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荷物に背中を預けて座り、シェリーの膝の上に顎を乗せてぺたりと伏せるローグの背中を撫でる。目を細め、耳と翼を畳んでいるローグが可愛くてならない。つい微笑んでしまう。
「……正直、驚いた。使用人とは、みなこのように有能なものなのか?」
公爵が口を開く。
使用人とは、という物言いに引っ掛かるが――やはり公爵は居城に使用人を置いていないのだろうか――素直な称賛は面映ゆい。しかし、どのように答えたものか。シェリーが特別に優秀というわけではないが、かといって卑下しては今後に差し障りが出る。
「個々の作業に特化した人には敵いませんが、広く浅く色々と出来るつもりです」
お役に立ちます、とさりげなく主張する。公爵は唸った。好感触に心の中で拳をぐっと握る。
こういった面で評価されるのは嬉しいし、有難い。考えたくないことだったが、体を求められる可能性もあったのだ。
「ところで閣下。お着替えはなさらないのですか?」
ついでに、気になっていたことを聞いてみる。公爵は作業する間も今もずっと礼服で通し、汚れを気にする素振りさえ見せなかったのだ。泥だらけのシェリーを抱えていたのだから今更だが、その無頓着さが一時のことではないように見えて、どうも引っかかる。
「そうか、レディの前だったな。失礼した」
言って、着替えようと席を立とうとする。シェリーは慌てて引き留めた。
「いいえ、今の私は使用人です。お構いなく。ただ、作業しにくい格好なのではと思いまして……」
腕まくりもしにくいし、屈むたびに裾が地面を擦る。シャツに汚れは飛ぶし、生地は傷むし、そもそも野営の時に礼服姿というのがおかしい。
公爵はあっさりと言った。
「私はいつもこの格好だ。使い分ける基準もよく分からんし、これなら王の御前に出ても問題ないからな」
「……………………いつも、と仰るのは……たとえば、お休みになる時も?」
「そうだが? ああ、コートなどは脱ぐが」
「………………その、汚れたら……」
「その都度、替える」
「……………………」
シェリーは絶句した。高価な服を、まるでぼろ切れのように使い捨てにできる神経が分からない。
(……………………たしかに、それなら使用人を置かなくても困らないでしょうけれど……………………)
衣食住、万事がこの調子なのだろうか。衣類が汚れたら換え、道具が汚れたら換え、食べるものや住むところは……あまり気にしなさそうだ。会ってから間もない相手だが、そのくらいの見当はつく。
しかし、それではシェリーが困る。なんとか公爵のもとに置いてもらわなければならないのだ。少なくとも、ローグと暮らしていけるだけの資金ができるまでは。
(……でも私、野営でも役立ったんだし! 何かしら出来ることはあるはずだわ!)
気持ちを奮い立たせて、シェリーは膨れ上がる不安を打ち消した。
休息を取り、幻獣たちも休ませて、日が高くなってまた低くなった頃に公爵は野営地を引き払った。準備も片付けもいつもよりもずっと早く済んだと感心したように言われて、シェリーは再び胸を撫で下ろす。
貴族の中には旅慣れしている人も結構いたりするが、公爵のこれは趣味嗜好ではなく、単なる実用のようだった。幻獣を多く連れていると泊まる場所も限られる。ありていに言えば上流貴族の城なり邸宅なりだが、付き合いの煩わしさから避けているらしかった。
一方で、多くの幻獣を連れていると旅の危険のほとんどから守られる。危険な野生動物や無法者は近寄れもしないだろうし、幻獣に荷物を持たせれば物資不足も起こさないだろう。帰巣本能に優れた種がいれば道を失うこともないだろうし、水場を見つけることや食料調達も容易い。空を飛べる幻獣を連れているなら地形の悪さも問題にならない。旅の障害が激減するのだ。
(……なるほど、それで……)
公爵の野営技術の拙さにも頷ける。人が道具と知恵を用いて行うところを幻獣に任せてしまえるのだから。おまけに公爵には無頓着なところがあるようで、とりあえず食べて眠れればいいと思っているふしがあった。不満を持たなければ、それは改善もしないだろう。
一方で幻獣の扱いに関しては細やかだった。水や餌についてはもちろん、調子を崩していないかと絶えず気を配り、毛繕いをしてやり、遊び相手になったりもする。ローグも玉投げ遊びが気に入り、公爵のところに玉――代わりの獲物の骨――を咥えてきては遊びをせがんでいた。まるで犬だ。シェリーもせがまれて投げてはみたのだが、ほとんど飛ばずに地面に落ちてしまい、ローグからあからさまにがっかりした顔をされてしまった。それでも子犬なら喜ぶかもしれないが、翼狼の身体能力は伊達ではない。高く遠く投げないと面白くないらしいのだ。
(練習した方がいいかしら……)
これから公爵の居城で幻獣たちを相手にする場面もあるだろうし、ローグの遊び相手にもなってやりたい。野営中は体力に余裕がないし、何か不足がないか気を配らなければならないので出来ないが、そのうち練習してみてもいいだろう。
公爵が見事な遠投を見せていたのを思い出し、そこで思考を打ち切って、シェリーはその公爵の腕の中にいることを意識しまいと天馬の鬣を掴み直した。




