46マモ 愚かにして
「むっ!? まだ死んでないとは頑丈なマーモットですねぇ」
農王はたしかにミンチに変えたはずのマーモットが、傷一つないことに少しだけ戸惑うが、それでも動じることはなかった。
今の自分は神降ろしを行い、先程とは比べ物にならないレベルでパワーアップしている。頭から生やす蔦は鉛色に変わり、金剛石よりも硬くゴムのように伸縮性のある相反した特性を宿しており、体内に巡っている膨大な神聖力により強化された身体能力は、マーモットどころか凶悪な装甲車をも潰せるだろう力を持っていた。マーモットなど蔦の一撃で簡単に倒せることは証明もされているのだ。怖いものなどあり得るはずがなかった。
「獣を教育するのは教職者のすることではありませんが、特別サービスです。神農様の御力にて次回は人間として転生するように祈って差し上げましょう」
遠回しに殺すと告げて、農王は蔦を揺らして神農様の反応を見るが、神農様は少し様子が変でなにかを考え込んでいた。
「神農様? いかが致しましたか?」
『う、うむ。大したことではないのじゃが、あのマーモットは確実にミンチにしたはずじゃな? 幻ではなく感触もあったよの? 床に血の跡や肉片はないよのぅ? 蔦に血の跡はついておるか?』
「は、はい。そういえば綺麗なものです。確実に肉を潰した感触はあったのですが特殊能力でしょうか?」
『うぅむ……固有スキルか? 奴は吸血鬼や幽鬼の類なのか? いや、普通のマーモットに見える……一から蘇生したようにしか見えぬが、まさか神体? い、いや、そんな馬鹿げたことがあるわけがない。そんな力をマーモットごときが持っているはずもなし。単に再生系統のスキルなのじゃろう。農王よ、気にせず一気に畳み掛けるのじゃ』
なにやら気掛かりなことがあるようだったが、頭を振ると神農様はいつもの余裕ある程度に戻り指示を出してくる。
そう、気掛かりになることなどあるはずがない。今の自分は無敵の農王であるのだ。
「小生意気なマーモットよ、農王の力を目にして、死して魂となり巣穴に戻るがよいでぇす!」
「ピピピ、ピピ(やってみろ、さっきとは違うところを見せてやるぜ)」
鳴いているマーモットが不敵にも肉球のついた小さな手で構えてみせるので、農王はゆらりと蔦を構えると、溜息代わりに小さな炎を口から吐く。人間を警戒しない野性味ゼロのマーモットに農王が偉大だと思い知らせる必要がある。果たしてそこまでマーモットは知性があるかは分からないが躾は必要だ。
ギラリと瞳を燃やすと、目からビームを撃つ。
「更生させてやるぞ、このデブリス! 『更生ビーム!』」
『更生ビーム』
目から放たれたビームはいかなる人間も更生させるためみかんに変えてしまう必殺の技だ。光速ゆえに回避は不可能でマーモットに命中するが━━。
「ピギ?」
光に包まれるマーモットは、ケロリとしており、みかんに変わる様子はなかった。何をしたんだとお鼻をヒクヒクさせている。
『だめじゃ、農王よ。更生ビームは人を導くためにみかんに変える必殺のスキルじゃが、そもそもマーモットは動物じゃから、学校にも通っておらんし、そもそも導くことができん!』
「なっ! そのような弱点が!? たしかにマーモットを更生させるイメージが湧きませんねぇ。ならば正攻法で倒します!」
焦った顔の神農様の仰るとおり、『更生』するマーモットなど想像もできないことにショックを受ける。たしかに『更生ビーム』は最強であったが盲点もあったのだ。
「ならば蔦にて駆除するのみでぇす!」
数本の蔦をクンと曲げると、マーモットを貫こうと放つ。矢のように速く、槍のように高い貫通力を持つ蔦はマーモットどころか、人間すらもやすやすと貫く。この攻撃で終わりだと農王は予想していた。
━━だが、自身の予想を超える光景となった。
「なっ!? 私の攻撃を躱すというのですかぁ!」
「ピキーピ(甘く見ると痛い目にあうぜ、農王とやら!」
高速の蔦の攻撃をマーモットは手を伸ばして触れ、突き出された蔦の軌道を簡単に変えていく。繰り出した合わせて3本の蔦は普通に防ごうとしても、盾ならば貫き、受け流そうとすれば鞭のように柔軟さを見せて不規則な動きで敵に命中する。
