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幻獣には夜行性のものが多い。ローグもそうで、昼間でも活動できるが、夜間の方が元気だ。貴族たちの生活も夜型に偏るので、彼ら彼女らが飼育する幻獣が夜行性なのは都合がいいのだろう。その一致が必然か偶然かは分からないが。
当然、これだけ多くの幻獣を連れた公爵も夜型の生活を送ることは予測してもよかったはずだ。だが、シェリーがそのことに思い至ったのは、朝日が射し初めて景色がはっきりと見渡せるようになってからのことだった。
彼方に連なる山々、あたりを覆う豊かな森、縫い目のように走る川に、街や村、畑や牧草地。シェリーは思わず目を奪われて身を乗り出した。空にも慣れてきて、最初ほどの恐怖心は無くなってきている。公爵に抱き留められて我に返り、腕の中で小さくなった。
「すみません……」
「いや。そろそろ休憩を取ってもいい頃合いだ」
公爵は言うと、川辺の少し開けたあたりを目指して天馬を降下させはじめた。群れになって飛ぶ他の幻獣もそれに続く。
ぐんぐんと地面が近付いてきて、ほどなく着地する。慣れない姿勢で天馬に乗り続けていたせいで体が固まって痛い。足なんて感覚もない。難儀していると、公爵が軽く抱き下ろしてくれた。
「すみません、ありがとうございます」
「……ああ」
言葉少なに頷く。機嫌が悪そうな顔なのは、シェリーが迷惑をかけ通しだからだろう。幻獣公爵は人嫌いという噂があったのを思い出し、使用人生活が始まる前に終わりませんようにと祈る。
(それにしても……)
シェリーは公爵をちらりと見上げた。
月光のもとで見たときにも思ったのだが、公爵は整った見目をしていた。秀でた額から続く鋭角的な鼻筋、薄い唇。癖のない髪は珍しい鋼色で、瞳は落ち着いた灰色だった。大柄だが、鈍重な印象は無い。若いためなのか、そもそもそういう体つきなのかは分からないが、彫像のモデルにと求められそうな感じだ。
(……それにしても)
その顔で、その体で、その格好で。幻獣に水を飲ませ、汗を拭いてやり、餌の支度をし、甲斐甲斐しく立ち働いているのだが……
「私にも手伝わせていただけますか」
見ていられなくなって、シェリーは申し出た。体の強張りも解け、足の具合も大分いい。走るのは無理にしても、歩くことに不便はなさそうだ。折れていなくて本当によかった。
公爵は手際が悪いというより、やり方を知らないように見える。外見と行動とがあまりにちぐはぐだ。何か言おうとする公爵の機先を制して言う。
「人見知りする幻獣もいるでしょうから、そうした子たちのことはお任せします。でも、水汲みとか天幕の準備とか、そういうことなら私にもできますから。使用人として働かせてください。足も治ってきましたし」
「…………なら、頼む」
シェリーの断固とした物言いに気圧されたように、公爵は顎を引いた。
シェリーは貴族ではあるが、その端くれだ。伯爵家の者が狩りに行くときは、貴族令嬢として招待客の接待をするときもあれば、使用人の数合わせに使われることもあった。要は都合よく使い分けられていたのだが、そのおかげで野外作業を覚えられたのだから悪いことばかりではない。
「……これは、焚火にすればよろしいのですか?」
「…………そうだが」
適当に取ってきたらしき生木の山を見て問うと、たじろいだような返答があった。シェリーの心中の呆れが声に出てしまっていたらしい。
生木で焚火ができないことはないのだが、火が消えやすいし煙が多いしであまりいいことがない。虫除けに煙を出したいなどという理由があるなら別だが、そうでなければ水分の抜けた枯枝を使う方がいい。まして今は秋も深まりつつある季節、虫除けの必要は薄い。
森に入って手早く枯れ枝を集め、空気が入るように組み、服のほつれから火口を作り、手早く火を移す。火を熾すのは普通もっと手間がかかるが、公爵は幻獣の火吹鳥を伴っていたので、その吐息から火を貰い、たちまち立派な焚火が出来上がった。公爵が手ずから集めたものを無視するわけにもいかないので、火勢に影響が出ない程度に生木も焼べる。
そうして火を焚き、湯を沸かし、携帯用の食糧を湯で戻しておき、その合間に天幕を張ったあたりで、呆然としている公爵と目が合った。
「…………何か、間違ったでしょうか」
「……………………いや」
なおも呆然としたまま首を振り、公爵は信じられない物を見るような目をシェリーに向けた。
「……信じられん。この短時間で野営の準備をこなすなど……」
シェリーは胸を撫で下ろした。咎められるのではなくて良かった。ここは、自分が役に立つのだというところを見せなければ。騎乗で失敗した分を取り返すのだ。
そうしてシェリーは張り切り、携帯用食料を出来る限り美味しくなるように調理し、公爵がまだ呆然としたままそれを二食分たいらげた後にお茶を給仕し終えたあたりでようやく気持ちを緩めた。




