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 そんな風にして、思わぬところからシェリーの使用人生活は始まった。

 幻獣が人間と同じものを食べたり飲んだりするというのは初耳だったが、確かにその後も火吹鳥は体の調子を崩すこともなく、それどころか仲間も呼んできてみんなでねだる始末だ。

 火吹鳥だけではなく他の幻獣も、料理の匂いに釣られて寄ってくることがある。公爵は今まで人間と同じ食事をあまり与えては来なかったらしいが、そもそも公爵自身があまり人間的な食生活を送っていなかったから納得だ。

 人間と同じものを食べられるとは言っても、もちろん種類ごと個体ごとに好みがあるし、まだシェリーに気を許していなくてねだったりしない幻獣も多い。それでも公爵や自分用――使用人ではあるが、同じものを食べればいいと公爵が言ってくれたのに甘えて、手間のかからないものなら自分の分もついでに作るようになっている――の食事を分け与えたり、これまで生のまま与えらえていた餌に少し手を加えたり、それだけでも喜ばれるのが嬉しい。ローグと同じものを食べたりするようになったのも楽しい。

 購入品についてもシェリーの裁量にだんだん任せてもらえるようになってきている。

 これまでは穀物や、日持ちのする野菜や果物、香辛料、塩漬けや燻製の肉、そういったものが主だったようだ。生肉はもっぱら幻獣用で、幻獣が調理された食品も好むとはいっても公爵が手ずから調理して回るなど――いろいろな意味で――不可能であるため、普通の動物のようにそのまま与えていたらしい。

 公爵自身、自分の食べるものであっても調理は必要最低限、とりあえず食べられる状態になればいい、といった感じだったという。

 それでも別に味覚が死んでいるわけではなく、シェリーが調理すれば喜んだり感心したりして、それが本心であると示すようによく食べてくれた。

 そうなるとシェリーにとっても作り甲斐がある。購入品をもっと多様にして、生肉も自分たちが食べる分も含めて部位の指定をしたり、日持ちのしない野菜や果物もここで調理したり加工したりするようになった。

 なにしろ資金は潤沢にあるし、設備も整っている、使われていなかったとはいえ壊れているわけではなく、埃を払って拭けば問題なく使えるものばかりだった。

 パン焼き窯もあったので、温かいパンを食卓に出せるようにもなった。

 これまでパンと言えば保存用の硬いもの、それをシチュー――燻製肉や日持ちする野菜を適当に鍋に入れて煮ただけのもの――に入れてふやかして食べるくらいしかしてこなかったという公爵は、シェリーの焼くパンをまるで城で出てくるごちそうのようだと褒めてくれた。

 社交の場に出ない公爵は、大貴族でありながら美食にあまり縁がなかったようだが、それでも城に呼ばれたりする際に凝った料理を口にすることはあったらしい。シェリーの見た感じ、何を美味しいと思うかの感覚はごく一般的なもののようだった。

 そういうことなどを、料理を作ってふるまっていく中で知り、半月も経つと自分が公爵に少しずつ受け入れられてきた実感があった。

 そのあたりで初めて、シェリーは言葉にして尋ねた。

「半月ほどこちらで働かせていただきましたが……本当に、人がいませんね……? お住まいの方とか、使用人とか、出入りの人さえも……」

 城内に使用人はおらず、彼の城に行った人間は戻らない――この噂が思い出される。

 公爵は頷いた。気を悪くする様子もないし、隠し立てする様子もない。

「私自身のことだけなら一人で何とでもなる。幻獣の世話にしても、適切な環境を整えて、食べるものを用意さえすればあとは各自でどうとでもするものだ。わざわざ使用人を雇う必要がないし、無理解な者を教育する手間を取る理由もない」

「……まあ、それはそうかもしれませんけれど……」

 若くて壮健な公爵だから、自分のことは自分でできる。幻獣も、シェリーが想像したように――家畜や愛玩動物のように――手をかける必要のあるものではないようだ。

 確かに、ローグも手がかからない。ラグロフ伯爵邸では毛並みを整えられたり外に連れ出されたりと手間をかけられていた印象だったが、ここでは充分に運動できる空間があるし、毛並みをことさらに磨き立てなくても人目に触れるわけでもない。

「この城にはあまり余人を入れたくないのだ。幻獣がたくさんいるのでな。あなたは元々幻獣に慣れていたから馴染めているようだが、普通はそう簡単にいかないだろう。普通の若い娘なら悲鳴を上げて逃げ帰ったりするのではないか?」

「そうかもしれませんね……」

 シェリーはこれでも教育を受けた貴族令嬢だ。それでありながら使用人として過ごしてきた経験も長い。もと居た場所に戻れないから、幻獣だらけの場所であっても怖がって逃げ帰ったりしない理由がある。そうした人材はたしかに少ないかもしれない。

 普通の貴族令嬢であれば使用人のようなことはできないし、多くの幻獣がいる場所では悲鳴を上げそうだ。かといって平民であったら読み書きや計算が怪しい場合も多く、これまた使用人には適さない。シェリーは唯一の使用人ということもあり、城に搬入する物資の管理にも関わっているが、結構高度な算術など、広範な知識を要求されるのだ。

「私も噂は知っている。この城に来た者は戻らない、というのだろう? それにも少しは根拠があって、この城に来る者はたいてい幻獣を求めて、しかも私に直接掛け合う必要があるような、正規のルートでは入手しにくい幻獣を求めてのことだからな。後ろ暗い目的で来る者も多いから、行ったり帰ったりということをあまり吹聴しない」

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