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異世界でマーモットの王となりました  作者: バッド
2章 人間たちは

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40話 神農

『神農の信者になりますか?』


 感情の籠もらない淡々とした機械音声が脳内に聞こえてきた。事務的な手続きにも思える簡単な言葉だが、簡単にうなずいてはいけないことをあたしはマジかマギカというアニメを見て知っている。取引というものは、美味しい話に見えれば見えるほど、後々に後悔するものなのだ。それに神様を信じるというものはどうにもあたしには合わない。


『いいえ』


 拒否の言葉を思い浮かべると、あっさりと声は聞こえなくなる。まるで通行人にティシュ配りをするように、アプリゲームのポイント稼ぎに見る宣伝のように、大多数に向けた熱意の全くない誘いだ。だが、その誘いにはどことなく胡散臭いものがあり、様々な詐欺メールなどを見てきた現代っ子のあたしたちは引っかかるわけもなく、努めて無視をすることに決めていた。━━2週間前までは。


「はい、どうやら今日は神農様を崇める同志が一人誕生しました。皆さん拍手を」


 先生がケロイド状の火傷の顔を引き攣らせて、喜びで口元を歪めると、ぱちぱちと拍手をする。拍手に促されて、寒さに震えながら立ち上がるクラスメイト。こんな怪しげな勧誘でも、信者になると選択してしまったのだ。


「はい。彼はこれより神農様の忠実なる信者として、我らが同志として、私こと農王が洗礼を致します。よくぞ決意しましたね、考え抜いて信者となった貴方の慎重さと英邁な決断に神農は喜んでおります。さぁ、跪きなさい、貴方に祝福を与えます」


 大げさに肩を叩き褒める先生に、生徒は気まずそうな顔で跪く。その生徒の肩へと優しく手を触れると、先生が日本語ではない言語で呟き、生徒の身体は神々しい光に包まれるのであった。


 眩しい光だが、目を痛めない優しい光が収まると、生徒は照れた顔で立ち上がると、喜びの表情で自分の手や顔を触って、先生へと尊敬の視線を向ける。


「す、凄いです。さっきまで寒くて凍えそうだったのに、今は暖かいくらいだし、お腹が減っていたのに、今はまるで空腹感を感じなくなりました!」


「そうでしょう、そうでしょう。これこそが神農様のお力であり祝福です。これからの貴方は悩むこともなく幸せに生きていけると約束しますよ」


「えぇ! 今まで悩んでいたのがウソみたいにスッキリしています。こんなことなら早く神農様の信徒になれば良かった。皆も早く神農様の信徒になろうぜ。今の僕みたいに幸せで心が満たされるから!」


「良きかな、良きかな。この子の言うとおりです。ですが、私は強制はしません。心から神農様を崇めることを決めた時、我々は同じ仲間となるのですから」


 興奮気味のクラスメイトは、さっきまでの辛そうな表情は欠片もなく、先生も優しく言ってくる。その雰囲気はどう見ても更生した不良を喜ぶ先生との光景にしか見えない。


(どこからどう見ても怪しいっての。幸せしか感じないなんて洗脳じゃん。あたしは絶対に信徒なんかにならないかんね)


 普段なら絶対に断るであろう神農の勧誘は日に日に増えていた。学校に備蓄されていた災害用の非常食は冷たいしまずいし、冬の寒さは雪が降り続く極寒の寒さだ。最初は拒否していたクラスメイトたちも、一人、また一人と信徒となっていた。


 寒さを感じることもなく、空腹になることもないらしい神農の信徒は今の状況を見ると、羨ましい。先生は強制をしないところから、信徒となっても大丈夫ではないかとの希望を持たせてくるところが狡猾である。

 

 学校全体で150名程いるが、今は50名程が信徒となっている。信徒となって、なにか人が変わったかというと、神農を礼賛するだけで、後は以前の性格のままだったことも信徒となる忌避感を薄れさせていた。このままだと冬が明けるころには全員信徒となっているかもしれない。誰しもこの冬に耐えることは厳しいのだ。だからこそ時間の問題と脳裏によぎりゾッとしてしまう。


「神農様の教えをしっかりと覚えていくのですよ。国語? 数学? 物理に歴史? 全て必要ありません。必要なのは農業学。貴方たちは、そして子々孫々に至るまで、農業学だけを学び、他のすべてのゴミのような知識は捨てるのです。良いですか? 無知こそが幸せに繋がるのです。最終的には農業学以外の全てを抹消します」


 苗の作り方や畑の耕し方を説明する先生は元は物理の先生であったことは完全に捨てて、熱心に農業学だけを説明していく。


 先生の言い分は、農業以外の全てを捨てることであり、人類の文明を捨てるということで、どう考えても幸せな未来はやってこない。いや、元々農業以外の知識がない環境になれば、自身が不幸だとも思わなくなるだろう。


 だが、少なくともあたしは嫌だった。だが抵抗は口にできない。理由は先生が人間をみかんに変える能力を持っているからだ。ふざけた能力だが、抵抗したクラスメイトがみかんに変えられて踏みつぶされれば、誰も抵抗などできるわけがなかった。


(あたしも正直言うと限界……。この授業が終わったら遠藤君たちと相談しよう)


 授業を受けながら、密かにあたしは決意して拳を握りしめるのであった。


          ◇


「ブラックスライムを退治しに行こう」


「え!? あの酸を吐くスライムを?」


 農業のみの授業が終わり、三々五々と別れたあたしたちは、空き教室に移動して相談したら、開口一番の遠藤君のセリフは意外なものだった。


「なんで? あれってあっさりと人を溶かす強酸を吐くんだよ? どうしてそんな話になるわけ?」


 空き教室にいるのは遠藤君、見野君、鍵音ちゃん、そしてあたしだ。皆が意外な提案を口にする遠藤君に注視する中で、眉を顰めて理由を口にする。


「ずっと考えてたんだ。先生はブラックスライムを倒して、あの異様な力を手に入れたんじゃないかなって。僕らはスライムを倒して、よく分からないスキルを手に入れたよね? でも、そこまで強力なスキルじゃない。より強いブラックスライムを倒せば、先生のようになにか強力なスキルが手に入るんじゃないかな? 学校から出て廃墟ビルの一つや二つを調べればいると思うんだ」


