41話 ブラックスライム退治
一歩外を出ると学校内が天国だったと思えるほどに寒く、白銀が世界を埋め尽くす世界であった。天気は命懸けの選択をした私たちを祝福してくれているのか、久しぶりに青空が見えて、振り注ぐ日差しが辛うじて暖かさを感じさせるが、時折吹いてくる冷たい風が身体を芯から凍りつかせようとしてくる。足を踏み入れるとギュッと音がして靴が雪に埋まり、引き抜く際にパラパラと粉雪が足から落ちてゆく。
冬の世界。植物は土の中で芽を生やすのをジッと待ち、マーモットはもふもふな毛皮を寄せ合って冬眠し春を待つ季節にあたしたちは踏み入れていた。
「こっちだ、皆。本屋さんと手を離さないように気をつけて移動するんだ。外で本屋さんと離れたら一巻の終わりと思ってくれても構わない」
「あぁ、本屋からぜってーに離れないようにしねーとな」
鍵音ちゃんと手を繋いでいる遠藤君と見野君。まるで逆ハーレムのように鍵音ちゃんは両手に花だ。男の場合も花と言うのかな? この場合、薔薇とかにしておいたほうが……なんか変な世界になりそうだからやめとこ。
「悪いな、本屋さん。変なところに触らないように気をつけるからさ」
「俺たちは肩に触れるだけだから後で訴えないでね?」
そして、遠藤君が誘った一緒に来たクラスメイトの男子二人、鈴木君と佐藤君が肩に手を付けている。彼らも現状に危機感を覚えて参加したのである。正直、肩に触れる程度だと手繋ぎと違い簡単に離れそうで鈴木君も佐藤君も離れないようにロープで肩と手を結んでいた。
「えっとえっと、ランちゃん、く、くすぐったいんだけど、つかむところ、わひゃっ」
「ごめん、鍵音ちゃん。離れないようにするにはこれが一番だからさ。気をつけるようにするから少し我慢して」
そしてあたしは鍵音ちゃんの腰にしがみついていた。背丈がちっちゃいからこそできる方法だ。悔しいけど、このちっちゃい背丈が助けになっている。
「も、もう少し下を掴んでランちゃん、あっ、キャッ」
「ごめんね、鍵音ちゃん。そこ、掴みやすくって、柔らかいし、指が埋まりそうで、なにこれ、なんであたしとこんなに違うの? あたしのは掴めないのに」
少し腰より上を掴んでぎゅむぎゅむと揉むけど、どんな物よりも柔らかくて幸せな気分にさせてくる代物だわ。くっ、悔しくなんてないからね! でも、下着をつけているのに指が埋まりそうって、本当に同じ人間なのかしら。
顔を赤くして身体をくねらせる鍵音ちゃんを見て、少しイケない気持ちになってしまうあたしだけど、遠藤君の拳がポカリとあたしの頭に落ちて正気に戻った。危ない危ない、鍵音ちゃんには呪われた装備があると思うわ。
「ほら、ふざけてないで行くよ。この先のちょうど壁に隠れた場所があるんだ。先生たちは俺たちに見られないように、ちょうど窓から死角の場所を踏み固めていたんだよ」
「先生はブラックスライムを倒されると自分の優位性が覆されると考えている証拠だな。けっ、せこいやつだな、本当に先生なのかよ」
先に進むと、遠目から見たら分からない場所が踏み固められて、歩きやすくなっている。それを見て、鼻を鳴らして不機嫌そうに舌打ちを見野君がする。
「へへっ、なんか凄いチートスキルを手に入れて、学校の救世主になるぜ」
「誘ってくれてありがとうな。あのままだと俺たちも信徒になっていたよ」
この先で、異世界転移ものの小説のように、全てを解決できるチートスキルが手に入ると夢想している鈴木君と佐藤君だけど、あたしも同じで久しぶりに心が沸き立っている。
静寂の世界であたしたちの足音もなにもかも雪に吸収されて、不気味にも思える静かな世界で歩みを進める。人気がなく、窓ガラスが割れた個所から雪が入り込みもはや雪に埋まるコンビニや、まるで雪の大樹のように真っ白となった廃ビル。放置されている車両は既に雪が積もり、春まで見ることはないだろう。
「こっち。奴らはすぐに廃ビルに入り込んで、後は建物から建物へと移動している」
「ここまで調べるの大変だったでしょ。遠藤君頑張ったね。鍵音ちゃんも相談してくれればよかったのに」
あたしは鍵音ちゃんを親友だと思ってたのに、少しがっかりしてしまうので、とりあえずメンタル回復のためにマシュマロをぎゅむぎゅむとする。
「やっ、あんっ、もー、ランちゃんふざけないで! 遠藤君が言うには誰が裏切るかわからなかったから様子を見たかったんだって。だから秘密にしたんです」
