39話 学校
━━地獄絵図。まさに名前のとおり、その時からあたしたちの地獄は始まった。
先生は黒いスライム、後にブラックスライムと名前を付けた化け物との戦いを勝利した。どうやら教壇を盾代わりにして無理矢理押し潰して倒したらしい。ほとんど奇跡のような勝利で、その代償は身体の2割の皮膚が溶けたことだ。だが、代償以上の能力を先生は手に入れた。
そして、あたしたちも先生を見殺しにした代償を支払うこととなった。
◇
━━大地震であたしたちの街が崩壊してから2週間後。
廃墟に雪が降り積もり、外は真っ白となり、極寒が世界を支配する冬の季節となっていた。豪雪地帯など、あたしはテレビでしか見たことのない風景に、溜息しか出ない。寒さで吐く息は白く、肌は霜焼けになりそうなほどに真っ赤で、友だちの中には寒さから来る痒さを我慢できずに、肌に爪痕を残す人も多い。
「ねぇ……ここ本当にあたしたちの住んでた場所じゃないのかな。こんなに雪が降るわけないし、外が廃墟になっているわけないし、いったいここはどこだと思う?」
教室内でジャージを何枚も着込んで寒さで歯を鳴らしながら、涙交じりに呟く。教室内にいるのは10人程度だけど誰もおしゃべりする気力などなく、あたしの呟きは小声であるのに、やけに教室内に響く。
「分からない。昔、学校が核戦争後の未来に飛ばされる漫画を見たことあるけど、こんな感じだったよ。外は廃墟になっていて、大きな虫とかが跋扈している恐ろしい世界観だった」
隣に座る遠藤君が難しい顔をして、窓の外の降りやまない雪を眺める。その淡々とした口調は、口にしている内容があたしたちに降りかかっている異変と同じだと考えているようだった。
遠藤英雄君はキリッとした顔立ちで、清潔感はあるが必要以上におしゃれをしないので、平凡なグループにいる人だ。部活はやっておらず引っ越しのバイトとか力仕事を必要とするバイトをしているので、重い物などを運んでもケロリとしている。クラスでも普通におしゃべりをする仲だけど、この異変を前にパニックに陥らないだけで、なんとなく安心感を覚えてしまうので、最近は一緒にいることが多くなっており、仲が良くなっている。
「悔しいが英雄の言うとおりかもしれねーぜ。俺たち、未来に来たのかも。しかも数百年とか経っていそうだ。ほら、雪で積もっているから分からねーが、降る前は廃墟の中に普通に生えていた植物が目に入ったからな。核戦争後だとしても、もう放射能の影響も無くなるほどに未来に違いねぇ」
茶髪の男子が頭の後ろに手を回して、重苦しい空気を変えようと軽い口調で話に加わる。だが、その目論見は失敗に終わり、誰も話に続くことはないので、その様子を見てため息を吐き前髪をかき上げる。
見野麻生君だ。茶髪でも目立たない普通の顔立ちで異変前はあまり記憶にない。平々凡々で異変前も軽そうな雰囲気で、遠藤君と一緒のグールプにいたことだけ覚えていた。
「核戦争後……たとえそうだったとしてさ、あたしたち戻れるのかな? もしも核戦争で滅びる運命だとしても、あたしは元の時代に戻りたいよ……。おとーさんやおかーさんに会いたい。それに……気になることはそれだけじゃないの。ねぇ、学校には300人くらいいたよね? なんで半分もいなかったの?」
落ち込んでうずくまりそうになるのをギリギリで耐えて話を続ける。ここで顔を俯けたら、二度と顔を上げられないような気がして怖かった。
「こここここ」
鶏の鳴き声のような呟きが返ってくる。どこにもいないのに声だけ聞こえてくるというホラーな展開だけど、この声がどこから聞こえてくるか、もう知っているあたしは動じない。異変前からじっくりと話を待つのが最善だとあたしは知っている。
「こここここ?」
「ここ、未来じゃ、ないと、あ~、コホン。未来じゃないと思う。異世界転移の可能性があると思います。だから、転移対象にならない人たちは元の世界に置いてけぼりになってると思うんです」
「その根拠はなんなんだい?」
穏やかな声で話を促す遠藤君に、空間が歪むと一人の女子生徒が姿を現す。まるで気配はなかったし、光学迷彩のように空間が不自然に歪むこともないのに、その女子生徒は唐突にあたしたちの前に出たのだ。とはいえ、あたしたちは知っているので、驚くことはないけど。
「ほら、この『認識阻害』スキルです。そこにいるのに、誰も気にもとめない。まるで路傍の石のように私を認識しないんです。え、えへへ、前からそうだったかもしれないけど。そう、私は路傍の石、石ころ帽子をかぶらなくても石ころ以下の存在」
途中から自虐で暗い顔で落ち込むのは本屋鍵音ちゃん。あたしの友だちで、前々から何事にも否定的な暗い性格で自虐的だ。高校入学の時に友だちになった時は幽霊のようなボサボサの髪におしゃれゼロの悪霊感満載のいじめられっ子候補ナンバーワンの子だった。でも、なにかと気づく良い子で、私が鞄に着けていたお気に入りの小さなぬいぐるみを落とした時に遅くまで一緒に探してくれて以来お友だちになった。
「はいはい、鍵音ちゃん、今のあなたがそんなことをいうと、また女子生徒が苛つくから、外見に対する否定的な言動はお口チャック」
「う、うん。りょりょりょ」
「りょは1回。なんけ怪しげな笑いに聞こえるから」
