48マモ 謎のメイドさん
「次元を超える召喚で一番簡単な方法はなんだと思いますか?」
倉庫に佇んでいたメイドさんが穏やかな微笑みで言う。ペット好きな人は誰しもペットに会話を求めるので、同じ感じかなと思いつつ、明らかに場違いな彼女を観察する。
「ピー?」
無害なマーモットだよと、テチテチと近づいて、彼女の造形に感嘆しちゃう。
まるで純金を金糸にしたかのような美しい金髪は、なにか空気中に撒いているのかキラキラと輝いているし、ツインテールにまとめた髪は水の中で漂うかのように目を奪われる美しさだ。顔立ちは名だたる芸術家でも作れないだろう見たこともない可愛らしさで、宝石のような瞳、小顔に完全に合った高さの鼻やほころんだ唇は花びらのよう。背丈は150くらいか、小柄で保護欲も喚起させ、マーモットなのに守らなくちゃと思うし、白と黒のコントラストのメイド服は滑らかな光沢で上等なものだった。
なによりも目を引くのは、手に持つ存在だ。誰もがそれを見たら目を奪われて、魅了されるだろう存在、香りだけでも美味しいとわかる究極に美味しそうなキャベツの葉を持っていた。
あれはきっとマーモットにあげるために持っているに違いない。違いないから、2本足で立ってテチテチと赤ん坊のように近寄るマーモットにキャベツください。
「ピキ〜」
てい
ヒョイ
「ピピピ」
とう
ヒョイ
ぐぬぬぬぬ、可愛らしいマーモットが無邪気に手を伸ばすのに、キャベツに触れる寸前に躱される。なんて意地悪なメイドさんだ!
「私の問いに答えないと、キャベツはあげることはできませんよ」
「むむ、次元を超えるキャベツは美味しいかだったかな? もちろん答えはイエスだ! 今度は本気でやってやるからマ王の力に後悔するんだな!」
『マーモットパワー2倍』
今の俺はまだマ王第二形態。そして、マーモットパワーを使えば、さらに2倍。ジャンプしてひねりを加えれば8倍になるかもしれないマーモットだ。
「キャベツを見ると本能の方が勝るのか、ただマーモットだから当たり前なのか、よくわかりませんね」
「余裕を見せるのもそれまでだ。ピッピピ大魔王を倒した野菜人のように、強さを見せちゃうからね!」
「では、私はミセスポポと名乗れば良いでしょうか。腰回りは太ってないと思うのですけど」
あくまで軽口で応えて、ケロリとしている金髪ツインテール娘だけど、本気の本気のマ王には敵わないぜ。
短い後ろ足に力を込めて、腰をわずかにかがめると、バネのように跳ねてメイドさんへと襲いかかる。
俺の姿は掻き消えて、金属製の床が凹み、突風が巻き起こる。
残像すらも残さずに、巻き起こる風が俺が通り過ぎたことを教えてくれる超高速移動。
「ピピ」
ヒョイ
(なぬっ!?)
疾風となった俺のお手々がキャベツを取ろうとしたら、またもやメイドさんの手が揺れて、紙一重で躱されてしまう。特段速くもなく、平凡な動きに見えるのに、信じられない動きだ。
「うぬぬぬ、なら、本気の本気の本気! 『反射歩法』と『マーモットパワー3倍』で勝負をつけよう。俺の『反射歩法』は反射をすればするほど速くなり、小柄な体躯と狭い部屋では単なる影にしか見えない!」
『マーモットパワー3倍』
『反射歩法』
体の奥から力がマグマのように噴き上がり、万能感とともに圧倒的な力がマーモットをパワーアップさせ、最高の力を発揮する。
「ピピピ、マ王の力にきょーふせよ!」
どこからどう見ても悪役のようなセリフを口にして、俺は倉庫を駆け巡り、ビリヤードの玉のように縦横無尽に飛び跳ねる。もはや達人でさえも、俺の影を踏むことすらできまいし、黒い光線が部屋を埋め尽くすかのようだ。
これこそがマ王の力。絶対的なマーモット。メイドさんは、どこを見ることもなく佇み、構えを取らずにキャベツを持ったまま、ボーッとしている。どうやら抵抗することを諦めたに違いない。
「超高速のマーモットを見て、あとで拍手するんだね! とった!」
そうして俺はメイドさんの足元から跳ねるとキャベツに手を伸ばし━━。
まもんと抱っこされちゃったのでした。
「あれぇ? 俺はキャベツを取ろうとしてたよね? なんで抱っこされてるの?」
手を伸ばす、ヒョイと躱される。通り過ぎようとしたら、片手で捕まり抱っこされた。
うん、手順はわかったけど、わからないな。ちょっとこのメイドさん強すぎない?
コテリと小首を傾げて不思議に思っています。
「さて、質問の答えは出ましたか? 正解を言わないと、このキャベツはあげませんよ?」
「くっ、マーモット闘法三式お鼻をヒクヒク、尻尾フリフリアタック」
ピピピと哀れっぽく鳴いて、ジッとメイドさんを見つめて、お鼻をヒクヒク、尻尾フリフリ戦法だ。このラブリーな姿を見ればキャベツをくれるはず。俺なら絶対にあげちゃうね。
「もう帰ろうかと考えています。私はこれでも結構忙しいのですよ」
まったく動じないメイドさんなので、強奪は諦めることにするよ。このメイドさん、マーモットを可愛らしいと思う人間として必須の心がないんじゃないの?
