27話 ゴブリン
「てめぇら、見ろ、この姿を。今まで威張って顎で俺らをこき使っていた聖者の姿を!」
廃ビルの一室で、聖者と名乗る浦木にこき使われていたゴブリンのリーダーであるブレイクは、誇らしげに浦木を指し示す。
部屋の奥地には、頭を槍で貫かれた浦木が掲げられており、その顔は白目を剥いて舌を突き出し、苦悶に満ちている。既に命の灯火は消えており、本来は世界を騒乱に追い込むだろうワールドスキルを持っていた男は、あっさりとゴブリンに殺されていた。
「聖なる者、聖なる者。聖者たる存在は我らを家畜よりも酷く扱き使い、使い捨てにしてきた。だが、この姿を見よっ! これが聖者の成れの果て。なにもできないことを我らに教えてくれたのだ」
「うぉぉぉ!」
「うぉぉぉ!」
「うぉぉぉ!」
部屋に集まっているゴブリンたち。通路にまで押し寄せて、朝の電車ラッシュのように引き締め合っているゴブリンたちが興奮して雄叫びをあげる。
「聞け、同志よ。今まで我らは派遣として正社員に蔑まれてきた。同じ仕事をしても、給料は段違いに差があり、有給を長く取れば、クビにするぞと脅されて、退職金もなければ福利厚生もない。正社員よりも使えない奴らだから当たり前だろと言われてきた」
演説を続けるブレイクに、興奮していたゴブリンたちは口を噤み、頷きながら聞いている。
「だが、それは本当だろうか? 派遣の緩和を取り入れた時には確かにそうだったかもしれない。しかし、長年派遣を使い続けてきた結果、実は立場は入れ替わっていたのだ。正社員は既に自身が管理するべきシステムを概要も分からなければ、操作の方法もマニュアルすら作れない。ベテランの派遣に全てを任せているのだ」
一息つくと、ブレイクは嗤う。
「奴ら正社員は恐れている。既に自分たちは仕事ができないと脳の片隅で理解しつつ、もはや手に負えないと悟りつつも、正社員だからと薄っぺらいプライドで己を守り、ベテラン派遣が辞めることを心底恐れている! それが今証明された! この浦木は全く役に立たないことで!」
ゴブリンたちの面々を見渡して、誰もがそのとおりだと納得している様子を見て、息を深く吸うと叫ぶ。
「ならば、我らは力にて全てを支配する単純な世界で生きよう。力によりその地位を守れる、力があれば上を目指せる。平等なる力の世界を作るため、俺は『ハーケーン帝国』をここに建国することを宣言する! 俺が初代ゴブリン皇帝ブレイクだっ!」
「うぉぉぉ、ブレイク、ブレイク!」
「皇帝陛下バンザーイ!」
「力の世界を! 力の世界を!」
熱気は最高潮となり、一斉にブレイクを称えるゴブリンたち。負の想念の集合体にして、ボスであるブレイクは満足そうに頷くと、最初の指令を口にする。
「では、我らは我らの城を手に入れるため、最初の目標はショッピングモールとする。たしかに手強い敵が守っているようだが、我らが力を結集すれば負けることはない! 諸君、ハーケーン帝国の初陣である!」
終わらぬ歓声の中で、ブレイクは満足げに笑うのであった。
◇
「陛下、ゴブリンシャーマン20匹、大剣ゴブリン20匹、ホブゴブリン100匹、ゴブリン1000匹、全軍揃いましたゴブ」