小さく敬礼して縮こまる鍵音ちゃんを見て、クスリと微笑み、彼女を守らないとと保護欲を喚起させて責任感からなんとなく心が軽くなる。
鍵音ちゃんはお友だちになってから、あたしが外見は大改造した。髪は肩で切りそろえて、顔がよく見えるように、前髪は短めに。背筋を伸ばして歩くようにしてもらい、服装もチェックして真っ黒なジャージばかりだったのを今時の可愛い服装に。
そうするとあら不思議。お肌はなんの手入れもしていないのにツルツルで、保護欲を感じさせるおっとりとした瞳とちょうどよい高さの鼻にちょこんと桜色の唇、小顔も相まって美少女が生まれた。なにかの漫画に影響されているらしく毎日筋トレをしてるので、腰はほっそりとしており豊満な胸と、モデル並みの身体つき。
あら不思議。学校でもナンバーワンと言われる美少女が爆誕したのである。自虐的な暗い性格を余裕で無視できる外見の持ち主となったのだ。手掛けたあたしは悔しさもあるけど、それ以上にこの美少女はあたしが育てた満足感が大きいので、下心を持って近づく男子はシャットアウトである。この子はあたしが育てたんだから、つまらない男に掻っ攫われるわけにはいかないもんね。
あたしの作った最高傑作を前に思わず力説してしまったけど、鍵音ちゃんの言いたいことはわかる。
「スキルなんて超常の能力があるんだもんね……まるでゲームみたい」
「そういやそうだったな。俺の能力は目に見えないからいまいちピンと来ねーんだよな」
「僕もそうだ。たしかに力がついた感じはするけど実感はわかないな」
「あたしたち元の世界に戻れたら、それぞれ最強のスキルなのに残念だよね」
見野君は『絶対記憶』。一度見たものは忘れないスキル。遠藤君は『超強化』。身体能力が跳ね上がったらしい。そして、あたしは『幸運』。1日1回だけ、なにか幸運なことを引き寄せるか、命の危機に自動的に発動するスキルだ。見野君はテストは楽々だろうし、遠藤君はどんなプロスポーツでも簡単にトップになれる。あたしも宝くじを買う時に使えばお金に困ることはない。
鍵音ちゃんのように物事を変えるスキルではないので目立たないがたしかにスキルを持っていた。こんな能力はタイムスリップでは絶対に手に入らない。
「とすると……異世界転移ってやつか。そうなると外の様子が繋がらねーんだよ。わかんねー」
苛立ちながら頭をかく見野君だけど、あたしたちも同じ考えだ。異世界転移であるなら神様が説明してくれたり、王女が出迎えてくれるのではなかろうか。これではなにが起きているのかさっぱり分からない。
「……スキルを手に入れた時、それにスキルを意識して説明を求めるとどこからか声が聞こえてくる。たしかに鍵音さんの言うとおりかもしれない。それにしてはたちが悪い不親切な仕様だと思うけどね」
「ステータスボードとか出てくれば良いのに、声が聞こえてくるだけだもんな。しかもスキル名を覚えていないと、返事も来ないと来た。この不親切な仕様で、ほとんどの奴らは自分のスキルがなにかもわからねーじゃん」
遠藤君と見野君の言うとおりだ。あたしは『幸運』が発動するたびに脳内に発動メッセージが聞こえてくるけど、遠藤君や見野君は最初にスライムを倒した時以来、スキル名を正確に口にしないと、脳内に返事は来ないらしい。
スライム退治の時は大混乱で、脳内に聞こえてきた内容など聞き逃した人は多い。そういう人たちは自身のスキルがなにかも分かっていない。役に立つスキルかは分からないが、それでもないよりはマシだ。
現状を解決させるような凄い力はないとは思うけど……。
さらに話をしようとするあたしたちだけど、乱暴にドアが開かれることにより中断させられた。
「はぁ~い、皆さん元気ですかぁ? 私は今日もとても元気でぇす。本日も勉学を頑張りましょう。ここでサボると一生苦労しますよ?」
空気を読まない元気溌剌な声を上げ、革靴をカツンカツンと音を立てて入ってきたのは物理の先生だった。いや、もはや元先生と呼んだほうが良いかもしれない。
静まり返る教室内で、ブラックスライムに溶かされてケロイド状となっている顔半分を気にもせずに、以前からは想像もつかない明るさであたしたちを見渡すと、唇が欠けて歯茎が剥き出しになっている口元をにちゃりと笑みに変える。
それは見捨てたあたしたちの罪の象徴として、そして悪夢の世界を支配する主としての笑みだった。授業で騒いだり、逆らうと情け容赦なくみかんに変えられて潰されるので、誰も彼も黙りこくり俯く。
「さて、今日も我が神、『神農』様に祈りを捧げる時間です。死ぬ気になって、祈るのですよ、我が愛すべき生徒たちよ」
軽口を叩く者などおらずシンとした静寂の世界。真面目に授業を受けるのが本来の学校のあるべき姿を見て先生は教壇を軽口を叩く。
「良いですね。ようやく皆さんも先生を敬う意識が生まれたと見える。では、神農様に祈りを捧げ本日の授業を始めましょう。田畑についての授業を始めます」
なぜ倒れないのか不思議なくらいの怪我を負っているのに、まったく痛みがないように嗤う先生にあたしたちは黙ることしかできなかった。
『神農の信者となりますか?』
そして、毎日聞き飽きた声が脳内に問いかけるのであった。
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