10話 街2
一、二分ほど子供をつけていたが、唐突に立ち止まると、振り返るなりドラヴェルトを睨んだ。
「何ですかさっきからあなたは。その髪と瞳はフォルノスパーダ家の人ですよね? いくらフォルノスパーダ家が治める街だからと言って、女の子をつけ回すような真似をしていいと思っているんですか?」
「ああいや、そのパンが気になって……」
「パン~?」
少女は自分が食べているパンを見てから目線を下ろす。
すると何故か顔を真っ赤にしてドラヴェルトを睨みつけた。
「ま、まさか私がパンくずを零しながら歩き回っている、はしたない女の子だと思って馬鹿にしていたんじゃないんでしょうね! こう見えても私も貴族なのよ! 余計な気遣いは要らないわ!」
少女が盛大にパンくずを飛ばしながら怒鳴る。
「いや、そうじゃなくてそのパンをどこで買ったか教えてくれないか?」
「なによあんた。これ食べたいの?」
「ああ」
別に食べたいわけではないが、否定するのも面倒なので素直に頷く。
「そう、仕方ないわね。とっても優しい私が案内してあげるわ。だからコレ」
そう言って少女は、ドラヴェルトに向かって何度も強めに手を出す。
「?」
「手間賃よ手間賃。お金沢山持ってるでしょ?」
「あーわかった。これでいいか?」
余計なことで揉めたくはない。
それにケチだと思われるのも癪なので金貨を渡す。
「なっ、あんた。道案内くらいで渡し過ぎよ! もしかしてフォルノスパーダ家の直系のご子息とかじゃないでしょうね? ……いやそんなことあるわけないわよね。あんたボーっとした顔つきしてるし」
「いえ、ドラヴェルト様は――」
言いかけたアシュレットに向かってドラヴェルトは首を振る。
口は悪いが、せっかく自ら案内を申し出てくれているのだ。
貴族だと言うし騙されることもないだろう。
この機会を逃すわけにはいかない。
「何よ、アンタ。……まあいいわ。もう返せって言われても返さないからね。ほらさっさと付いて来て」
「はいはい、わかったわかった」
「何よその返事。失礼ね。黙ってついて来ればいいのよ」
この子供に余計な事をいうのはよそう。
短い間のやり取りで悟ったドラヴェルトは黙って頷き、後に付いていく。
少女はパンを食べ続けながら早足で歩き続ける。
市場から離れ、壁を一つ通り抜けると建物や歩く人々の身なりがガラっと変わった。
(一体どこへ向かっているのだ?)
そう疑問に思ってすぐ少女が立ち止まった。
「ホラ、着いたわよ」
「もう着いたのか?」
「何よ文句あるの? どう見てもパン屋でしょ」
女の子を指差す方向を見る。
煙突がある頑丈なレンガ造りの建物があり、店の中にある棚にパンが展示されている。
確かにパン屋のようだ。
「じゃあお金ありがとうね。私はこれでサヨナラするわ。ホントこんなことで金貨くれるなんてあなた良い人ね!」
ケラケラと笑いながら女の子は去っていった。
「あのままで大丈夫なのか? よからぬ輩に襲われたりしないか少し心配だが」
「大丈夫ですよ。見えない位置にですが常に護衛が付いているようです」
「そうなのか?」
言われて辺りを見るが、そんな気配は全く感じない。
「はい、ドラヴェルト様もいずれわかるようになりますよ」
「そうか。じゃあパンを買うぞ。腹が減ったのだろう?」
「いえ、あれはドラヴェルト様のやる気をたきつけるための方便です。今は授業中ですから、すぐ書店に向かいましょう」
「だ、だがパンの一つくらい、いいじゃないか」
正直かなり腹が減った。
「あの女の子みたいにパンくずをまき散らしながら書店に入るのですか? それに二時間も探すのにかかった人は一体誰なんでしょう」
「うっ、それは……、わかった。いくぞ!」
ドラヴェルトはパンを食べるのを諦め、次の目的地を探し始めた。
ーーーー
「ふぅふぅ……やっと着いた」
一時間後、ようやく書店を見つけた。
だがドラヴェルトには、もう嬉しさというよりやっと終わったという何とも言えない徒労感だけしか残っていなかった。
「ヴェル様。こちらがこの街唯一の魔術書を取り扱っている書店です」
「そうか……。まあ中々に立派だな」
素材の色を活かした赤いレンガ造りの三階建て。
建物の正面にはアーチ型の窓が二つあり、そこからぎっしりと本が詰まった本棚が覗いて見えた。
重厚感のある木で出来た両開きの扉の隣には、鎧を着た警備兵が周囲の人を油断なく観察している。
「これは僕たちが入っても問題ないのか?」
ドラヴェルトはアシュレットに尋ねる。
前世では身分を理由にあまりいい経験をした覚えがないからだ。
「問題ありません。ドラヴェルト様。ここはフォルノスパーダの領地にある街なんですから、基本的にドラヴェルト様が入れない所なんてありませんよ」
「そ、それもそうかでは入るぞ」
一体どんな本があるのだろうか。
ドラヴェルトは期待からゴクリと唾を飲み込む。
現金な物でこの中にまだ見ぬ魔術や魔法に関する書物があるのかと思うと、やる気が身体中に満ち溢れてきた。
「いえ、このまま邸宅の方へ帰りましょう」
「は!? なんだと! 魔術書を買うのではないのか?」
「先ほど女の子に金貨を渡してしまったので、魔術書のような高価な本を買う余裕はもうありませんよ。そのあたりも計算して交渉されませんと」
なんだと。
ここまで来てまたただの徒労だと言うのか。
「くそっ! お主とはもう二度と街を出歩かんからな!」
「ヴェル様、そのような汚い言葉遣いは減点対象です。邸宅に帰られたら追加で授業をしましょうね」
マグノリアは冷静な口調で言いながらまた何かを紙に書き込む。
「もう好きにしてくれ……」
もうすべてがどうでもよくなったドラヴェルトは、やけに重く感じる足を無理やり動かして邸宅まで帰った。