「うむ、ショッピングモールにはアサルトライフル持ちが複数いる。なので、軍を四つに分ける。北、南、東、西。調べたところ、正面玄関は南にあり、裏口が北、東と西は小さな入り口があるようだ。ショッピングモールの扉など簡単に破れるから人間共は防衛するしかねぇ。しかしアサルトライフル持ちを四つの防衛に回せば戦力は大幅ダウンする。どこかの部隊が防衛線を突破すれば、朕の勝ちだ。内部に入りこめば、もはや人間共は混乱し、統制の取れた戦闘は継続不可能となるだろう」
「はっ! 我らにお任せをゴブ!」
「一番に突入するのは俺だぜ」
「クククッ、中には大量の食いもんがあるんだろうな」
「犠牲は最低限に抑えろよ? ここから先も朕らは戦いを続けなくてはならぬのだ。アサルトライフル持ちは大剣ゴブリンたちを前面に出してゴブリンシャーマンたちを支援に回せ。弱兵を使って無駄に犠牲を増やした奴は朕が殺す。覚えておくんだな」
「了解しましたゴブ!」
信頼のできる配下が敬礼するのを見て、ブレイクは手を振るう。
「では、戦闘を開始せよ。朕は正面玄関を担当する!」
そうして、ハーケーン帝国を建国したブレイクは自らを朕と呼び、ゴブリンたちの軍団はショッピングモールを攻めるのであった。
◇
ブレイクに自我が生まれたのは、8日前の世界動乱の時であった。ビルの一室で目覚めたものだ。そこはオフィスであり、人材派遣会社の一つであった。
その心は人間に対する憎しみで満ちていた。多くの人々の憎しみ。その中でも専門スキルを持たないが、長年働いて専門スキルを持つものと同等の能力を持ち、本来ならばその待遇に相応しい扱いをされる者たち。それらの人々が派遣社員として、安月給とブラックな環境で働くことによる世の中への不満と派遣先の能力を持ちもしないのに、給料を始めとして、全てが優遇されている正社員への憎しみが集まった魔物だ。
その負の想念は凄まじく、優れた肉体と魔力を持つ存在となった。
だが、自身の能力を試して慣らしているときに浦木に出会ってしまった。『聖者』の力は凄まじく、なぜか彼の言う通りにしなくてはと考えて服従したものだ。
だがそれは先入観から来るただの錯覚だと、浦木のボロボロとなった姿を見て察したのだ。俺たちは強く数も多い。聖者などに顎で使われるゴブリンではなく、己の足で歩んでいけると。
だからこそこの世界では力で決める帝国を作る。栄光の帝国はこの日より始まるのだ!
誰もが寝静まる夜更け。この世界では光はなく、空の月明かりだけが頼りとなる。人間では行動不可能となる夜こそゴブリンの『暗視』を使う時。
絶対の勝利の確信を持ち、初代皇帝ブレイクは突き進む。その先にある栄光のために!
「かかれぇっ! 今ぞ好機ッ、敵は寡兵、朕の軍の力により押し潰せっ! 戦功を挙げたものは望むがままを手に入れようぞっ!」
だからこそ、軍を四つに分けての総攻撃をした。喉が枯れんとばかりに大声で叱咤し、褒賞をぶら下げて、ゴブリンたちの戦意を高める。
「ゴブーっ!」
積もった雪を泥だらけにして、ゴブリン軍は嗜虐の笑みに顔を染めてショッピングモールに襲撃する。
「オデコドモナイゾウホシイ!」
「ワカイオンナワカイオンナ」
「メダマトクチビルウマイ」
片言で悍ましい欲望を口にしながらゴブリンたちは正面玄関に攻め寄せる。対する人間たちはたったの二人。こちらの怒号にようやく気づき、襲撃の叫びをあげ始める。
(見たところ、見張りは平凡な鉄の槍と鉄の鎧。アサルトライフル持ちはいないか。それとも弾が切れたか? なら恐れることはない。突撃して一気にかたをつける!)