「え~と、次元召喚で一番簡単な方法だっけ?」
「はい。一番コストのかからない方法でもあります。わかりますか?」
俺の目の前でキャベツをひらひらさせるので、お手々を伸ばしながら考える。ルーじゃないけど、天才的な閃きは俺にもある。
「簡単だよ、下請けに任せるとコストが安く、あてっ」
ペチペチとキャベツで叩かれるので違うらしい。受注した作業を安く済ませる簡単な方法は下請けに任せることだと思うんだけどなぁ。
「本気で考えてみてください。下請けとか、貴方はマーモットなのに結構悪辣なんですね。マ王とされただけはあるということですか」
コストを抑える方法かぁ。ヒントが欲しいから『理解』をメイドさんに使用。
『現在一部のスキルとAIアシスタントはメンテナンスのため使用できません』
「雑な作りだとクラッキングを簡単にされてしまうので、メンテナンスが必要です。システム周りを綺麗にしないといけません」
「やけに都合のよいメンテナンスだこと。わかったよ、真面目に考えるよ。……うーん、コストを抑える方法か」
平然としてクラッキングをしたと告げてくるメイドさんに少し恐ろしさを感じながらも考える。この場合、元の地球からこっちに持ってくる物が少なければ少ないほど良いってことだろ。
となるとだ。小説でテンプレの古典的な召喚を思い出すに……。
「トラックに轢かれること?」
「その心は?」
「要は魂だけあればいいんじゃないかな? ほら、肉体はどうせチートスキルを与えるために再構成するんだしさ」
異世界転移系統で一番多いのが死ぬことなんだ。神様が出てくる物語も肉体を再構成して異世界に送り込むパターンが多い。その理由は肉体は邪魔にしかならないからではなかろうか?
地球と異世界では環境が違う。一番に思いつくのが免疫力だ。異世界では当たり前の軽い風邪でも、地球人の肉体だと致命的になるかもしれないしね。侵略をしようとして地球の病気に殺られる火星人みたいにさ。
だからこそチートスキルを与えることはもちろんのこと、肉体も異世界準拠にしないといけないのだ。酸素濃度が違うだけでも生きていけないしね。
「そのとおりです。なかなか頭が良いですね。ご褒美にキャベツを一口差し上げます」
わ~い。むむ、この歯触り、口のなかに広がる甘い味。どれをとっても食べたことのない美味しさだよ! キャベツでお吸い物が作れるレベルだね!
至高のキャベツに酔いしれちゃうけど、気になることもあるな。
「俺たちは肉体を持って召喚されてるよ? それどころか、日本丸ごと召喚されてるじゃん」
「ファクトチェックはしましたか?」
「……してない」
そういや、この話を聞いたのはAIアシスタントからだ。AIアシスタントはもっともらしいことを言うが、それが真実かはわからないからファクトチェックをするのは基本だったな。
レイは極めて人間的だったので、すんなりと信じたけど、たしかによくよく考えるとおかしなところがある。
「日本を土地ごと次元転移させるのは人間ではどんなにアイテムや魔力を集めても不可能なんです」
「なるほどね。惑星核を傷つけるくらいに土地を深くまで転移させるんだったら、廃虚もエベレスト以上の高度で異世界に存在しないといけないのに、上モノが混ざったくらいだし、へんてこな融合をしているなぁと思ってたんだ」
数十キロの隕石が落下するだけなのに、地球は滅びる。同様に日本が丸ごと融合したのだから、奇妙なほどに被害がないと不思議に思ったのに、AIアシスタントの答えで迂闊にも納得してしまった。
「もしかして、上モノや魔物を━━いや、この世界では悪意の想念は魔物化するとの話だから、創造にもコストを使わないとしたら……地球は滅びていない? 俺たちはどういった形で召喚されたの?」
「これより先の真実は貴方自身の旅にて、知っていくことになります。私が言えることは、魂を弄び、人を食い物にする存在に罰を。そして、この機会を逆に利用して大勢の人々にもう一度チャンスをと告げるだけです。実は私はまったく気にしなかったのですが、世界一優しくて素敵な夫が気にしてましたのでお手伝いです」
涼やかな顔つきで優しい微笑みを見せるメイドさんだけど、なにやら難しい物言いで、はっきり教えてくれないとマーモットは分からないよ。
「単体では使えない悪意のあるスキル。王に取り憑く神を名乗る存在。そして、真実を語るか分からない、なりすましをするAIアシスタント。それらを考慮しても、貴方たち小動物は超えることができると信じています」
「何をすれば良いのか分からないんだけど、王様を目指して良いのかな? マーモットはのんびり暮らしたいんだよ?」
「ふふ、貴方の意志のままに行動をしてください。強制はしませんし、それでも貴方たちはきっと良き選択肢を選ぶでしょう。密かに貴方たちをそばで助ける子がいますしね」
床に置かれると、メイドさんはコトリとキャベツ丸ごとを前に置いてくれる。
「『神』を名乗る者たちを消滅させるか封印させるかはあなた次第です。封印するのなら、悪魔契約のスキルを持つ人間を助けるといいでしょう。彼女のシステムは少し弄っておいたので上手く使えるはずです。では、もう会うことはないと思いますので、頑張ってくださいね、貴方が幸せなマーモット生になるように健闘を祈ります」
「うん、ありがとう、名も知らないメイドさん。キャベツ美味しいよ」
猛然とキャベツに齧りつくと、いつの間にかメイドさんは消えていた。不思議な存在だったけど本能が彼女を信じても良いと語っているから、頭の片隅に置いておくか。
「偽りの情報と神様の関係か……。それに俺たちのそばに助けてくれる存在ねぇ」
「ミカにもキャベツちょうだいよ〜」
ミカがかぶりつこうとするのでキャベツを守りつつ、俺は思う。
きっとマーモットが好きな存在が手助けしてくれているんだろう。どこにいるかは分からないけど、今度お礼を言おうかな。
「ギュイーン」
「ギュイーン」
ミカとのギュイーン決戦をしつつ、マーリンは面白くなってきたと笑うのだった。
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