45マモ 農王
テテテテテテ
廃ビルの廊下をマーモットが駆けてゆく。虚無の瞳をキリリとさせて、鼻をふんふんと鳴らしながら走るマーモットの姿はカッコよくて、誰もが振り向いてしまうに違いない。
人気のない廊下を走って行くと、ゆらゆらと体を浮かせて水の中を泳ぐクラゲのように逃げるジャックオーランタンたちの姿を視認する。
「見つけた。逃すと思ってるのかよ!」
四つ足を踏み込み、ピギーと鳴くとさらに加速して追いかける。ジャックオーランタンの先頭、一際身体が大きくて、頭に小さな王冠を被っている奴が俺に気付いて忌々しそうに口元を歪める。
「王の匂いがするマーモットとは、王の使い魔ですかぁ。ライバルなどいないと思ってたのにぃぃぃ! 私の可愛い生徒たちぃ、あのマーモットを焼いてあげなさい!」
自身は逃げるつもりなのか、指示を出しながら先に進み、3体のジャックオーランタンたちがすうっと通路を塞いで俺を止めようとしてきた。王を逃がすための行動だが、自我はまったく感じられず、まるでロボットのように見えて、哀れとしか言いようがないな。
ゆらりと蔦を持ち上げて、炎球を生み出してくるジャックオーランタンたち。
「お前たちの意思はそこにあるのか? 新人類として、その生き方は満足してるのか?」
哀れなる存在と変わったジャックオーランタンたちに問いかけるが、その返答は炎球による攻撃だった。
『メラギオ』
数発の炎球を前に、走りに緩急をつけて鋭角にステップを踏み躱していく。炎球が後ろで爆発するのを感じながら、俺は魔力の爪を展開させて間合いを詰めていくと、ジャックオーランタンたちも蔦の攻撃に切り替えてくる。
ゆらりと蔦を弛めて、攻撃を放とうとするジャックオーランタンたちだが、そうはいかないぜ。魔力を身体に巡らせて、さらに加速させると腕を振っていく。シィンと軽やかな音がして、ジャックオーランタンたちは抵抗することもできずに切り裂かれて床に落ちていくのであった。
「くっ、マーモットごときに時間稼ぎもできないとは落ちこぼれの子どもたちですねぇ。なら、仕方ない、先生が愛の指導をしてあげましょう」
あっという間に倒された部下を見て、逃げるのをやめるジャックオーランタン。
『たしかあいつが農王とかいう奴なんだっけ?』
『そのとおりです、プレイヤー、彼は神の中でも神農と呼ばれる者の加護を受けた農王となります』
神農とは、たしか中国で信仰される神だったか、人々に農業を教えた神様という話だけど……。
「人をカボチャにする神様は認められないな。このマ王が退治してやるけど恨むなよ、農王」
ずさっと足を止めると2本足で立って、前足を前に構えるのであった。
◇
「きぃぃぃぃ、王ではなく使い魔でこの農王を倒そうとするのですかぁ。この農王を馬鹿にしているとしか思えませんが、後悔しますよぉ。装甲車の中から安全に戦おうとする卑怯者め」
苛立った声で立ち止まると、農王も蔦を揺らして俺を見る。その体から立ち昇る魔力はたしかに王と名乗るだけはあって、強力そうだ。
にしても、俺が王なんだけど認められない様子。王はここにいるよ? マーモットが王様だよ?
『まぁ、油断している方が簡単に倒せるからいいんだけどね』
『彼の者を倒せば神農も力を失います。ライバルを蹴落とすチャンスなので頑張ってくださいね』
『言われなくても、倒すから安心しろよ』
足に力を込めて、テチテチと摺り足で警戒しながら間合いを詰めていくと、農王の蔦がピクリと反応する。
「きょえー! 愛の鞭ですよぉ」
ぶんと振られた蔦は視認も難しい速度で放たれる。さっきまでのジャックオーランタンたちとは一段上の速さなので、さすがは王と言えるかも。
「だけど、俺のマーモットクローの相手じゃない!」
迫る蔦を前に、テチと横にステップを踏みギリギリで回避するが、外れた蔦の鞭がコンクリートの床をペチリと叩くのを見て、あれれと意外に思う。予想以下の威力だったようで、まともに受けても弾き返すことが余裕でできる。
複数の蔦を繰り出してくるけど、速さはあるがさっぱり威力がなく、俺はお手々でペチンペチンとあっさりと弾き返すことができるので、反対に違和感を覚えてしまう。
『こいつ、王のくせに弱いぞ?』
『おかしいですね。元が蔦のため、力が入らないのでしょうが、それにしても威力がなさすぎます。魔法使いタイプ…いえ、なにか他の能力に極振りしている可能性が高いです』
なるほど。戦闘タイプでなくて、他のタイプというわけか。たしかに見た感じ、全然強そうには見えないしけど、カボチャ頭の化け物がどんなタイプかは見た目から推測するのは難しいな。
まぁ、それならそれで対応方法はいくらでもある。
『どんな力を隠しているか分からないけど、切り札を出される前に倒すのみ!』
農王の蔦を掻い潜り、テチテチと一気に間合いを詰めていく。近づかれないように農王は蔦を振り回すが、爪で蔦を切り裂きながら突き進む。
「ぐっ、マーモットのくせに、マーモットのくせに、理想の世界を創ろうとする先生を邪魔しないでください。炎よ━━」