「親友のあたしは裏切ることは……信徒になるのが裏切ることになるのかなって疑問を覚えると、納得するしかないかぁ」
たしかに裏切られたら致命的なことは分かる。そして信徒になることが裏切りかと言われると、疑問に思うところがあるから、たしかに秘密に行動するのは必要だったんだろう。疑問を持つということは、自分でも意図しないうちに裏切る可能性があるし、信徒になったら神農を信じることこそが幸せだと相手は思うかもしれないから。
「ストップ。ここからは声を立てずに進もう。あれに気づかれたくないからね」
廃ビルの中を進むと、遠藤君が手で制止してくる。あれってなんだろうとそっと部屋を覗いて━━声を失う。
「な、なにあれ? なにしてるの、あれ?」
そこは天井が崩れて、日差しが差し込むフロアだった。そして、そこで目を開いたまま、微動だにしない人たちがまるで彫像のように立っていた。
先生が中心に立っており、他の人たちはよくよく見るとクラスメイトたちだ。さっき信徒となったクラスメイトも立っており、寒さに震えることもなく、眠っているわけでもなく、肌が寒さで真っ赤にもなっていないし辛そうにも見えない。
「彼らが何をしているのか分からない。1時間か2時間、彼らはあそこにじっと立っているんだ」
「うへぇ……信徒になる代償があれなら、絶対に信徒にはならないよ」
あたしたちは顔を見合わせて、再度信徒には絶対にならないと心に誓い、そっとその場を離れるのであった。
石ころのように見えないはずのあたしたちを、彫像のように立っていた先生の目がギョロリとこちらを見たことも気づかずに。
◇
「け、結構簡単に見つかるもんだね、ブラックスライム」
声音に恐怖を混ぜつつ、オフィスの一つを覗き込む。ブラックスライムがどこにいるかは簡単で、単にスライムが群生しているところを見つければ、必ずそこにはブラックスライムがいた。どうやらブラックスライムがボスで、スライムを産み続けているらしい。
小一時間もしないうちに見つけることはできたけど……。
「塩化ナトリウムで倒せるんだね。どこにでもあるもので倒せるなんて盲点だったよ」
「ランちゃん、お塩では倒せないよ。塩化ナトリウムじゃなくて水酸化ナトリウム。苛性ソーダとも言われていて、強酸に合わせると化学反応で水と」
「大丈夫だよ、鍵音ちゃん。今は倒せるってことが重要で、お勉強の時間はまたあとでにしよう」
「説明するのはやめとけよ、本屋。数奇と勉強の化学反応の結果は赤点だろ。いつもテスト前後に本屋に泣きついてるじゃねーか」
失礼な。見野君がなぜにそう決めつけてくるのか分からないし、どうして鍵音ちゃんは哀れみの視線を向けて口を閉じるのかな? 単に覚えてもテストで覚えた個所が出ないだけだもんね。
「え~と、とりあえず話を進めていいかい? あのブラックスライムに水酸化ナトリウムを詰めたペットボトルを投げつけて、奴が吸収して溶かそうとすれば、化学反応が起こり粘体が崩れて核が露出するはず。それを狙って矢で狙い撃つんだ。僕の『超強化』は名前負けするくらい微妙な強化だけど、この距離なら当てられる程度には身体能力も視力も上がっている」
「それ、織田って書いてあるけど弓道部からパクってきたの?」
「緊急事態だから織田さんも許してくれるさ」
「そういえば、織田さんや不破さんは転移の中にいなかったね。彼女たちはどうしてるかなぁ」
転移に巻き込まれなかった友だちを思い出すが、そんな場合ではないと、すぐに気を取り直す。
「俺たちは水酸化ナトリウムが吸収されるように、ここから石とかを投げて陽動攻撃をするんだ。良いな?」
「うん! 運動なら任せてよ! ソフトボールを窓ガラスに命中させたプロ級の腕を信じてよ」
見野君の言うとおりに、そこら辺に転がっている石ころとかを拾い集めて、廊下の影からブラックスライムの様子を見る。ブラックスライムは警戒することなく、ジッとしていて、あたしたちに気づいていない。
「よし、今だ!」
「とやっ」
「てーい」
「おらぁっ」
距離にして20メートルもない狭いオフィスルームだ。あたしたちは外すことなくブラックスライムへと石ころや本などをぶつけていく。攻撃されたと感知したブラックスライムが触手を伸ばして次々と投擲した物を取り込んでいき、その中にはお水ナトリウムもあった。
ジュワッと泡立つとブラックスライムの粘体が崩れていき、水たまりのように変わって核を露出させる。あれほど恐ろしかった化け物なのにお塩に弱いとか、ナメクジかな?
