23話 新たなる避難民
元ショッピングモールを拠点としたヴェア男爵率いる避難民は、積雪の前にこの拠点で暮らせることを神様と日本の魔導師様に感謝をしていた。マーモットはキャベツンが大好きなペットだと思われていた。
降雪は止むことなく、しんしんと降り続けて、地面を純白に染めていく。音は吸収されて、昼でもとても静かだ。
「ふわぁ、さみーなー。なぁ、入口に入って門番をしないか?」
「馬鹿を言えよ。今だって扉を開けたままにしているから、屋敷からの暖気で暖かいだろ。俺たちは門番なんだ、贅沢を言うなよ」
正面玄関にて立哨しているのは、ヴェア男爵の兵士だ。この雪降るなかで鉄の胸当てと鉄の槍と、凍え死んでもおかしくない装備をしているが、魔物が現れた時を考えると脱ぐわけにもいかない。
なので、玄関扉を開放しモールから漏れ出てくる暖気を浴びながら立哨をしていた。それでも寒いものは寒いので手をこすりながら、なんとか気合で立っていた。
「にしても、俺たちは幸運だったな。大魔導師様の合力で、こんな凄い城に住むことができるんだからさ。前の家なんてここに比べるとオンボロも良いところだ」
「たしかになぁ。ここなら水もあるし火も使える。トイレも綺麗だし、明かりもある。安全ていえば、以前の村よりも遥かに堅固だぜ。……でもなぁ、俺は前のオンボロ家が懐かしいよ。壁の穴からはピューピュー隙間風が入ってきて、火を起こすのも一苦労。カカアの怒鳴り声やガキのはしゃぎ声がうるさいくらいでよ」
しみじみとした口調で悲しげに言う相棒を横目で見て、男も嘆息し白くなった吐息が空中に消えていく。
「そうだよなぁ。このコンクリートの塔だらけの街はどうもしっくりとこねぇ。なんというか生気が感じられねぇんだ。日本人はよくこんな所に住んでるよなぁ」
見慣れぬビル群を見て、人気がない寂しげな光景に不気味にも思う。村では領主館くらいしか高い建物はなかった。狭いが家族たちと暮らしていける暖かい我が家。水汲みも火起こしも大変で明かりなどはなかったが、それでも今住んでいる城よりも良かった。ここは、なんというか、人の営みから来る温かみが感じないのだ。
「それでも俺たちは幸運だったよ。隣村とか大丈夫かねぇ。同じようにこんな街に押し潰されていないか心配だよ」
「隣村には俺の姉貴が嫁に行ってるんだ。落ち着いたら、隣村まで探索しに行けるように男爵様に」
「!? 待てっ! なにかが来るぞ!」
世間話をしていた相棒が警戒の目となり、槍を構える。同じように男も槍を構えると前方へと視線を移し━━顔を顰める。
ザッザッザッ
積雪を踏みしめながら、何者かがこちらに向かって走ってきているのだ。いや、走っているというのは微妙な表現だ。頬がこけて痩せ衰えた泥だらけの中年男性は疲れ切っているのか、よろよろとよろめきながら走っているが、その速度は早足の方が速いかもしれない遅さだ。
「%%%%%」
なにか叫びながら近づいてくるが、その言葉はわからない。服は破れて箇所もあり、泥だらけだが、生地は良いことがわかることから、答えは一つだ。
日本人だ。この災害に巻き込まれて、大変に目に遭ったに違いない。
そして、言葉は分からずとも何を言っているのかは分かる。
『助けて』
なぜならば、逃げてくる男の後ろからゴブリンたちが走ってきている。寒さもなんのその、裸足で積雪を踏みめても寒がることなく、男を追いかけており、時折石を投げつけたりして、甚振っていた。
「警笛を鳴らせ! ゴブリンたちだ!」
「了解だ! ほら、キャベツだぞ!」
相棒が足元でヨチヨチと雪だるまを作って遊んでいたマーモットにキャベツをあげると、抱き上げてゴブリンたちを見せる。
「ピギー!」
マーモットはゴブリンたちを見ると、すぐに警戒の鳴き声をあげる。マーモットの鳴き声はとても高く警笛のようなのだ。この鳴き声を聞いて、ほかのマーモットたちは巣穴に逃げ込む。鳴いたマーモットは物凄く目立つので、命をかける危険があった。仲間想いの小動物、それがマーモットなのだ。
耳が痛くなるほどの鳴き声が辺りに響き渡り、すぐにモール内が騒がしくなる。とはいえ、救援はすぐには来ない。自分たちがまずは防がないといけない。
「ゴブリンの数は5体! 俺たちだけで抑えるぞ!」
「あぁ、逃げているお前っ! 城へと向かうんだ。ここは俺たちが迎え撃つ!」
積雪を蹴り散らし槍を構えて突撃する。恐れはあるがそれ以上にこの門を通過されれば家族や仲間たちの命の危険となるので、走る足が止まることはない。逃げている男は言葉は分からずとも頭を下げると、門番たちの横を通り過ぎる。
その際に様子を見ると、逃げている男の姿は酷いものだった。切り傷や噛み傷だらけで、血が滲んで痛々しい。猫が鼠をいたぶるように、ゴブリンたちに甚振られたのだろう。ゴブリンたちの性悪な性格に胸糞悪くなり歯を噛みしめると、先頭を走るゴブリンに槍を突き出す。
「ふっ!」
雪で転倒しないように、腰ために槍を構えてからの一撃。狙い違わず、ゴブリンの胴に突き刺さると肉の感触が返ってくるが、気にせずにさらに踏み込む。