「遅い」
タムッとジャンプをすると、農王へと通り過ぎながら一閃し、その首を切り落とすのであった。
迫るマーモットを恐れて、詠唱をしようとするが、魔法を使うなら部下がいた時にするべきだった。恐らくは使い魔を倒した後が本番だと考えていて、力を出し惜しみしたのだ。
だがそれは悪手だ。俺が部下を倒してきたのは見ていたのだから全力で立ち向かうべきだったのだ。ゲームならばロードをすれば良いだろうけど、ここは現実で必殺技やエリクサーを出し惜しむと永遠にゲームオーバーとなるのさ。
フッと息を吐き、まもんとドヤ顔で倒した農王を見下ろして━━疑問が浮かぶ。
「おかしいな、王を倒したんだから、アナウンスがあっても━━はっ! まずい!」
違和感と共に警戒してその場を飛び退こうとするけど……遅かった。
「神農よ、私の体を器として、この世に顕現せよ!」
コロリと転がるカボチャから、おどろおどろしい声が聞こえると、カボチャ頭が鉛色に変わっていき、鉛色の蔦を頭から吐き出すように生み出すと、油断していた俺に振り下ろし、回避が間に合わず━━。
ペチンとマーリンは潰れちゃうのでした。
◇
「は、はは、倒したか」
農王は潰れてミンチとなったマーモットを見て、思いがけない強敵を倒せたことにホッと息を吐く。
『うむ……さすがは王の使い魔といったところか。このゲ、この異変が始まったばかりなのに、これほどの力を持っておるとはのぅ。予想するに、使い魔を強化する召喚系の王に違いあるまいぞ』
農王の頭上に浮かぶのは、ゆったりとした服を着込む長い白髭を生やす老人であった。余裕さを見せて、その態度は堂々たるもので深い威厳を与えてくる。
この老人こそが農業に関する全ての知識を持ち、人間では測れぬ偉大なる力を持つ存在、神農様だ。彼によってブラックスライムを倒したあとに死にかけていた農王は救われて、今や世界を導く者として存在している。
今も切り札である『神降ろし』にて農王の身体に宿り、その力を発揮して憎むべき他の王の使い魔を倒してくれた。
『せっかく寿命の半分を使い神降ろしを使用した以上、躊躇う必要はない。あの装甲車に隠れておるだろう王も倒して、勢力を広げるのじゃ』
『おぉ、その意見に反するわけではありませんが、相手は見たこともない大きさの装甲車です。私に倒せるでしょうか?』
尊敬する神農様のお言葉と言えど、信徒をあっさりと倒していった巨大な装甲車に、一人で立ち向かうのは恐ろしい。機関砲であっさりと倒されるのではと恐れから尋ねると、神農様はホッホッと優しく笑い、手を振って農王へと教えてくれる。
『大丈夫じゃよ。あの機関砲はたしかに強力ではあったが、所詮は人の身が作りしもの。今のお主は我が力を宿しておる。全て弾き返して傷もつくことはあるまいて』
『そうなのですか!? さすがは神農様の御力。偉大なる御力の加護を得られて光栄としか表現できません』
たしかに神農様の言うとおり、黄色であったカボチャ頭は鉛色となっており、生やした蔦も同じように鉛色で、しかもずっしりとした重さと力強さも感じる。自身がとてつもなく硬くなったことが分かるし、魔力もパワーもスピードも上がっている。たとえ機関砲の放つ弾丸でも弾き返せるとの自信がふつふつと湧いてきて、農王は自身の強さに酔いしれていく。
「神降ろしをした私なら誰にも負けないですよねぇ。そうです、そのとおりです。偉大なる神農様の仰るとおりに、あの装甲車の中に震えて隠れている王を更生させましょう。この私の更生ビームなら、どのような人間も相手ではありませんしね」
『更生ビーム』は農王のほとんどの力を注ぎ込まれていると言っても過言ではない。正しき道に導くため、間違った方向に進む人間をみかんに変えるワールドスキル。クールタイムが十分ほど必要ではあるが光速のビームを回避する人間などいるわけもなく最強と言って良い技だ。
敵の王をみかんに変えて更生させ、神農様の忠実なる信徒に変えるのだ。
(神農様に従えば、全てがうまくいく。そうとも、私の望む世界が待っているのです)
農王には素晴らしき未来が見えていた。誰も私語をすることも、スマホを隠れて見ることも、人が黒板に苦労して書いた内容を写真1枚で終わらせる生徒もいない。先生を尊敬した目で見つめて、勉学に熱心で、正しき人生を歩む者たちの姿が。
自身が異形のカボチャに変貌しており、先生という存在から、いや、人間という枠からとっくに外れていることも気づかずに、農王は未来に酔いしれる。
「さぁ、愚かなる者を正しき未来へと導くためにも歩みを進めましょう」
ふらりと幽霊のように進もうとして━━。
「ピギピピピ(まぁ、待てよ。まだ帰るのは早くないか?)」
漆黒の柱が立ちのぼり、背中の毛皮が少し黒いマーモットがテッチと柱の中から現れるのであった。
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