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シェリーの声が引っくり返った。それが本当なら、計画も根底から引っくり返る。
「え、でも、修道院に犬や猫っていますよね? 動物が駄目なんて聞いたことがないのですが……」
「幻獣を犬猫と一緒に考えていたのか? 幻獣は聖典に記されていない異形の生き物……神の家が受け容れるわけがないだろう」
たしかに教会や修道院で幻獣を見たことはないが、単に幻獣の数が少ないからだろうと思っていた。
「……まさか、教会がそんな差別をするなんて……」
「文句は私ではなく、教会に言うべきだな」
その通りだ。だが、聖典が平等を謳っているからと食い下がったところで、幻獣を受け容れてくれるかというと……公爵の言う通りなら、無理だろう。たしかに聖典には幻獣の記述がない。ないから許容するのか、ないから排斥するのか、それは解釈次第だろう。世間のことを知っているであろう公爵の見解がおそらくは正しいのだろうと思われた。
(どうしよう…………)
修道院が駄目となると、行く当てがない。実家に戻っても伯爵家に送り返されるだけだし、どこかに行こうにも手持ちのお金もない。実質的に使用人であったとはいえ名目が行儀見習いのため、シェリーに対する給金が出なかったからだ。働きに対する褒賞は実家に対する援助という形で与えられ、シェリーが必要とする分はそちらから回されていた。蓄えなど無い。
ローグの毛並を無意識に撫でながら考える。ローグと離れずに済む方法。今までのように行儀見習いという名目の使用人ではいられないから……
(そうだ!)
「あの、公爵閣下! っつ……!」
「…………何だ?」
シェリーは思わず立ち上がろうとして、足首に走った痛みに膝をついた。しかし公爵に向けた強い視線は外さない。シェリーの勢いに押されるように公爵は上半身を少し仰け反らせ、嫌な予感がするとでも言いたげな声を出した。
「私を、使用人として雇ってください!」
「不要だ」
そう来ることは予想していた。だが、シェリーは交渉材料を持っている。
「私が行けば、ローグも必ずついてきます。珍しい翼狼である上、毛並も綺麗で賢くて、体格もこんなに立派でしょう?」
ほら、とローグを示す。賢いローグは状況をわきまえ、きちんと足を揃えて座り、訴えかけるような眼差しで公爵を見上げていた。ふさふさとした尾がぱたぱたと動く。
「私、伯爵家で行儀見習いをしていたのです。一応は貴族の端くれですし、上流の仕来たりなども分かります。そのうえで、使用人として一通りのことはこなせます。決してご厄介はおかけしません」
「いるだけで厄介だ」
「それは、ローグの存在を差し引いてもですか?」
「…………」
ローグを前面に出し、食い下がる。
「伯爵家にも戻れませんし、行く当てがないのです。このままではローグも……」
「……………………」
シェリーは目を潤ませて手を組み、悲しげな表情を作った。この相手にどこまで効果があるかは疑問だが、しないよりましだと思いたい。ローグもきゅうんと声を上げてみせる。
一人と一匹に押され、公爵は深く溜め息をついた。
「……………………仮契約だぞ」
「ありがとうございます!」
シェリーは思わず立ち上がりかけて、足首の痛みに姿勢を崩した。ローグは心配そうにシェリーを見た後、公爵に向かって嬉しげにうぉんと鳴いた。
公爵は深くため息をついた。




