26マモ 追いかける?
ポカーン
カサカサと蜘蛛の脚を動かして浦木は逃げていった。俺たちはお口を開けて、その様子を茫然と見送ってしまった。だって、あまりにも予想外すぎる。
「なんだあれ? ジオン◯ヘッド?」
「なぜにガンドムをガブが知っているかは分からないけど、俺も同意するよ。あいつ人間なの? 魔物の間違いだろ」
びっしりと繊毛の生えた紫色の蜘蛛の脚は背筋がゾワッとなりそうで、幻とかではなく本物にしか見えない。カサカサと蠢く姿は目を逸らしたいホラー的な怖さを感じさせてくれる。
「どこらへんが聖者なんだ?」
「どこらへんが聖者なんだ?」
奇しくも二人揃って同じ疑問を口にする。だって、普通の人間は頭だけになったら死ぬからね! 少なくとも蜘蛛の脚を頭から生やして逃げる化け物を人間だとは誰も思わない。
「っと、急いで追わないと! ああいうエネルギー吸収タイプは逃すと面倒くさい強敵になるんだ!」
「そ、そうだな。天マとなった俺様なら気配で敵を探知できるんだぜ。むぅーん、キ配を感じるぞ、そこだぁ!」
こめかみをお手々で撫で無でして、ピキンと感じたガブが弾丸のように飛び出すと、通路の影にいるものに猛然と噛みつく。
だが、その顔は歪み、お鼻をヒクヒクさせてキュイと鳴く。
「ハズレだ。あいつ、デコイを使って逃げたぞ! ここは俺様に任せて、先にいけ、マーリン! シャクシャクシャクシャク」
「ガブを置いて行けるはずないだろ! 俺もそいつと戦う! シャクシャクシャクシャク」
悲壮の覚悟で俺のために犠牲になろうとするガブだが、仲間を置いて行くなんて俺にはできない。今世では仲間を絶対に守ると誓ってるんだ。
影から現れたキャベツン。他にも続々とダンジョンモンスターたちが集まってくる。もう夜中だから、放置されていたダンジョンモンスターたちが集まってきていた。恐らくは浦木が誘導してきたのだ。なんて狡猾な奴なんだ、マーモットのピギーと甲高い鳴き声に釣られて集まってきたとかではないはず。
「これだけのモンスターたちをガブ一人だけに任せるわけにはいかないよ。カリカリカリカリ」
「人参も美味しそうだな、ガリガリガリガリ」
キャベツンや忍参、ジャガ岩と多くのモンスターと激闘を繰り広げた俺たちは、倒し切るのに十分以上かけてしまうのだった。けぷっ、もう食べられないや。
━━恐るべきモンスタートラップを攻略して、俺たちは逃げ去った浦木を追いかけていた。
「だいぶ時間を食っちまったな! 追いつけると思うか、マーリン?」
「追いつける可能性は低いけど、こんなこともあろうかと入口にルーを置いてきたんだ。浦木が逃げたら尾行するようにお願いしてる」
「おぉ、赤壁の戦いで孔明が逃げる曹操を伏兵で追い詰めたみたいな感じか。さすがはマーリンだな!」
「ねぇ、この間から三国志ネタ多いけど、誰が教えてるの? それにそれだと逃げられるからダメな例えだよ」
二人で廊下を疾走しながら進む。これでもマーモットはそこそこ速いのだ。毛皮を震わせて、ポヨンポヨンという擬音が似合いそうな走りだけど、本当に速いのだ。
すぐに入口に辿り着くと、腰を抜かして座り込む門番たちの姿があった。真っ青な顔で身体をブルブル震わせている。
「ひ、ひぇぇぇ、人間の頭が走ってったぞ!?」
「蜘蛛か? いや、モンスターか? あんな悍ましい魔物初めて見たぞ!」
どうやら浦木ヘッドが走るのを見て驚いたらしい。あのビジュアルが深夜の暗闇の中から急に出てきたら、腰を抜かすのも無理ないよ。ホラー的なインパクト抜群だし。
それよりもルーだ。あいつは追いかけてくれたかな?
