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「何か……? 作るのは構わないが、私が使うかは分からないぞ」

「それはもちろん。私は提案するだけですので」

 無理強いはしないし、最初から上手くいくかどうかは分からないが、とにかくシェリーが腕を振るえる機会を逃したくはない。需要があるところだけではなく、先に供給をして需要を掘り起こすのも腕の見せ所だ。

(よし! 頑張るわ!)

 シェリーは張り切り、物資を見て回った。雑多に箱やら包みやらが置かれているが、いちおう食品は食品で分けられている。

 どうやらこの場所は食糧庫として用意された部屋だろうと思われた。いつからかは分からないが、本来の用途以上の使い方をされているようだが。

(……と、いうことは)

 シェリーはひらめいて隣の部屋へ足を向けた。案の定そこは調理場になっていた。食糧庫の隣は厨房だと相場が決まっている。常識外れの幻獣公爵だが、城は常識的なつくりをしている。

(……今更だけど、公爵っていつから「こう」なのかしら……)

 当たり前だが、公爵にも子供時代はあったはずだ。

 記憶を探るが、ヘイズ公爵が代替わりしたという記憶は出てこない……ということは、シェリーが行儀見習いになった六年前よりも前に代替わりがあったはずだ。シェリーは立場上、貴族の関係などに敏感にならざるを得ず、子供のうちからそういった情報には注意していた。

 公爵は若そうに見える。二十代のはずだ。となると二十代か、もしかすると十代のうちに爵位を継いだのだろう。

 いったいどんな子供時代を過ごして、いつから生活にこんな無頓着になったのかすごく気になる。

(いけない、気が散っているわ)

 シェリーは頭を振って気分を切り替え、厨房の様子を見て回った。

 とりあえず火と水だ。あと鍋などの調理器具。

 水が流れている音がするので音の出所を見に行くと、どうやら井戸のようなものが屋内にあるらしく、そこから水を汲み上げる機構が壁につけられていた。それを流す樋もある。

 井戸めいた囲いの中からも水音がするので覗いてみると、かすかに光を反射する流れがあった、どうやら地表近くを地下水が流れており、それを汲み上げて上水に用いているらしい。水が絶え間なく流れ続けて排水が外へと流れ出ていく。屋内に小さな川があるような様子で、見ていて面白い。

 流しに杯が置かれているのを見るに、ちゃんと飲める水であるらしい。

(川の水はそのまま飲むには適さないけれど、濾過された地下水なら安全だわ)

 水の問題は解決した。次は火だ。

 火を熾した形跡はあるし、燃料もあるのだが、火をつけるための火打石や火打金がない。

(旅にあたって閣下が持っていかれたのかしら……)

 そう考えるものの、火打石などは値の張るものではないし、厨房に備えられていないのはおかしい。

 そう思っていると、がさっと物音がした。

 くわ、といささか間の抜けた鳴き声を上げながら、幻獣が厨房の中に入ってきた。旅に同行していた個体と同一かは分からないが、火吹鳥だ。

 黄金の体に真っ赤な炎のようなとさかを持つ火吹鳥は、とてとてと火床に向かうと、嘴で燃料を運び、火を吹いた。見る間に立派な炎が出来上がる。

 そして、作った炎を美味しそうに食べ始めた。

 シェリーは唖然としてその様子を見守った。

(一度火を点ければ、たしかに燃料が尽きるまでは食べ放題だけど……つくづく幻獣の生態って不思議……)

 そして、疑念がむくむくと湧いてくる。

(火床を使っているのが火吹鳥だけ、幻獣だけって可能性も否定できないわね……!?)

 公爵が自炊に使っているのだろうと当然のように考えていたのだが、そうではないのかもしれない。

(……やめよう、これ以上深く考えるのをやめよう)

 シェリーは無理やり思考を断ち切り、火吹鳥に声をかけた。

「少し火が欲しいのだけど、いいかしら」

 ご機嫌を伺うように、少し燃料を持ってきて足してやる。

 そして声をかけてから、そっと木片を炎に差し入れた。

 火吹鳥は首をかしげてその様子を見ていたが、特に怒る様子はない。

 ほっとして、ありがとう、と声をかけ、キッチンストーブに燃料を入れて火を点ける。

 ストーブを温めている間に手早く鍋などの調理器具――これらは壁にかかっていた――を洗い、隣の部屋にあったワインを鍋に入れる。

 質はいいのかもしれないが保管は適当だし、酸化が進んでいるかもしれない。匙に取って少し舐めて確かめ、水を加え、これまた隣の部屋にあった果物や香辛料を吟味する。

 日持ちのする食料が主に購入されているらしく、香辛料や柑橘類があったのは幸いだった。砂糖もあったのでホットワインが作れる。

 公爵の好みが分からないので、とりあえず甘さは控えめにしておく。ワインを飲んだり果物を食べたりするのなら、このくらいの甘さは問題ないだろう、という程度だ。

 そして柑橘類を中心に数種類の果物を輪切りにし、ワインの風味を壊さない程度に温め、果物や香辛料の風味を加えていく。

「できた!」

 まだ冬ではないが、移動中にもかなりの冷え込みを感じたので、旅から戻った体にアルコール入りのホットドリンクが嬉しいだろう、と思ったのだ。

「あとは、カップに注いで……、……え?」

 少し目を離したのが悪かったのだろう。だが、まさか思わない。火吹鳥がホットワインのカップに嘴を突っ込み、美味しそうにすすったりするだなんて。

「え? え!? 大丈夫なの!?」

 幻獣が何を食べるかは種族ごと、もっと言えば個体ごとに異なる。火吹鳥が何を食べるかなんて……さっき火を食べているのを見たばかりだ。ホットワインをも飲むだなんて聞いていない。

 慌てていると、公爵が厨房に入ってきた。

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