無理をしてでも、この部屋の中をもう少し調べてみるべきじゃな。ん? 誰じゃ?)
モークが部屋の中を探るために、ベッドから立ち上がろうとしたタイミングで部屋のドアがゆっくりと開いた。
入ってきたのは黒い軍服姿の青年だ。
清流のように澄んだ青色の瞳に整った顔、そして引き締まった均整の取れた身体に、流れるような金色の髪。
普段なら女性の目を引き付け離さないであろう容姿の青年は、口が半開きで顔も俯かせていて、まるでこの世の終わりかのような沈んだ表情をしていた。
「お主…… 大丈夫か?」
あまりもの様子にモークは思わず声を掛ける。
出た声は少年の物とは思えない酷く掠れた囁くような小さな声だった。
しかし青年は声に反応して弾かれたように顔を上げる。
そしてモークの方を見て目を大きく見開き、そのまま時が止まったようにしばらく固まる。
それから急に目から涙を溢れさせると、両手を広げてモークを抱きしめようとする。
だが何故か途中で動きを止めて腕で涙を拭い、目の前で見ていたはずのモークが一瞬見失うような速度で部屋から飛び出していった。
青年が飛び出してから数十秒後、部屋の外が騒がしくなり人の喧騒と足音が部屋に近づいてくる。
(一体…… 何がどうなっておる?)
モークが疑問に感じていると、誰かが半開きのドアを文字通り引きちぎって、部屋の中に飛び込んできた。
そしてドアを床に投げ捨て、勢いそのままモークを抱きしめる。
「ヴェル!!! ……ああ本当に!」
抱き着いた人物は、モークに似た黒髪と金色の瞳をした綺麗な女性だ。
恐らく状況からして今のモークと親しい関係の人間だろう。
壁に叩きつけられ、ひしゃげたドアの悲惨さ具合から見るにかなりの実力者だ。
(こういう時はどうすればいいんじゃ……)
誰かに抱きしめられるどころか、好意的な感情を向けられた経験がほぼまったくないモークは、ただただ困惑することしか出来なかった。
「ヴェル。戻ってきてくれて本当に嬉しいわ」
女性は鮮やかな金色の瞳から涙を流しながら、モークの頭をなでる。
(もしかするとヴェルが今の儂の名前か? ……っ)
突然、頭を割く様な痛みがモークを襲い、己が体験したことがない記憶が頭の中に次々と浮かび上がる。
「ヴェル!?」
「も、もんだいな…… い」
何とか一言振り絞るのが限界で、痛みのあまりそこでモークは意識を手放した。




