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 季節はもう、すっかり秋のさなかだ。

 ダルージア王国の北東部は海から遠いということもあり、寒暖差が激しく、冷え込みも厳しい。

 万年雪を戴く山々から吹き降ろす風が鋭さを含み、紅葉した木々の葉を落としては巻き上げる。頬に感じる風ははっとするほど冷たいが、その清涼さが気持ちいい。

 シェリーは寝具を干していた手を止め、秋晴れの空を見上げて目を細めた。

 ラグロフ伯爵邸とはまるで違う、人の気配のない古城に、間近に迫って見える山々。そしてその上の抜けるような青空。

 その空を、幻獣たちが舞う。

(あれは……翼竜かしら……?)

 蝙蝠のような翼と、蜥蜴に似た体躯――とはいえ、小さな蜥蜴と比較するのが申し訳なくなるくらいに堂々たる体格――、そんな生き物たちが寒さをものともせず、悠々と空を飛び回っている。

 蜥蜴なら寒さに弱いはずだが、そして実際そのような種類もいるのだろうが、幻獣の体のつくりは本当に不思議だ。自然の摂理に反しているような見た目で当たり前に生きているので、見ているこちらの感覚が狂っていく気分になる。

 そうしたある種本能的な違和感というものが、幻獣たちをいっそう怪しげに魅力的に見せているのだ。貴族階級の道楽だが、道楽というものにはいつもどこかスリルが付きまとうものだ。

 どこか後ろ暗い、正体の分からないそのスリルがスパイスになって、幻獣の飼育は好まれる。

 ぼうっと物思いにふけっていたシェリーの手に、ふわりとしたものが触れた。

 見れば、ローグがふかふかの毛並みをシェリーの腕にすりつけて、撫でてくれとせがんでいる。まるで犬だ。シェリーは思わず顔をほころばせ、毛並みに顔を埋めるようにして、抱きしめる勢いで撫で回した。

「あったかい……。私は嬉しいけど、ローグ、私にくっつかれて寒くない? 大丈夫?」

 わふ、とそれこそ犬のように、得意げな顔でローグが鳴く。大丈夫だ、と力強く訴えている。シェリーとローグは秋や冬の季節には毎年こうやって温め合っているが、さすがに今年は状況が違う。気候の厳しい土地に来て、シェリーもだいぶ成長して体が大きくなっているから、いくらローグでも寒がるかもしれないと思ったのだ。杞憂だった。

「だったらいいのだけど。その毛並み、見るからに温かそうだものね。もうう生え変わりの時期も終わり? 北に移動したら生え変わりの時期も早くなるとか、あるのかしら」

 ローグの冬毛をかきまわしながらのシェリーの独り言のような会話のような言葉に、くうん? とローグがこちらを見る。

 賢いローグはシェリーの言うことをだいたい理解している。だから今のは、どうだろう? といったくらいの返答だ。

「ローグは寒さに強い方だからあまり心配していないけれど、きつかったら言ってね。寝床をもっと温かくするとか、何かしら工夫するから。まあ、寒かったら外に出なければいいだけの話だけどね。……出かける必要ができないとも限らないし……」

 忠実なローグは、シェリーがもしも何かの用事で公爵に伴われて出かけるようなことがあれば、間違いなく自分もとついてきてくれるだろう。シェリーにとってもそれはありがたいことだからなるべく止めたくない。

 そして……穏当ではない話になるが、万が一何らかの事情があって、ここを出る羽目になった場合。シェリーかローグか、どちらかの身に危険が迫ったら、他方も我が事と感じて共に出ていくことになる。シェリーもローグも、当たり前のようにそう思っている。逃げ出すか追い出されるか、そういったことが起きないとは限らないのだ。

 ローグの体は丈夫だし身体能力は相当なものだが、しかし幻獣は野生の生き物ではない。繁殖には人間の手を必要とするし、野生化はできないとされている。

 シェリーは空を振り仰いだ。悠々と飛び回っている幻獣たちも、別に山から下りてきたわけではない。この城を住処にしているか、仮にそうではなくても、公爵が用意した環境で暮らしているはずだ。自然の中に行けないわけではないのだが、それは自然に「帰る」のではなく、あくまで一時的に、本来生きるべき環境ではないところに「居る」だけだ。

「不思議なものよね。まあ、幻獣が自然の中で繁殖できるものなら、閣下をはじめ幻獣の専門家を頼る必要もないのでしょうけれど。ローグ、あなたも幻獣なのだから、この幻獣の不思議について何か知って……」

 シェリーが話していたときだった。ローグがぴくりと耳を動かし、しょげたように尾を垂らす。何事かと思っていると、がさりと落ち葉を踏んで公爵が現れた。

「これは寝具を日光に当て、風にさらして手入れしているのか? そこまでしてくれるのはありがたいのだが、もうじき冬だ。寝具くらいいくらでも買い直せばいいから、無理はしなくていい」

 ひく、と思わずシェリーの頬がひきつった。かさばる寝具を簡単に買い直すというのは、少なくともシェリーの金銭感覚では受け入れられない。シェリーのことを案じて言ってくれるのは本当にありがたいのだが、こんな大物を使い捨てするのは精神的に来るものがある。

(貴族らしくない感覚かもしれないけれど……いえ、これは絶対、閣下がずれていらっしゃるだけよ!)

「ほら、手も赤くなっているではないか。無理するな」

(そして何か、過保護になっている気がするのだけど……!?)

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