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1話 転生

「儂の命もあと僅かじゃな……」


 本が雑然と詰められた本棚が立ち並ぶ薄暗い部屋の中。


 修復跡が目立つ古びた椅子に腰かけている白髪の老人が、窓から外の景色を白濁した瞳でボーっと眺めながら消え入るような声で呟く。


 彼の年齢は当の昔に百を超え、そろそろ百五十に差し掛かろうかという頃だった。だが膨大な魔力のおかげでほんの最近までは、年若い青年のように精力的に活動していた。


 しかし今年に入ってからというものは、サボりにサボっていた死神が突然やる気を出したのか急激に体調が悪化し、特にここ数日は椅子から立ち上がることさえままならなくなってしまっていた。


「未完成の転生魔法に頼るにはいささか不服じゃが…仕方あるまい」


 老人の名はモーク。


 世界最高の魔法使いに与えられる称号『極魔』を持つ人物だ。


 最近の体調の悪化から己の死期を悟ったものの、それでも死ぬまでには余裕をもって完成させられるだろうと転生魔法の開発を始めた。


 しかし開発の過程で時間移動や長距離テレポート、若返り魔法などの理論を思いついてしまい横道にそれまくった結果、肝心の転生魔法が完成する前に寿命の方が先に来てしまった。


「どこかの一派に所属するか弟子がおれば、魔力をサポートしてもらって転生魔法以外の手段もとれたかもしれんが……。いや儂が考えても詮無い事じゃな」


 この世界の魔法は、本来王族や貴族のみが扱ってよい崇高なもの。

 それ以外は王族が使用を許可した選ばれし者のみが使う事を許される。


 しかし彼の出自は親も分からぬ孤児だった。


 故にいくら魔法の実力があったとて、貴族が牛耳る魔法組織や団体に入れるわけもなかった。


 とはいえそこで挫けるモークではなく、入れぬなら作ってしまえばいいと称号を得てから数年間ほど、同志や弟子の募集をしたが希望者はまったく無くのゼロ。


 それならばせめて同じ知識や志しを共有出来る者を増やそうと、今まで学んだ魔法理論を体系化し本を出版しようとした。


 しかしどの店もその内容では……と首を横に振り、断られた。


 もしかして一般の者には内容が難解すぎたのでは反省して教育の本を読み漁り、魔法初心者向けに大幅に改定した。


 その上で再び持ち込んだが、それでも無駄だった。


 最終的に無償で本を配布して希望する者には、直接魔法を教えるとまで謳った。


 だがそれも徒労に終わる。


 これには流石のモークも最早どうしようもないと諦めた。


 後になり商業ギルドや領地を管理する貴族が根回ししていたことに気づいたが、その頃にはもう仲間を作る情熱を失っていた。


 加えてそれ以上やり続けると、貴族の反感を食らうことは明白だったのもある。


 裏で貴族に嫌われるくらいまでなら問題ない。


 だが仮に表立って嫌がらせを受けるまでになれば、領地や店などを出禁にされてしまう可能性がある。


 それは魔法の研究を続ける上で、かなりの支障が生じる。

 絶対に避けなければならないことだ。


「やはり儂にような者に与えられる称号なんぞ飾りも同然じゃったな」


 過去に大陸中を蹂躙した大魔獣を討伐した功績で、時の王から魔法使いとして正式に認知された。


 そして極魔という称号こそ与えられたものの、実のところその称号は遥か昔に大陸中に混乱をもたらした魔法使いの通称だったということに後で気づいた。


 モークがそんな扱いだった一方で祝勝会で、大魔獣の足止めに成功した王族に対しては、真に世界最高の魔法使いだとして『大賢者』の称号が与えられた。


 自然のいたずらと奇跡が重なり、半刻にすら満たない程度の足止めだったのにも関わらずだ。


 その人物はモークとは対照的に、優秀な人材がこぞって志願する最大魔法派閥の長の座に収まった。


 それを知った日だけは己の出自を呪ったが、翌日には無駄なことだと割り切りまた魔法の研究を再開した。


 実際のところ、世界最高の魔法使いに相応しくないことは、己が一番理解しているからだ。


 出自故に王族や貴族の上位層と比べると、魔力量は半分にすら満たない。


 だからせっかく開発した時間移動魔法などを代表に他の様々な魔法も、己一人では満足に扱うことすら出来ない。


 開発者としては一人前だったとしても、魔法使いとしては半人前以下なのだ。


「次の生は貴族か王族に…… いやそんなことよりやはり第一に魔法の才能じゃな。次こそは誰にも有無言わせん世界…… いや歴史上最高の魔法使いになってみせるぞ」


 まだ魔法を極めたと言うには、程遠い。


 残された文献によると過去に極魔の称号を与えられた人物は、たった一発の魔法で城どころか国を消し飛ばしたという記録が残っているからだ。


 それに対してモークは精々城を半壊させることしか出来ない。

 仮に王族並みの魔力量があったとしても街が限界だろう。


 世間は誇張された話だと言う。

 だがモークだけは真実だと信じている。


 こんな老人となった自分ですらまだまだ進むべき道があるのだから。


 だが真実を確かめる為には、この人生は苦労や回り道が多過ぎた。


 あと一年、いや半年程度の時間があれば転生魔法も完成させられただろう。さらに半年あれば長距離テレポートも、さらに一年あれば若返りの魔法も……。


「ふっ、今更すべて遅きことじゃな。さて、そろそろ逝くか…… 我を魔法の才を持つ新たな人の生に導きたまえ『アストラル・リジェネート』」


 囁くような声で魔法を発動させると、モークの身体が眩い光に包まれる。


 徐々に光が広がり、やがて部屋中を包み込むまで広がった瞬間、唐突に光が消える。


 あとには主を失った無人の書庫だけが残っていた。

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