ブレイクは冷静に敵を観察し、突撃を指示する。この数ならば、あの程度の凡百の兵士など相手にならない。
自分よりも弱者であるか、優位であることを知り、ゴブリンたちは兵士に襲いかかろうと━━して目標を変えた。
「ウヒヒヒ、ナンテウマソウナデブリスナンダゴブ! オイラガイタダキ!」
「オデタベルマルカジリ」
「ヤイテクウ。ヨダレダラダラ」
ゴブリンたちの目には、人間よりも片隅でぼーっと立っているマーモットがあった。片手で掴んで齧りつくのにちょうどよい大きさの小動物は、野生味が全くゼロなのか、警戒することなく虚無の瞳でゴブリンたちを眺めていた。
ペットだから、誰かに傷つけられるなど想像もしていないのだろう。そう考えたゴブリンたちは我先にと手を伸ばし━━。
スパ
なにかを切る音がして、不思議に思い顔を見合わせる。
「アレェ、オマエウデナイ」
「オマエナンカカラダワカレソウ」
ゴブリンの腕が綺麗な断面を残し地に落ちて、袈裟斬りに切られた者はだらりと2つに分かれて倒れ伏す。
「ギャッ、ギャァァァ!」
「まきゅ」
悲鳴をあげるゴブリンの首が飛び、腹を裂かれて、鮮血が舞う。
スパスパスパ
ゴブリンたちを青白い光が通り過ぎると、次々と切られていく。
「ナニ、ナニガ!?」
「まきゅまきゅ」
そうして、なにか小さなものがゴブリンたちの間を縫うように走り抜けていき、恐怖の叫びが木霊する。虐殺が始まった。なにが起こったのかも分からずに、ゴブリンたちはオタオタと慌てるのみだ。
「コ、コノチイサナモノガゲンインカッ! コレデモクラエッ、アデッ?」
ホブゴブリンが走り抜けるなにかに拳を突き出し、突き出した体勢で首が切られて空中に飛ぶ。
集団の中を走り抜けるのはマーモットだった。動きにくそうなデブリスの癖に、目を追うことが難しい速さで走り、魔力で形成した青白い爪を伸ばして、次々とゴブリンたちを倒している。
「落ち着けっ! そいつはマーモットだ。ほんの小さな動物だぞ。慌てることなく囲んで倒すのだ。シャーマン、石礫を使え。まずはマーモットの動きを止めるのだ!」
相手の正体を見抜いたブレイクは、動揺を露わに慌てて命令を下す。食べきりサイズのお肉だと思っていたらとんでもない。相手は化け物だった。
「カシコマリマシタ、『石よ、マナの力を得て、敵を貫く礫となれ!』」
『石礫』
ゴブリンシャーマンが魔法を唱え、拳程度の石礫が十個ほどマーモットに向かっていく。いかに素早くとも、魔法は強力な追尾性能があり、回避するにはよほどの素早さが必要か、魔法を妨害する防御魔法が必要だ。
(あのマーモットは使い魔とかいう奴に違いない! アサルトライフルで負けた? 浦木の野郎、嘘をつきやがったな! あの化け物デブリスに負けたに決まってる!)
明らかに魔力を使いこなしているマーモットたち。あの様子だと魔法障壁すらも持っているだろうし、小動物の素早さはホブゴブリンでも追いつけない。ならば魔法で足止めをして、その間に飽和攻撃で倒すのみとブレイクは計画した。
その作戦は普通のマーモット相手ならば有効だったろう。
━━だが、目の前のマーモットたちは普通ではなかった。
ピタリ
マーモットが小さな手を向けると、目掛けて飛んでいく石礫が空中でピタリと停止する。
「ど、どうした?」
「マホウノセイギョヲウバワレマシタ! シ、シンジラレ、アベゴブッ」
ゴブリンシャーマンの頭に石礫が突き刺さり、ブレイクの眼の前で倒れる。
信じられないが、あのマーモットは敵の魔法すら操作できるようだと、ブレイクに戦慄が奔る。
狼狽えるブレイクを前に、ゴブリンたちが倒されていき、ホブゴブリンも相手にならず、大剣ゴブリンは大剣を空振りして膝をつく。
「くっ、残りの部隊を戻してこいっ! あの化け物を倒すのだっ!」
栄光なる帝国の初陣。建国史に残るだろう伝説の始まりに暗雲が漂うのであった。
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