「今だ、英雄!」
「あぁ、任せてくれ」
素人とはとても思えない綺麗なフォームで矢を番えると、遠藤君が弦を引き絞りブラックスライムへと矢を撃つ。ほんの少しの肉体強化と謙遜していたけど、素人では弓を使うなんて絶対に無理だから、遠藤君は凄い。
狙い違わずに矢は命中し、核が砕け散ると完全にブラックスライムは動きをとめるのであった。
『おめでとうございます。貴方はボスを倒しました。報酬として経験値100とワールドスキル『スロットチャンス』を取得します』
淡々とした機械音声が倒した瞬間に聞こえてくる。どうやら遠藤君の予想通り、あの化け物を倒すとスキルが手に入ったうえに、ワールドスキルとかなんか凄そうなスキルである。
『スロットチャンスとは脳内でスロットができる能力』
周りを見ると、それぞれ嬉しそうな顔をしているので、皆も同様にスキルが手に入ったのだろう。にしても、スロットチャンス? 運任せでハズレスキルっぽい予感。脳内でスロットができてなにになるのかな?
「わたわたわた、私はワールドスキル『悪魔契約』を覚えました」
プルプル小鹿のように震える鍵音ちゃんはなんかあたしよりも凄そうなスキル。
対して、遠藤君は恥ずかしそうに顔を押さえて落ち込んでいるようにも見える。もしかしてあたしよりも弱そうなスキルかな?
「遠藤君はなんのスキル?」
「え~と、『勇者』だね。ハズレスキルじゃなければ良いんだけど」
違った。ゲームとかでは最強クラスのスキルだった。たしかに僕は勇者ですとか告白するのは恥ずかしいよね。それに小説とかだとハズレスキルに見える主人公にザマァされる踏み台スキルに思えるけど、ザマァされても良いから、あたしのと交換してくれないかな。
見野君はというと……なぜかぼーっとして立ち尽くしている。
「見野君、どうしたの? もしかしてハズレスキル?」
あたしは仲間が欲しくて、少しの期待を込めて尋ねる。
でも、見野君はそもそも様子が変だ。自分の顔を触ったり、周りをキョロキョロと見渡して、なぜか愕然と驚いているようだった。
「こ、ここは? なんだ、これ、これがワールドスキルの力だったのか? ……数奇、今は俺たちは何しに来てるんだ?」
あたしの肩を掴むと血相を変えて尋ねてくる。
「え!? どうしたの? 今ブラックスライムを倒したところでしょ。なになに、ハズレスキル? 大丈夫、あたしも『スロットチャンス』とか言うへんてこなスキルだから、仲間はいるから安心して」
うんうん、誤魔化さなくても良いよ、ハズレスキルだから言いたくはないんだね。ここにも仲間はいるから安心して。
と、思ってたのに、見野君は鈴木君と佐藤君に顔を向けると叫ぶ。
「この時かっ。鈴木、佐藤、そこから離れるんだ!」
「は? なにを」
なぜ唐突に叫ぶのか分からずにキョトンとした鈴木君と佐藤君だが━━。
光線が飛んでくると、2人はみかんへと変わってしまった。
「んふふ〜、学校をサボるとはいけませんねぇ。君たちは腐ったみかんというわけですねぇ」
そして、廊下の奥からにちゃりとした粘質的な声が聞こえてきて、先生が姿を現すのであった。
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