『ルー。今どこにいる? 頭の化け物を見なかったか?』
『ええ、見ました。天才たる僕は、あの蜘蛛が少し怪しいと思って追跡しています。とりあえず外に出てください』
念話にてルーへと問いかけると、すぐに返答があった。あの蜘蛛は少しどころではなく怪しいと思うけど、追跡してくれてるなら良いや。ルーは俺たちが追いかけられるように印でも残していってくれたのかな?
俺たちは正面玄関を飛び出して━━。
ルーがぼーっと立っていた。マーモットは2本足で立ち、虚無の瞳を外に向けている。
「ルー!? 追いかけてくれたんじゃないの?」
「あぁ、来ましたか。えぇ、追いかけていますよ。でも一つ問題が発生したんです」
「問題? 浦木が罠でも仕掛けてきた?」
「天才たる僕にしか分からないトラップです。ほら、見てください」
そーっと足を踏み出すと、ちょんと雪につけて、ビクッと身体を震わすと後ろに後退りする。
「ね? 見ましたか?」
「何を???」
「雪って冷たいんです。こんなに冷たいんじゃ、僕の走りを見せることができないんです。恐るべき罠と言えるでしょう」
不思議に思ってコテンと小首を傾げる俺に、至極真面目な顔でルーは答える。ヒマラヤマーモットとか高山を住処にするのに、ニホンマーモットは雪が苦手らしい。
ペットのマーモットには自然界は厳しすぎる環境であったことが判明したのであった。
◇
浦木は必死になって駆けていた。
「許さん、許さん、許さん、許さん! なぜ聖者たる私がマーモット如きに倒されねばならんのだ!」
自身を聖者と信じてやまない浦木は、マーモットへの憎しみを呪詛のように繰り返し走る。頭から8本の蜘蛛の脚を生やして走る姿はどう見ても人間には見えないし、聖者どころか悪魔でもそんなビジュアルはいるまいと思われる悍ましい姿だ。だが、これも聖者の能力の一つだと、浦木は信じていた。
幸運なことに、マーモットたちは追いかけてくることはなく、深い闇に積もる雪の中を駆けていき、ある廃ビルに飛び込む。
「ゴブッ!?」
廃ビルの入り口には一応見張りという名のゴブリンたちが屯しており、いきなり現れた浦木に目を剥いて驚く。突然だろう、闇の中から生首が飛び出してくれば誰でも驚く。
しかし浦木にとっては怠慢でしかあり得なく、舌打ちをして叱りつける。
「このゴブどもがっ! 私の顔を忘れたのか? 驚く前に仕事をしろっ、貴様らの代わりなどいくらでもいるのだぞ!」
ゴブリンでなくとも、理不尽な怒りだ。蜘蛛の脚の生えた生首を前に平静を保てるものなどいない。だが、自分中心の思考しかできない浦木は怒鳴りつけるのであった。
「ちっ、ブレイクはどこにいる? 奴に用かある!」
「4カイニオリマス」
「そうか。貴様らはしっかりと見張りをしておけ! 給料分も仕事ができないのか愚図がっ!」
苛立ちを隠すことなく、カサカサと蜘蛛の脚を動かして奥に向かう浦木。その様子をゴブリンたちは見送ると、顔を見合わせて肩をすくめるのであった。
廃ビルはショッピングモール近くの比較的原形を残しているまともなビルだった。だが、今は多数のゴブリンたちに占拠されており、浦木が階段を登っている途上でもうじゃうじゃと集まっていた。その数は千匹は超えるのに、なぜショッピングモールの見張りが気づかないかと言うと、窓には板が打ち付けられて、さらに暗幕により光が漏れない様にしてあるからだ。
雪という音を吸収してしまう環境もあり、少しずつ廃ビルに集まったゴブリンたちに、ショッピングモールの人たちは誰も気づいていなかった。
この段取りは、全て浦木が考えたものだ。愚かなるゴブリンたちでは到底不可能な仕事で、自身の聖者の力があってこそだと浦木は自負している。
「計画通りならば、既にあのショッピングモールは私の手に落ちて、奴らは絶望と恐怖、そして死に対する断末魔の悲鳴をあげて死んでいたのに……クソっ」
