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噂に気分を悪くする様子もなく、公爵は淡々と説明する。
シェリーはいちおう納得して頷いたが、やはり納得しきれない。
「そういうことがあるにしても……噂とは当てにならないものですね。閣下には怖ろしいところなんてありませんし」
意外と紳士的だし、部分的に常識的だ。城に来た者は戻らない、などとおどろおどろしく言われるようなことはないと思うのに。シェリーが首を傾げると、公爵は喜ぶに喜べないような、なんとも微妙な顔をした。
「……だと、いいがな」
「……?」
シェリーはさらに首を傾げるが、公爵は話を変えた。
「ところで、困っていることはないか? あなたはここでよくやってくれているが、一人だと大変だろう。人を増やすつもりはないが、あなたの負担を増やすのも本意ではない。世を捨てたような私の生活に付き合わせ続けるのも忍びないのだが……」
シェリーは瞬いた。
まさか、そんなふうに気を遣われるとは思わなかった。最初はシェリーを邪険にするようなそぶりもあった公爵だが、胃袋を掴んだおかげか最近はそういうこともない。だが、心を許してくれているかというとそういうわけでもなく、一線を引いている気がする。
シェリーにとってはありがたい。ローグという味方こそいるが、ほとんど孤立無援の状況なのだ。公爵が権力をかさにきてシェリーに無理強いをするような人ではなくて本当に助かっている。
「世を捨てたような生活と仰いますが、そもそも私は修道院に入ろうと考えていましたし……華やかな生活を望んではいません」
社交をしたり、買物をしたり、狩猟をしたり……そうした刺激も適度なら良いのだろうとは思うが、ラグロフ伯爵邸ではいささか以上に過剰だった。今のシェリーに必要なのは、そうした場で溜まり溜まった気疲れ――ヒルドリスをはじめとする男性たちを上手くあしらい、それでいて女性たちから嫉妬をなるべく受けないようにする、そうした神経のいる立ち回りが求められたので――を癒す時間だ。この城の生活は、実のところかなり気に入っている。
とはいえ公爵にとってシェリーはよそ者だし、自分と異なる女性だということで分からない部分も多いのだろう。病気や気鬱になったら扱いに困るだろうし、そうした芽を摘もうと考えるのは自然だ。
(大変どころか、むしろ楽なのだけど……。人がいないのって思った以上に気楽だわ。公爵が人を寄せ付けないのも分かる気がする)
シェリーはここで、公爵と幻獣たちのために料理をし、掃除をし、城を維持していくための雑事をこなしていればいい。気楽なものだ。
「料理も、調理器具をいろいろ発掘したり幻獣たちに手伝ってもらったりで格段に楽になりましたし」
この城は相当古いもののようで、年代物の大鍋などが残されていた。火吹鳥をはじめとする幻獣たちも、火を点けたり鍋の中身を攪拌したり生地を捏ねたりするのを手伝ってくれる。獣型の幻獣が獲物を持ってきてくれることもある。もちろん味見という見返りがあってのことだが、食べ物をねだる幻獣たちは愛嬌がある。
「それと、掃除も。お城が広すぎるので最初は途方にくれましたが、こちらも幻獣たちが手伝ってくれますね。特に一角獣の角なんて万能で便利すぎて……」
生え変わる一角獣の角は、水に漬ければ水を浄化するし、粉にして撒けば空気を清浄にしてくれるし、汚れも払ってくれる。一人ではとても維持管理が不可能と思える広い城だが、こうした助けもあってどうにかこうにか、廃墟じみた印象は薄れてきていると自負している。
公爵が使用人もなく一人で暮らしていけたのも、こうした幻獣たちの力あってのことなのだと徐々に分かってきた。公爵のことだから道具や食器は使ったそばから捨てるのだろうと思っていたのだが、一角獣の角を沈めて水を張った浴槽に放り込み、力技できれいにしていたらしい。確かに、公爵が食器洗いをするようなイメージは湧かなかった。公爵が着るような服は干す以外にも火熨斗を当てるなどの手間がかかるので、こちらは買い替えていたということだが。
それはともかく、今はシェリーが幻獣の力を借りて、そうした家事仕事の一切を引き受けている。今まで買い換えていたものが繰り返し使えるようになったのでお金が浮き、そのぶん色々な食品を買うことに充てている。
「……なら、いいのだが。あなたはよくやってくれている」
「ありがとうございます! なら、お給金を上げてくださってもいいですよ?」
「そうだな。考えておこう」
公爵は苦笑した。その笑みに少し陰りが見えた気がして、ちょっと欲張りすぎたかとシェリーは焦ったが、公爵はすぐに取り繕った。
「働きに応じて適正な金額を払うことは約束しよう。私はこれでも領主で、多くの人を使う立場でもあるのだからな」
公爵は三つの地域を治めているが、当然、一人では手が回らない。使用人も置かない孤城で、一人きりであらゆることを差配するのは不可能だ。だから各地域に代理人を置き、定期的に見回っているという。ダルージア王国の国王から呼び出されることもたびたびあり、意外と城を空けることも多いのだ。
接する人は限られているが、幻獣を連れた姿が国の各地で目撃されることはままあり、そして公爵の噂話は面白おかしく広まっていく。




