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 こくり、と喉を鳴らしてシェリーは公爵の後についていく。

 見るからに荘厳な古城だ。北の厳しい風雪にさらされて年月を経た、入るのが躊躇われるような大きな城。歴史があって立派過ぎて入るのに躊躇するというだけではない。なんだか雰囲気が……廃墟に近いのだ。

 ばさり、と音がしてびくっとする。見ると翼を持つ幻獣が木から飛び立っていた。

 幻獣がそこここにいる。寒さをものともせずに寝そべったり、せせらぎに身を浸したり、気ままに歩き回ったり、種類も大きさも様々な幻獣たちが好き放題にしている。

 放し飼いと言うにも生ぬるい状況だ。まるで幻獣たちこそがこの城の主だとでも言わんばかりに伸び伸びとしている。伯爵邸でも幻獣はいたから必要以上に怖がることはないし、慣れていないわけでもないのだが、伯爵邸では幻獣をこんなに自由にさせていたわけではなかった。檻に入れたりしていた。そうでなければ人間が襲われてしまうのだから当然だ。

 それなのに公爵は、そんな危険性など知らないかのように幻獣たちを野放しにし、平然としている。ずっと前からこうしてきたのだろうし、無事に過ごしてきたのだろう。

(幻獣公爵……噂通り、いえ、それ以上かもしれないわ……)

 扱いの難しい幻獣をいとも容易く手なずける、謎めいた公爵。噂の一端を真実として目の当たりにしてしまった形だ。

 玄関を通る前から慄いてびくびくするシェリーに公爵が振り返り、表情を動かさずに宣告するように言った。

「幻獣たちには私から命じておくが、絶対に襲われないという保証はできない。逃げ帰るなら今のうちだ」

「帰りません!」

 というか、帰れない。ラグロフ伯爵邸にはもちろん、自宅にも。他の行く当てもない。

(幻獣たちに襲われる「かもしれない」で逃げてはいられないわ。伯爵邸に戻ったら「かもしれない」ではなく襲われるだろうし、実家に戻ったら伯爵邸に送られて終いだもの)

「そうか。なら、好きにしろ」

 公爵はそっけなく言い、また背を向けた。

(あら……?)

 気のせいだろうか。そっけないが、冷たくはない。突き放すようでいて、そうではない。言葉だけは甘かったヒルドリスと正反対だ。

(私がここに居ることを、歓迎するとまではいかなくても……追い出そうとはしていない……)

 公爵は人間嫌いという話だったが、理不尽に他者を傷つけることはしない。そう思える。

 公爵よりも、ラグロフ伯爵家や、実家のミューレン男爵家の人間の方がシェリーにとってはよほど怖い。

(……私まで人間嫌いになってしまいそうね)

 埒もない考えを追い払い、シェリーは足を速めて公爵に追いついた。

 この城に居続けられるかどうか。それはシェリー次第だ。


「…………」

「……どうした?」

 玄関を入るなり立ち止まって唖然としたシェリーに、公爵が怪訝そうな声をかける。

「……いえ、ちょっと……びっくりしただけで……」

 ちょっとどころではない。言葉を選んだだけで、実のところかなり驚いている。

 廃墟じみた外観だとは思っていたが、中に入ると輪をかけてひどかった。蝙蝠――に似た幻獣――が飛び回り、大きな蜘蛛のような幻獣が巣を作っている。

 朝だというのに薄暗いのは、採光のための窓のところに鳥の要素を持つ幻獣が巣を作っていたり、蜘蛛の巣に似たものがかかっていたり、単に汚れていたりでろくに光を通していないのだ。

 吹き抜けの玄関ホールは高く、壁際や上階の張り出し部分に燭台が備え付けてあるようだが、まるで使われている様子がない。そういえば公爵は夜目が効くようだったが、そうではない人間にとっては不親切だ。……そもそも人の気配がないのだが。

 そして、莫大な富を持つだろう公爵の居城にしては、あまりにも殺風景だった。

 絵画や彫刻のような芸術品は皆無で――とはいえ、柱や壁などの内部の装飾は手が込んでおり、歴史を感じさせるものだが――、調度品も無い。とうぜん、生花などあるはずがない。それなりに人を招く貴族階級の者としてありえない状況だ。……これもまあ、招かれる人がいないと考えると辻褄が合ってしまうのだが。

 古色蒼然たる廃墟めいた城に、我が物顔で住まう幻獣たち。

 あまりにも現実味の薄い光景にシェリーは気が遠くなりそうになったが、公爵はもちろん何も気にしていない。

「あの……」

 たまらずシェリーは声をかけた。

「何だ?」

「ここに……住んでいらっしゃるのですか……?」

「そうだが?」

 当然のような顔で答えないでほしい。

 ここは住むところではなくて、少年たちがびくびくしながら肝試しに行くようなところだ。人が住むところでは断じてない。

「逃げ帰るなら……」

「逃げませんし帰りません!」

 皆まで言わせずに憤然と返し、おかげで少し元気と勢いが出てきた。

 傍らを歩くローグはもちろん平気そうだ。小動物の要素を持つ幻獣が飛び出してきたのを、牙を見せながら威嚇し、怖がらせて追い返して済ました顔をしていた。

(大丈夫、大丈夫……。私にはローグがいるのだし、閣下だって悪い人じゃないわ……多分)

 ちょっと常人の感覚では測りきれないところがある人だから自信がなくなってきたが、悪い人ではない……はずだ。

 いろいろ言いたいことも聞きたいこともあるのだが、長旅から帰ってきた公爵をこの場に足止めして質問攻めにしていいはずがない。

 とりあえず諸々を吞み込んで、シェリーは膨れ上がる不安を押し殺して公爵の後に続いた。

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