「げひゃあっ」
ゴブリンが胸から血を吹き出すと、断末魔の悲鳴を上げて倒れる。相棒も同じように一撃でゴブリンを倒しており、残るは3匹。門番たちの力で一撃でゴブリンを倒せたのは幸運であり、数の差が縮まったことにより、門番たちの心に余裕が生まれる。余裕は緊張をほぐし、命のやりとりのなかで、門番たちの動きを高めていく。
「ゴブ!」
「おりゃあっ、かかってこいや! ゴブリンなどものともせんわ!」
憧れの猛将の真似をして、槍をブンと振り回す。先ほどの一撃は幸運以外の何物でもなかったようで、軽い傷を与えるにとどまってしまう。
だが、ゴブリンたちは完全装備の兵士なら同時に3匹は相手をできる。残るゴブリンは3匹で、門番たちは2人。負けようがなかった。
「ギャッギャッ」
ゴブリンが錆びたナイフを振ってくるが、リーチの差を利用して槍でいなしながら反撃をする。兵士たちとゴブリンたちの差は圧倒的で、一撃では倒せないが、徐々にゴブリンたちの傷は増えていき、兵士たちへ勝利の天秤は傾いていった。
これなら救援が来る前に倒してしまうだろうと、門番たちが考えていたその時であった。
「ピギー。ピギーピギー!」
扉に寄りかかりキャベツを食べていたマーモットが再び鳴いたのだ。背筋を伸ばして2本足で立って、警戒の鳴き声をあげている。
「なんだ!? もうゴブリンは倒し終えるぞ?」
「見ろっ! おかわりがやってきたんだ!」
「なに!? くそっ、ホブゴブリンもいるのか」
ビルの影を上手く利用してきたのだろう。廃ビルの壊れた扉を殴り壊して、新たなるゴブリンたちが現れた。三人の兵士と互角に戦う強靭な身体と怪力を持つホブゴブリンと、20匹近いゴブリンたちだ。
ゴブリンたちの数も多いが、ホブゴブリンがまずい。門番たちでは蹴散らされるのがオチだ。
「おい、ここは俺に任せて、救援を求め━━」
自身を盾にして、味方を呼んでくるようにと門番が相棒に言おうとして、その横を誰かが風のように通り過ぎる。マントを靡かせて、まるで矢のような速さでゴブリンたちへと向かってゆく。
「よくぞ守った。後は私に任せなさい」
ゴブリンたちの群れに飛び込むと、剣を振り下ろす。棍棒で防ごうとするゴブリンを棍棒ごと唐竹割りにすると、続けて他のゴブリンたちも斬り殺していく。
「ヴェア男爵!」
思わず喜びの歓声をあげてしまう。彼らを助けてくれたのは自身の主人であるヴェア男爵であった。最近流行りの魔法水晶を使った魔導武器ではなく、金属に直接ルーンを彫り込み作られた装備をしている。
魔法水晶を使った武器よりも威力は多少落ちるが、量産型の魔導武器と違い頑丈さは比べ物にならない。ベドリバント男爵家が長年家宝として大事にしていたものだ。
「ごぶぶっ!?」
「この先は私の大事な領民たちがいる。貴様らのような邪悪な魔物たちに踏み荒らされるわけにはいかぬ」
鋭い目つきでヴェア男爵が告げる。
ヴェア男爵の剣技も見事なもので、剣の斬れ味と合わさって、ゴブリンたちは相手にならない。身体強化にて素早く移動しながら、慌てふためくゴブリンたちを次々と倒していく。
元々魔導装備を身に着けたヴェア男爵はゴブリン如き相手にならない。20匹程度では案山子も同然だった。
縦横無尽に暴れまわるヴェア男爵により、ゴブリンたちが駆逐されてホブゴブリンがその様子に憤怒する。
「オマエ、ココノリーダダナ、タオス」
「片言と言えど人語を話すとはな、だが、私は倒されるわけにはいかぬ」
腕の筋肉をミシミシと鳴る程に膨らませるとパンチを繰り出してくるホブゴブリン。大人であっても、その攻撃を受けたら、内臓破裂をするだろう恐るべき怪力の一撃。
だが、ヴェア男爵は盾にて軽く受け流すと、返す刀でその腕を切り落とす。積雪の中でも滑ることはなく、その剣筋にブレはない。一流と言われる剣士の剣技だ。
「グッぎゃぁぁ!」
腕を切り落とされたホブゴブリンが苦悶の表情で仰け反る隙を逃さずに、胴を撫で斬りにすると、ホブゴブリンは倒れ伏すのであった。
数百匹の魔物の軍勢でもなければ、ゴブリン如きの集団はあっさりと倒せるのが、ヴェア男爵であった。
「さすがは近隣の村々では随一と呼ばれる剣士ですな、男爵様」
「褒めてもなにもでんぞ? で、なにがあったんだ? ゴブリンの集団がやってきたから呼んだのか?」
息をついて、剣についた返り血を拭い取りヴェア男爵が尋ねてくる。
「はっ! それが日本の避難民が逃げてきまして、その後ろをゴブリンたちが追いかけてきたのです」
「日本の? そうか、ここらへんはゴブリンが多いようだからな……。一人で逃げて来たのか確認の必要があるな。よし、保護した日本人に会おう」
「了解です。服装が違うのですぐに分かりますよ」
うちの領主様は頼りになるなと、誇らしげに思いながら門番は案内をするのであった。
「ピギー、ピギーピピピ」
尚、マーモットは外に出ることなく扉の前でずっと鳴いていた。
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