仲の良い家族、夫が家族を守ろうと虚しく死んでいき、妻は自分の子供が生きながらゴブリンに食われる様を見て、絶望の悲鳴をあげて血溜まりに倒れる。ショッピングモールは阿鼻叫喚の地獄と変わり、それらの様子を愉悦に浸りながら眺めて、負の力を手に入れる。避難民たちはお人好しで浦木を疑うことなく、計画はうまくいくはずだった。
「それなのに……。クソっ、おい、ブレイクはいるか? 緊急事態だっ!」
6階に到着すると、しっかりと武装したホブゴブリンたちが多数おり、奥に座っているゴブリンを守っている。一般人なら恐怖で逃げるだろうが、使役している浦木は特に気にすることもなくら奥に座っているゴブリンへと近づく。
「聞こえているのかっ!? ブレイク、ブレーイクッ」
「ん? 俺を呼ぶのは誰だ?」
金切り声を上げる浦木に、奥に座っているゴブリンがのっそりと目を向ける。どこからか拝借してきたのか、綿が飛び出てボロボロのソファに座り、青白い光を纏う鎧を着込んでいる。その体躯は2メートルはあり、ゴブリンよりもオーガという名が相応しく、はち切れんばかりの筋肉に守られている。顔は傷だらけで口元から覗く牙、血の跡だろうどす黒く染まる服、鋭い目つきは針のような眼光を放っている。
「おっ!? もしかして浦木様でごぜえますか? どうしたんです? やけにちっこくなっちまって、もしかしてダイエットですかい?」
「頭だけなのが、ダイエットであるわけないだろっ! これはショッピングモールにいた……特殊部隊に不意を突かれてやられたのだっ!」
デブリスに負けたと正直に言うには浦木はプライドが高すぎて、思わず嘘をつく。
「へー、そういや先遣隊はアサルトライフル持ちの日本の特殊部隊に倒されたって聞きやした。そうですか、いや、魔法障壁がなければ、少し優れた肉体なだけ。浦木様でも不意打ちを受ければ、こんなことになりやすか」
耳をほじりながら聞くゴブリンに、浦木は顔を顰めて、激昂する。あまりにも酷い態度。いつもはへいこらと土下座して話を聞いていたのに、欠片も敬う様子がない。
「ふざけてるのかっ! なんだ、その態度は! 君の代わりなどいくらでもいるのだぞ、首になりたくなければ、さっさとショッピングモールを攻めてこい。そして、私に負の感情を捧げるのだ!」
自分は聖者なのだ。選ばれし人間。
「お前ら有象無象と違って、私は聖者だぞ。この世にただ一人の聖者。錆びた歯車として存在するお前らとは存在が違うのだっ!」
「へいへい、知ってますよ、聖者様。おぉ、偉大なる聖者様。聖なる者、俺らでは決して届かぬその存在。敬うべきもの浦木様! ゲラゲラゲラゲラゲラゲラ」
周りのゴブリンたちと合わせて皆がドッと爆笑する。なにがおかしいというのか? 自分は死にかけており、笑う気分ではないというのに。
「お前らを雇ってやったのは私だぞ? 燻っていたお前らに手を伸ばして、これまで餌を用意し、武器装備を授けたのはこの私だ! 無礼だぞ!」
「へいへい、わかっておりますとも。そして、俺等が何人も死んで手に入れた上澄みを聖者様が手に入れるって仕組みも、よーくわかっておりますとも」
ニタニタと嗤うゴブリン。そして自分が怒鳴っても笑うことをやめない他のゴブリンたちに、嫌な予感がする浦木だが━━。
「聖者様。偉大なる聖者様。主人と奴隷の弁証法って知ってます? 聖者様は俺らがいなくなってなにができると思います?」
ゴブリンが背中に着けた大剣を引き抜く。半ばで折れている大剣の鈍い光が部屋の中に光り━━。
「派遣に頼りすぎてて、もう正社員じゃなにもできないんじゃないですかね?」
暗闇に肉を切る嫌な音と、浦木の恐怖に満ちた断末魔の悲鳴が響き渡るのであった。
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