17話 従者
「お怪我はございませんか?」
「あ、ああ大丈夫だ……です。助かりました」
「いえ」
近寄りがたい雰囲気とは違い、案外良い人物なのかもしれない。
それとも従者という仕事に忠実なだけか。
どちらかはわからないが、貴族に仕える者というのは主の命令次第で白になる時もあれば黒に染まる時もある。
油断だけはしない方が良いだろう。
前世で散々そういったことを見てきたドラヴェルトは、改めて油断しない様に気持ちを引き締める。
「どうやらエーテル切れみたいだね。生命維持に必要なエーテル量に近づくと自然と変換が止まるんだ。慣れれば変換効率が上がって同じエーテル量でも、より長くフォースを維持出来るようになるよ」
「わかりました。ありがとうございます」
礼のために頭を下げると同時に身体が浮き上がる。
どうやらアスリオスに身体を持ち上げられたようだ。
「いやーそれにしてもこんなすぐにフォースを扱えるようになるなんてさすが僕の弟だね! ……それとアシュレット。ちょっといいかい?」
「はっ」
アスリオスはドラヴェルトを下ろすと、修練場の隅に向かって歩いて行った。
「ふぅ……。リンデールさんちょっと質問があるのですが、いいでしょうか?」
フォースを使った反動か、今すぐにでも横になりたい気持ちもあったが、ドラヴェルトはそれよりも知識欲を優先する。
アシュレットやマグノリア以外の実力者に話を聞く機会など早々ないからだ。
「私に答えられることであれば。それと私の事は一介の従者に過ぎませんから敬語は不要です」
「わかった。じゃあリンデール。君もフォースを使えるんだよね?」
「はい」
「エーテルランクは?」
「エキスパートの上級です」
エキスパート上級……この若さでマスターの一歩手前か。
見た目だけで判断すれば、アシュレットとそう変わらないように見える。
だが実際はアシュレットがアドバンスの下級に対して、リンデールは一階級上のさらに上澄み。
彼女はアシュレットよりもかなりの高みにいる強者ということになる。
(自分の従者の方が弱いのは残念だが、仕方のないことか。割り切って聞けるだけのことを聞いておくべきじゃな)
ドラヴェルトは情報を聞き出すために話を続ける。
「上級か……。じゃあ聞くけど、フォースが使える剣士とマナを扱う魔術師、どっちの方が強い?」
「状況次第ですが、一般的に室内戦なら剣士、室外戦なら魔術師と言われております」
「それは距離の問題ってこと?」
「概ねその通りです。魔術師は閉鎖空間だと、己の使った魔術に巻き込まれやすいといった欠点がありますから」
「なるほどね」
自分の使った魔法に巻き込まれる問題は前世でもあったことだ。
その対策として自動防御魔法が生み出されたが、それも万能ではない。
威力が高すぎる魔法や環境や偶然が重なり、防御魔法が破れて自分の魔法で怪我を負ってしまうことは、特に戦場において頻発した。
ただ前の世界なら剣士などなんら脅威ではなかった。
故に室内戦は高火力の魔法を控えるか、力の消費量を抑えればいいだけの話だった。
だがしかしこの世界の剣士は、フォースという力がある。
(故に有利不利は環境と状況次第ということか)
リンデールの説明にドラヴェルトは納得する。
「リンデールは魔術師と戦ったことはある?」
「試合や模擬戦ならば。実戦はほぼありません」
「へぇーそうなんだ。どうして?」
この大陸にはドラヴェルトが住む公国以外にも、複数同じ規模の国々があるのはマグノリアから習っている。
いくら西の海からモンスターがやってくるといっても、それが関係あるのは西側の国だけ。ならそれを利用して他国の侵略を模索するのが、ドラヴェルトの知っている貴族であり人間だ。
世界が変わったとはいえ、見たところそう本質に違いはないだろう。
(この国は長年モンスターの対応に悩まされていると聞く、何らかの小競り合いくらいはあってもいいものだがな)
何か理由があるのだろうかと、ドラヴェルトは考える。
「まず五大公国間では強大な権力を持つ王制が廃止されてから、何百年も続く不可侵条約が結ばれています」
「続けて」
「はい、他にも国と人類の居住地を維持するためには、マナやフォースを高度に扱える貴族の存在が必要不可欠だからです」
「何故貴族が必要――」
言いかけたところで、ドラヴェルトとリンデールの間にアスリオスが割り込んだ。
「ごめん待たせたね。さて続きを……といきたいところだったんだけど、僕もそれなりに忙しくてね。これで失礼させてもらうよ」
「あ、はい。兄上」
「ヴェルまたね。リンデール、急ぐよ」
「失礼致します」
「まっ……」
せめて最後の質問に答えてくれ。
そんな希望を込めてドラヴェルトは手を前に出す。
しかしリンデールはそのまま一礼して、足早にこの場から去っていくアスリオスと共にすぐ修練場から姿を消してしまった。
「ドラヴェルト様どうかなさいましたか?」
「いや、何でもない。それより兄上とは何を話していたんだ?」
「お褒めの言葉とこれからより修練に励むようにと激励を。それとこれをドラヴェルト様に渡すように申し付けられました」
そう言ってアシュレットから渡されたのは、厚みのある封筒だ。
大きさはそれほどでもないが、ややズッシリとした重みを感じる。
蝋によって封がなされており、中身を透かして見ることも出来ない。
「何が入っている?」
「私は存じ上げません。ですが必ず一人の時に中身を確認するよう言付かっております」
「一人の時にか……。わかった。あとで確認しよう」
ほんのわずかな時間だが交流したからわかる。
間違いなく子供向けのつまらない贈り物ではないはずだ。
「それで訓練はどうなさいますか? 大分お疲れのようですが」
「そうだな。素振りだけはしておこう、それが終わったら今日の剣術は終わりにして欲しい。これの中身も気になるからな」
「承知しました」
その後、素振りを終え足早に自室へ戻ったドラヴェルトは封を切って中身を確認する。
「どういうことじゃこれは? 何故あやつはこんなものを儂に……?」
封筒の中身は魔術書だった。