そのはずであったのに、蔦が伸びきりマーモットに命中する寸前で、紙一重の間合いにて柔軟さがなくなる限界ギリギリを見極めて、マーモットは蔦を受け流していた。人間の達人のような巧みな技術だ。いや、人間の達人でさえも不可能な技術だ。なにせ蔦の速度は人間の反応を越えており、達人でさえも高速で迫る弾丸は受け流せないように、そもそも身体能力が追いつけないのだ。
それなのに次々と受け流していくマーモットの姿。即ち技術だけではなく身体能力も大幅に上がって農王と同等近くの力を持っていることを示していた。
『こ、こやつ、パワーアップしているのか!? 一度倒したことにより、基本的な性能が上がっておる!』
「慌てなくとも大丈夫です、神農様。未だ本気は出していないゆえ、全力で攻撃をすれば打ち倒せます」
農王は自身から生える24本の蔦を全て使うことを決めた。元々カボチャ頭だけで浮くことができ、蔦は攻撃手段であり、飾りとして足のように見せただけだ。
自身は技術などなく、単に力任せの攻撃しかできないが、だからこそ開き直ってゴリ押しで倒すつもりだ。脳筋とは農王にふさわしい名前なのではなかろうか。それに加えて、自分には切り札もある。
「さぁ、豪雨のごとき、私の攻撃をいなせるか、試してみましょうか!」
己の神聖力を限界まで高めると、一気に攻勢に移る。揺らめく蔦が弩から放たれるように撃ち出されて、何十人もの兵士が突き出す槍衾のようにマーモットに襲いかかる。
受け流そうにも本数が多すぎるし、回避しようにも回避場所にも蔦を繰り出しているので隙はない。
「アイアイアイ! 愛の鞭!」
今度こそは殺せると、農王は口から小さく炎を吐き、マーモットへと叫ぶ。
「ピキーピピピピピピ(本気になったか、なら俺も本気でゆくぜ。マーモット闘法一式マーモットクロー)」
対してマーモットは魔力で形成した爪を伸ばすと、虚無的な瞳をキリリと細める。
「ピッ」
笛を吹くかのように一声鳴くと、テチッと鋭い動きでバックステップを踏みながら、蔦を受け流すのではなく、今度は切りかかってきた。
マーモットの爪とカボチャの蔦。本来はするはずのない金属音が響き火花が散っていく。マーモットから外れた蔦が床を貫き、ビルの分厚いコンクリートの壁を穿ち、綺麗な丸い断面を残していく。
高速でバックステップをするマーモットを追いかける蔦により、廃ビルは瞬く間にボロボロになっていき天井は崩れ始め、床は砕けて下の階層まで見えてきて、ビル解体のような光景に変わっていくが、それでもマーモットには追いつけないことに苛立ちを覚える。
でっぷりと太った脂肪を覆う毛皮がたゆんたゆんと揺れ、小さな足で懸命にテチテチとバックステップを踏み、お手々をぶんぶん振る見た目は可愛らしい小動物にしかみえないのに、見た目にそぐわない速さと、迎えうつべく振られる腕は、まるで鉄の芯が身体に入っているかにように揺らぐことのない体幹から繰り出されて、力強い一撃となっていたし、その動きもパワーアップした農王がギリギリ追いつける程に速い。
身体能力は農王の方が上で、攻撃速度も威力も高いが、巧みなる腕でその差を縮められている。神の御力を得ているのに情けないが、蔦だけの攻撃は諦めるところだ。
ならば切り札を1枚めくるのみ。
「くそっ、このマーモットは本当にマーモットなのですかぁ! ならばこれならどうです? 猛火よ、神の実りにより力強さを取り戻し敵を焼き尽くせ!」
『アギカイザー』
神農様から得た炎魔法最強のアギカイザー。どことなくパクリのような気もするが、偉大なる神農様の御力なので疑問は蓋をして、発動させる。
カボチャ頭の頭上に太陽のように輝く炎球が生み出されると発動した農王以外の存在を、そこにただいるだけで超光熱で燃やしていき、黒焦げに染めてゆく。
「フハハハ、神農様の偉大なる御力を目にして丸焼きとなれ、マーモット! 焼けたお前はスタッフが有り難くいただきますぅ〜」
哄笑し、農王はマーモットへと狙い撃つ。放たれた太陽のような炎球は通路の全てを燃やしていき、灰へと変えてマーモット目掛けて飛んでゆく。この超光熱ならばどこに逃げても、マーモットごときでは防げない。
だが、マーモットはバックステップをやめると、両手をあげて不敵にピキーと笑う。
