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 はたと思い至って、おそるおそるシェリーは尋ねてみた。

「あの、閣下。その……あかぎれってご存知ですか……?」

「? 要するに、怪我の一種だろう。そんなことを確かめてどうするんだ?」

「……いえ、何でもありません……」

 さも当然といったふうに答えが返ってきたことに、むしろ驚く。まさか言えない。公爵が知らないのではと疑ったことなんて。

(閣下の常識がどこまで世間の常識と重なっているのか、まるで分からないわ……)

「冬は厄介だが、ここには良い塗り薬を常備してある。使うといい。それに、水仕事をするにしても、湯を使えば少しはましだろう。火吹鳥と仲が良いようだから温めさせてもいいし、他にも水を温められる幻獣はいる。炎狐などは体温調節が上手いから、抱いて寝るのにも都合がいい」

「水を温かくできるのはすごく助かります! 炎狐は初めて聞きました」

 いかにも温かくてふわふわしていそうだ。ちょっと気になるが、ローグが妬くかもしれない。シェリーにとってのもふもふ枠はローグで埋まっている。

 それにしても、幻獣を湯たんぽ代わりにするあたり、いかにも幻獣公爵といった感じだ。

 ふと気になってシェリーは聞いてみた。

「閣下もあかぎれを作ってしまったりなさるのですか? ……その、公爵ともなると……」

 周りの人にぜんぶ任せるものだ、と言いそうになってこらえる。そういえば使用人がシェリーしかいないのだった。野営の支度もすべて自分でこなしていた公爵だから、必要なことは自分でするのだろう。必要ない、で通していそうな気もしなくはないが。

「公爵というか、幻獣公爵だからだな。幻獣は適切な環境を整えれば手がかからないものだし、世話にしても他人の手に渡す直前に毛並みを整えたり角を磨いたりといったくらいしかしないが、繁殖についてはそうはいかない。幻獣には……幻獣を幻獣たらしめる因子があり、繁殖が難しいのだ。生まれた仔を取り上げるのも私が行うし、何かと水に触れる機会は多い」

「……なるほど」

 シェリーは瞬いた。それは確かに、幻獣公爵らしい。公爵は各地域を人に任せているが、それでも自身で確認すべきことはなおざりにしていないらしく執務を行っているのを見ることもあるし、幻獣の体調を確認したりと城の内外を回っていることもあるし、研究施設のような場所に籠っていることもある。シェリーも掃除を控える一角だが、幻獣の繁殖はそういった場所で行われるのだろう。

(そういうのも一応、秘密の場所ではあるのかしら。場所自体が秘密というのではないにしても。繁殖が難しいのなら、知見や技術は余人に教えたがらないものよね。あったわ、知られて困るような秘密……)

 シェリーが一人で納得していると、公爵は思い出したように言った。

「あなたは危機察知能力が高いようだから、私が研究場所にしている隅塔にはあまり近付かないようにしているだろう? それでいい。私以外の者が扉を開けようとすると、鍵穴に棲む宝石蛇が威嚇音を立てる。それで近付いてはいけない場所だと知らせるのだが、なおも無理やり開けようとすると、何というか、開けようとしたことを後悔するような羽目になる」

「…………。確かに近寄りがたい雰囲気がありましたし、あまり近付かないようにしてはいましたが! そういう危険なことがあるなら教えておいていただきたかったです!」

 宝石蛇という幻獣は知らないが、蛇というからには咬むのだろう。毒があるのかもしれない。知らずに開けようとしていたらと思うと冷や汗が出る。

「それはそうだな。だが、危険な場所はそこだけではない。攻撃的な幻獣が棲処にしている所や、縄張り、習性によって作られた罠のような地形……あなたは意識的にか無意識にか、そういった場所を避けているようだったから。一つひとつ数え上げて教えるのも必要ないかと思ってな」

(ひええええ……!)

 シェリーは心の中で悲鳴を上げた。知らずに薄氷を踏んでいたこともあるのだろう。今まで何事もなくて本当によかった。

 そうだ、ここは様々な噂のある、幻獣公爵の居城なのだ。安心安全な場所などではなかった。ラグロフ伯爵家も、もちろん実家のミューレン男爵家も手出しできない避難場所だと思ってしまっていたが、別種の危険があった。すっかり油断してしまっていた。幻獣から絶対に襲われないという保証はできないと、公爵から言われてもいた。無事に過ごせていたから失念していた。

 一応、シェリーが危険を避けてこられた理由には思い当たりがある。

「私、ずっとローグと一緒に暮らしていたので、いろいろな場所に同行する機会があったのです。幻獣を飼育している貴族の邸宅とか、狩猟地の森とか、避暑地の湖畔とか。そうした場所で時々、ローグに止められることがあったのです。後で確かめると、熊が徘徊していたり、沼地になっていたり、危険があるところでした」

 服を咥えたりして、そちらへ行くなと教えてもらったのだ。そうした経験を繰り返して、シェリーはローグが通ったところは比較的安全だと学んだ。夜の森を逃げたときもローグに先導してもらったし、この城に来てからもローグとあちこちを歩き、なんとなくの感覚を身につけていた。

「なるほどな。そうして学んできたのか。そうした感覚や幻獣との距離感が、あなたを使用人としてもいいと私が判断した理由だ」

(ローグ、ありがとう!)

 知らず、そこまで助けられていたのだ。シェリーは心の中でお礼を言った。

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