 ゲームみたいな話だけど、それを言ったら今の状況がゲーム世界みたいなものだ。たしかにあの黒いスライムは他のスライムとは別格の強さだったので、一理あるかもしれない。


「待て待て待て。たしかに遠藤の言うとおりかもしれねーよ? なんとなくだけど、先生みたいに強くなれるかもってな期待もある。だけどよ、外は下半身が埋まりそうな程、雪が積もってるんだぜ? 雪が積もる前にいたゾンビたちだって、凍りついて動けないんだ。それなのに俺たちが軽装で外に出るなんて吹雪のヒラヤマの中でマーモットを探すようなもんだ。自殺行為だろ」


 腕組みをして壁に寄りかかりながら見野君が言うが、たしかにそのとおりであり、雪が降る前、人をみかんに変える能力を持つ先生を恐れて、あたしたちは外に逃げようとしていた。だけど、いつの間にか周辺はゾンビが徘徊しており、慌てて学校に戻ってしまった。当時、先生は力を手にした余裕からか、人をみかんに変えるのを抑えていて、非常食を配ってくれたものだ。その裏には神農の信徒を増やすという企みがあったとしても。


 その時、目先の安全と食料に安心せずに、恐怖を押さえて逃げていれば今みたいな状況にはなっていなかった。雪が降り積もりゾンビが凍りついて、学校に閉じ込められたあたしたちは、最初の選択を誤ったことを理解した。


「僕もなんの計画もなしに外に出ようとは言わないよ。この2週間、僕は先生たちを観察してたんだけど、彼らは午前で授業を終わらせると、外に出かけているんだ。本屋さんの能力で尾行したら、彼らは密かに雪を踏み固めて裏道に歩ける程度の道を作り、外に出ると廃屋や廃ビルの中を巧妙に移動して中にいるブラックスライムを倒している。僕としては経験値稼ぎみたいなことをしているのではと推測してるんだけどね」


「わたわたわた、わたひの『認識阻害』は手を繋いでいる相手にも効果でる」


「で、観察してわかったんだけど、数匹倒すと、なんらかのスキルが手に入るらしく、先生は手のひらから炎を出せるようになっていたよ。他の信徒たちも最初に信徒になった人は、氷や石礫を生み出せたりしてる」


 なんと鍵音ちゃんと一緒に探索をしていたのか。仲間外れにされて少し嫉妬するけど、それ以上に二人の勇気に感心してしまう。たしかに鍵音ちゃんの認識阻害はチートな能力だけど、それでもゾンビや化け物に見つかったら終わりだと簡単に予想できる。


 二人の頑張りを無にするわけにはいかないし、あたしも頑張るところだ。


「わかったよ。それじゃ、ブラックスライムを倒すと経験値的なものが貰えると期待して、あたしは参加する。このままここにいてもろくな未来になりそうもないし」


「……しょうがねぇ。お前らだけだと無茶をしそうだしな。分かった、俺も行く。神農様を万歳三唱する人生はお断りだ」


「決まりだ。それならすぐ行こう。観察していたところ、先生と信徒たちはちょうど今頃、廃ビルで1時間くらいかかしのように立っているんだ。その時は意識がないらしく、よほど大きな音を立てなければ、大丈夫なんだよ」


「ブラックスライムの倒し方はかんこんこん」


「ゆっくりでよいから説明してね、鍵音ちゃん」


 謎の鳴き声をあげる鍵音ちゃんの頭を撫でながら、なんとなく気を緩めて笑みが浮かんでしまう。今までの絶望の未来を打ち破れる方法が細い糸といえど出てきたのだ。


 そうしてあたしたちは急遽外に出ることに決めた。ぶっちゃけ思いつきからの計画もほとんどない雑なプランだけど、明日のあたしが神農の誘いを断わることができるか自信はないから。


「準備はどうするんだよ? あのブラックスライムは一撃食らっただけで致命傷だぜ? なにしろ強酸を飛ばすんだからな」


「ここは学校で、理科室があるだろう? 水酸化ナトリウムを少し持ってきたんだ。鍵がかかってたけど、こっそりと開けておいた」


「水酸化ナトリウム? そんなのよくあったな、やるじゃねーか、英雄。おっしゃ、それなら行けるかもな、人間様の知恵を化け物に見せてやろうぜ」


 見野君の問いに、いたずらそうに笑う遠藤君が戸棚を開けるとポリタンクが入っていた。まじめな人だと思ってただけに意外で、見野君がニヤニヤと笑って遠藤君を肘でつつき、鍵音ちゃんもコクコクと頷き興奮気味だ。

 

 たしかにこれならブラックスライムを倒せるよ。人間の英知をみせてあげよう!


 ……水酸化ナトリウムを使うとなんでブラックスライムを倒せるか、誰か後で教えてね?

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― 新着の感想 ―
 脳内インフォメーションの“声”の雰囲気がマーくんのと全然違うJKランちゃんへの機械的なインフォメーションメッセージ(´・ω・`)モフモフ毛玉のマーモットに注目してた“適当なる神ハルカさま”とは別件の…
「水酸化ナトリウムを使うとなんでブラックスライムを倒せるか」必要だったのは元物理の先生じゃなく化学の先生だったのかー←根っ子で勘違い。
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