「ピキーピッピッ(良いだろう、ならこっちも切り札を切る!)」
『マーモットパワー2倍だぁ!』
ブルリと震えるマーモットが鳴くと、その肉体を覆うオーラが噴き出すように天へと昇り、農王ですらも恐れる程に威圧感が増す。マーモットの周囲の瓦礫が噴き出すエネルギーに耐えかねて、細かく砕けていき、空気が震えて、本能があれは危険だと囁いてきた。
そうしてのっそりと立つと、もふもふな小柄な体を傾け、口を開き思い切り叫ぶ。
「ピキーーーーーーーーーーーーー!(受けなっ! これがマ王の力だぁ~))」
『マーモットブレス』
その叫びが響いた瞬間に世界は停止しモノクロになった。高音の鳴き声は透明で視認できないはずなのに、何重ものエネルギー波として視認ができ、次の瞬間に世界は動き出し、全てが崩壊を始めていく。
必殺の太陽の如き威力のはずの最高火炎魔法は蝋燭の火を吹き消すようにあっさりと消えて、廃ビルの全てが砂のように崩れていく。
『ま、魔法障壁じゃ、いや、貴様では間に合わぬし、力が足りぬ。儂の力と貴様の寿命を使って展開するしかない! 神農の無敵の魔法障壁の力を見せてやるぞい』
慌てる神農様が手を振り上げると、幾何学模様の魔法陣が何重にも出現して障壁を展開させると音波を受け止める。神農様の偉大なる力でなんとか守りきれたかと農王は安堵し、神農様も胸を撫で下ろし息を吐くが━━。
ピシリとヒビが入ると魔法障壁がガラスのように砕けていってしまう。青ざめた神農様が再び魔法障壁を張るが、それも破壊され続けていき、神農様はその様子を見て狂ったように叫ぶ。
『こ、これは純粋なる破壊の力! こんな力見たことねぇヨー。神体じゃねぇ、もっとわけわからんものだ。誰だ! なにがこのゲームに介入してきやがった!? この力は俺すらも滅ぼすヨ。た、助けてくれヨー、こんなの聞いてねぇよよヨヨヨ』
そうして魔法障壁が崩れていくと、神農様の姿も崩れていき、内部からカボチャ頭だけが現れてきた。そうしてカボチャ頭すらも魔法障壁が破壊されていくごとにヒビが入り崩れていく。
『ま、まいったヨー。わかった、オレ様の負け、あんたのナカマニナルカラ、いや、部下にシテク』
最後まで言うことはできずに、カボチャ頭は完全に砕け散り、魔法障壁が消滅すると、農王すらも音の波の中で崩壊させていく。
「あぁ、私は……ここで死ぬのか。なぜだ」
意識が薄れてゆく中で、フト記憶が蘇る。
◇
『センセー、あれヤバくない? SNSに撮影してもいい?』
『やめておきなさい。昨今は肖像権とか個人情報とかで訴えられるんですから、ほら、訓練通り、さっさと体育館に避難するんです』
『えー、今日休日じゃん。訓練通りにしなくてもよくね?』
『休日に登校してきた奴が悪いんだ。ほら、さっさといった、いった』
『センセーの良いところをみてみたい、あ、みてみたい! 刺又持つセンセーかっこいいー!』
『馬鹿なことを言うものではありません、他の先生たちも行くんですから、邪魔にならないようにしなさい』
『でも、柵にぶつかっている奴らなんですかね? ゾンビ?』
『きっとインプレゾンビですよ。昨今は動画配信も無茶をするらしいですから。休日だから馬鹿なことをしても構わないと思ったんでしょ』
『はは、そうですね。さて、それならインプレゾンビを退治しに行きますか』
それは記憶にないはずの学校での一幕。存在する記憶と違う光景だった。
◇
走馬灯だろうか。記憶に呼び出された内容を思い出し、農王は力なく笑う。
「そうか、そうだったのですね、私はあの時に━━。生徒たちを守るのが先生の役目であるのに、つまらない囁きに従ってしまいました」
音の波の中で、農王の身体は崩れてゆく。時が遅く感じられる世界で、走馬灯をみながら、農王はゆっくりと呟く。
「すまない、生徒たちよ。君たちを守れなくて」
カボチャの目に宿る炎が消え、農王も神農も魂すらも崩れ去り、いくつもの廃ビルを貫いて、マ王のブレスは全てを破壊するのであった。
ルックスY。マガポケで連載中です。見てみて〜。
モブな主人公。マンガボックスにて連載してます!
コンハザがシーモアにて発売中!
1月9日ルックスYの一巻発売してまーす!




