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(~~~~~~!)

 声も出せず、シェリーは固まっていた。

 場所は空の上。天馬に横乗りし、体を後ろに乗る公爵に支えられて飛んでいるのだ。公爵の大きな体を怖がるべきか頼もしく思うべきか分からない。伝わってくる体熱も、香水の馴染んだ体の匂いも、間近で聞こえる息づかいも、混乱に拍車をかけるだけだ。

 使用人契約を――仮ではあるが――取り付けた後、移動のため、シェリーは幻獣の一頭に乗るようにと指示された。公爵が選んだのは鷲獅子で、比較的騎乗しやすい獣だということだったが、幻獣に乗るのが初めてのシェリーはおっかなびっくりで何度も転げ落ち、とても一人では乗せられないということになってしまった。公爵が伴っていたのはどれも空を飛べる幻獣ばかりだが、鷲獅子にさえ乗れないとなると、この中には代わりがいなかった。

 置いて行かれるよりはましだが、最初から迷惑をかけることになってしまい、シェリーは青ざめた。なんとか一人で乗れるように頑張ろうとするのだが、鷲獅子は鞍の類はおろか綱でさえ掛けられるのを嫌がるので――シェリーと関係が構築されていないからだろう――、腕力だけでしがみついていなければならない。高所を飛んでいるときに腕力の限界を迎えたら一巻の終わりなので、公爵に溜め息をつかれながら天馬への同乗ということに相成ったのだった。

 その天馬にしても、シェリー一人では乗せてくれない。公爵のおまけ扱いで何とか乗せてもらい、かくして今に至る。

 初っ端から下手なところを見せてしまったと自分に苛立っていたが、こうして途方もなく高いところを飛んでいると、最初に失敗しておいて良かったと思わざるを得ない。これでは腕力も体力も気力も保たない。失神して落ちて終いだ。足の痛みは大分ましになったが、代わりに体のあちこちが強張って痛い。

(夜で、まだ良かったのかも……)

 これで昼間だったら、森が海のように広がっている景色や、家々が豆粒ほどの大きさである様子などを目の当たりにして気が遠くなったかもしれない。さいわい今は夜だから、月光と雲ばかりを見ていれば、下のことから気持ちを逸らすことができた。

 そうして落ち着いてみれば、今度は寒さが突き刺すように身に染みる。投げ出している足はもう半ば感覚がなく、吹きつける風をまともに受ける上半身が寒くてたまらない。無意識に公爵にすり寄っていたらしく、彼が身を固くする気配があった。

 慌てて離れようとすると、今度はバランスを崩しそうになる。公爵は何度目になるか分からない溜め息をついた。

「嫌だろうが、離れるな。落ちても助けられん」

「……嫌だなんて、そんな。私の方こそ……お荷物になって、申し訳ありません……」

 おまけに泥だらけだ。乾いたとはいえ、礼服に触れていい状態ではない。

「それと、髪を纏めておけ。前が見えにくい」

「申し訳ありません……」

 天馬に乗る前に纏めておいたのだが、強風で解けてしまったようだ。シェリーの髪は細くて柔らかく、髪型がすぐに崩れてしまう。

 髪を纏め直そうと思うのだが、天馬の鬣から手を離すのが怖い。動くに動けないでいると、公爵の低い声がした。

「どうした?」

「いいえ、何でもありません!」

 勢いに任せて鬣から手を離す。たちまちバランスを崩して、公爵が片腕でシェリーを抱きかかえるようにして支えた。

(~~~~~~!)

「…………早く髪を何とかしろ」

「……っ、はい……!」

 シェリーは真っ赤になって髪に手を当てた。自分の体に回されている公爵の腕を意識しないようにしながら、髪を手早く捻り上げる。巻き付けるようにして形を作り、毛先を潜らせて一つに纏めた。

「………………」

 終わったと見た公爵の腕の力が緩む。シェリーは縋るように鬣を掴み直し、暴れる心臓を宥めた。

 華やかな外見のせいでよく誤解を受けるのだが、シェリーはこうした状況に免疫がない。伯爵家――に限らず、貴族の家――では爛れた行いが珍しくなかったりするが、シェリーはそうしたことに嫌悪感を覚える性質だ。自分の外見については意識的にならざるを得ず、笑みも媚びも必要なときは使うが、身を許すようなことはしない。もともとは修道女になるつもりでもあったのだ。信仰心は強い方だし、貞操観念だって持っている。

 誘いをかけられることは多かったが、一線を越える者がいなかったのは、皮肉にもヒルドリスのおかげだった。当主の次男が狙っている相手だということで、無理強いをすると報復が恐ろしいと思われていたのだ。それもシェリーが十六歳になり、ヒルドリスがシェリーに手を出そうとするときまでだったが。成人年齢――ダルージア王国では十八歳――になるまでは無事でいられると思っていたのだが、見通しが甘かった。

(……それでも十六歳って、まだ子供だと思うのよ……)

 子供が子供を作ってどうするのだ、と思う。身分の高低に関わらず結婚が早い者はいるが――未成年でも庇護者の許可があれば婚姻は可能であるため――、シェリーは賛成できない。十八という成人年齢だって、聖典を根拠に定められているものだ。

(…………公爵って、おいくつだろう)

 二十代だろうと思うのだが、確かなことは分からない。聞けば教えてくれるのだろうか。

(そういえば公爵について、噂でしか知らない……)

 もしも噂通り、これから行く公爵の居城に人がいなかったら……情報はどこから得ればいいのか。心配すべきことはもっと他に山ほどありそうだが、考えるのが怖い。

(……いろいろ考えなければいけないのに、何も考えたくない……)

 シェリーは目を瞑り、雑念を追い払って心を平静に保とうと努めた。

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